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MOT

井上泰幸展の後、吉阪隆正展も見て、コレクション展とTCAA2020-2022受賞記念展も見てきたのだけど、ついでどころかすごく面白かった。
私が好きなのだけをまとめて。

宮島達男
《それは変化し続ける それはあらゆるものと関係を結ぶ それは永遠に続く》(1998)
 
この人の作品はなんか好き、ずっと見ていたくなる
私はネオンサインが非常に好きなのだが、
この人の作品はLEDだけど同じようなノスタルジックさがあるんだよな。
ネオンサインも、今はLEDなのかな。
直島に行ったのを思い出す。
 福田尚代
《翼あるもの『ポータブル文学小史』》(2013)
「このような方向へ彼はただ生きのびていったのです。」

本の本質を捉えた作品な気がする。
クリスチャン・ボルタンスキー
《死んだスイス人の資料》(1990)

1944年9月、ナチス・ドイツからパリが解放された直後にボルタンスキーは誕生する。このとき彼の両親は離婚中だった。ユダヤ人であるボルタンスキーの父親をホロコーストの厄災から逃すべく、両親は計画離婚し、父は床下に隠れて戦禍を生き延びたのだという。その後ボルタンスキーは、両親を訪ねてくるユダヤ人たちの強制収容所での忌まわしい体験を聞きながら育った。彼の両親は家族が離れ離れになることを恐れ、全員で一つの部屋に寝ていたという。ホロコーストのサバイバー家庭に生まれたボルタンスキーは、自身は体験しなかった不安と恐怖の記憶を受け継ぎながら育ったのである。

The Asahi Shinbun GLOBE+ より引用
新聞の死亡告知欄から切り取ったスイス人の写真がビスケット缶に貼られている。

圧倒的既視感は、解説を読んで腑に落ちる

アウシュヴィッツを想起させられる

…生涯を通して歴史と記憶、そして死の表象に関わってきた作家です。とりわけ写真を手がかりとして「過去の保存と痕跡」を企図するその制作は、1984年の、ユダヤ系フランス人の父親の死を契機としてホロコーストを想起させる性格を帯びていきました。

MOT [光みつる庭 途切れないささやき]  展示案内より引用
右壁面:《D家のアルバム、1939年から1964年まで》(1971)

こちらも死の匂いが漂う

ボルタンスキーは昨年、急逝された 
数年前の森アーツでの回顧展に行けばよかった…
そういう行きそびれた展示ばっかりだな…
康夏奈(吉田夏奈)
手前:《花寿波島の秘密》(2013)
奥:《No dimentional limit anymore》(2011-14)
私がこの作品の前に来た時、フロアには誰もいなくて
なんか大きな彫刻が浮いてるな…って通り過ぎようとしたら
横にいた美術館のスタッフの方に、
「…中に入れますよ」っと言われて、
意味わからなくて、3秒くらい止まって、
「…え?今なんて言いました?」と聞き返してしまった。

気球のイメージだったので、これに乗れるか…と思って驚愕していたら、
写真のように、内側に入れるということでした。

内側に入ると、うわわわぁぁ…っとなる。

で、私は、行ったり来たりして2、3回見に行ってしまった。

吉田夏奈さん、2020年に40代の若さでお亡くなりになっていた。
作品にものすごい生命が煌めいていて、あぁすごいな〜と思っていたら、
まさか夭折されているとは存じず残念でならない。
MOTのHPより
TCAA受賞、藤井光

1946年8月21日から9月2日の会期で、上野の東京都美術館で「日本の戦争美術展」という展覧会が開かれました。「アメリカ合衆国太平洋陸軍」が主導して、入場できるのは「占領軍関係者に限る」という変わった展覧会でした。藤田嗣治や小磯良平など、そうそうたる顔ぶれによる戦争画も展示されました。今、これら150点あまりの作品は東京国立近代美術館に収められ、常設展などで一部が紹介されることもありますが、まとめてみる機会はないでしょう。アメリカ国立公文書館の資料に基づき、この展覧会を再現したのが今回の展示です。

「プロパガンダと芸術の境界線、戦争画で考えた」 藤井光さんインタビュー 「Tokyo Contemporary Art Award 2020-2022 受賞記念展」① 東京都現代美術館 より引用
キャプションをつけられた全ての戦争画は、美術品輸送で発生する資材や梱包材などの廃材を使って、実寸大の平面を再構築されていて、実際の絵(戦争画)はみれないが、この空間を体験すると存在感と雰囲気が非常に奇妙で面白い。
なんか、マンハイムの美術館を思い出した。

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