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プロの文章、アマの文章

この題名を見ると、多くの人は技術の話かな?って思いそうだけど、そういう内容ではない。心の持ちようというか、サービス精神の分量の話だ。

日本バックギャモン協会の会報がpdfで届いた。これに王位戦達人枠への参戦記を書いたんだわ。今号にオセロ、連珠、囲碁、将棋、麻雀の5名の参戦記が載っている(決勝に進んだ2名は次号)。

俺と他の4名の方の文章は違うんだよな。俺だけプロの文章なのね。もう一度冒頭と同じことを書くけど、俺が上手いと言ってるんじゃないよ。書くときの姿勢の話だ。

他の方々は率直というか実直な文章。淡々としてる。俺の文章だけサービス精神がすごい。

どの分野でもプロって違うでしょ。心の持ちようが。文章(この場合はエッセイ系の文章)もそうで、日ごろから金をもらって書いてる人ほどサービス精神旺盛になり、トーク芸人みたいな文章になる。

こういうのって自覚的にやってて、迷いもある。正直、好きなわけではない。饒舌すぎる文章は品がないという気持ちが強いんだよな。

たとえばね、将棋の森内さんと対局できたことが嬉しすぎるという話で、こんな文を書いた。

こうして森内神と対局できるだけでも天からの贈り物としか思えないのに、さらに勝ってしまうというアンドロメダ星雲からの豪華プレゼントを受け取る結果となったのだった。

これさ(自分で書いたんだけど)なぜこんなざーとらしい文を書くのか? 「天からの贈り物」で十分なのに、なぜ「アンドロメダ星雲からの豪華プレゼント」なんてガキみたいな表現を使う必要があるんだろう?

自分でもそう思う。こういうのが好きなわけじゃないし、面白いと思ってるわけでもない。こういう書き方をした方がわかりやすい、読みやすい、これはお約束だろ、そう思ってやってるだけ。

ライターになる前は、こういう文章の方がいいという価値観はまったくなかった。薄いだけだと。

トークだったら、こういうのは過剰であればあるほどいい。面白いから。大阪のおばちゃんは東京のおばちゃんより確実に面白いよね。

しかし文章の場合は、薄まるし、意味なく混乱させる側面がある。文章って情報伝達だから、わかりやすく伝えることが第一の目的なので。

仕事でよく文章を書いてる人でも、大学の教員などはもっと落ち着いた文章を書く。自分ではそっちの方が好きなんだよな。

じつは、囲碁や将棋の棋士って、話したり書いたりする機会が多いから、文章もプロだと言って過言じゃない。ただ、実直で落ち着いた人格になる職業特性的に、落ち着いた文章になるんだと思う。

ライターはチャラチャラしちまうんだよな。

今回書いた参戦記に、こんな箇所がある。

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