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【企画展】「陳舜臣生誕100年」神戸文学館

 明治以降開港場として整備が進んだ神戸は、外に開かれた国際都市、新奇なものや情報が行き来する交差点であった。
 神戸出身の華人作家陳舜臣(1924-2015)は、神戸で貿易業を営む台湾華人の家に生まれ、初期の推理小説で神戸の華僑社会を舞台にした作品を発表した。第7回江戸川乱歩賞を受賞した氏のデビュー作『枯草の根』では、中国の民族資本家たちの国を超えた愛憎劇を描く。長編第二作の『三色の家』では、神戸のある貿易商人の死をきっかけに殺人事件がおきる。
 神戸文学館の企画展「陳舜臣生誕100年 神戸が生んだ名探偵陶展文の事件簿」では、そうした初期の推理小説に焦点を当て、作品の中に描かれた神戸を紹介する。
 会期: 2024年1月27日-4月14日

神戸文学館
神戸文学館 向かいの「横尾忠則現代美術館」から全景を見ることができる

 名探偵陶展文シリーズの主人公、陶展文は拳法や漢方、中国将棋にもたけており、若い頃は日本で法律を学び、帰国してのち国の情報機関にも携わった経歴を持つ。長編マンガの主人公になれそうなスペックの持ち主だが、50歳になった今は神戸の中華料理店「桃源亭」の店長として悠々自適の生活をしている。
 企画展では作品のモデルとなった建物や当時の時代背景を解説する。例えば長編第二作『三色の家』の舞台である華僑商人の家は、陳舜臣自身が青春時代を過ごした神戸の「海岸通りの家」がモデルであるが、日本人の読者には華僑商館のイメージがつかみにくい。企画展では明石高専の研究者による再現模型が展示され、作品を読む一助になる。
 また、陳舜臣愛用のシャーロック・ホームズの頭像がついた杖や、シャーロック・ホームズの胸像(江戸川乱歩賞副賞)も展示されている。

名探偵陶展文シリーズ

 陶展文シリーズは神戸華僑社会の愛憎や恩讐を描く。ある時代の神戸が折りたたまれるように作品のなかに詰め込まれている。
 『枯草の根』では、陶展文の友人が殺害される。不動産経営、金貸し、上海での過去など経済人としての多角的な関係のなかで何が動機につながったか、陶展文の名推理がもつれた糸をほぐしていく。
 『三色の家』は1930年代の神戸、陶展文の友人が住む華僑商館が舞台である。友人の父は海産物の貿易商であり、陳舜臣の実家も貿易商であった。商品の仕入れ、品質、市況に関する描写は民俗学者の手になる記録のように詳細で活き活きとしており、殺人事件など影にかすんでしまうほどだ。自身の過去を記録しようという意気込みを感じる。
 陳舜臣はのちに歴史小説家として大成し、中国や日本のみならずシルクロード沿線やインドなど世界各地を舞台とした作品を発表した。神戸の華人社会から始まった物語は世界へと羽ばたいた。
 陶展文シリーズは商人たちが利益を求めてしのぎを削る経済界が主な舞台となっているが、主人公が経営する「桃源亭」のみが俗世と一線を画している。世外桃源のイメージは陳舜臣作品の核として成長し、2003年の長編小説『桃源郷』として結実した。
 陶展文シリーズは陳舜臣の代表作ではなく、初期のあまり有名でない作品が企画展のテーマに選ばれることに疑問を持つ向きもあるかもしれない。しかし、作品を読めば、桃源亭や三色の家が作家活動のルーツであり源泉であったことがわかる。

神戸文学館ウェブサイト:
http://www.kobebungakukan.jp/#museum-info

横尾忠則現代美術館の展示 神戸文学館が複数の鏡に映り断片化される

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