【観劇メモ】文楽・夏休み文楽特別公演第一部(親子劇場)

夏休み文楽特別公演第一部(親子劇場)を観る。朝から雨。観劇するかどうかギリギリまで迷い、チケット予約をせずに劇場に向かう(出る頃にはほぼ雨は止んでいた)。劇場前に親子連れが何組もいて写真を撮ったりしている。ほとんどがお母さんと子供の組み合わせだったと思う。劇場に着きチケット売り場で友の会会員カードを提示すると、「いつもありがとうございます」と言ってくれる。お金を財布から出そうとすると、カードで決済できるとのこと。空いていた右翼席の最前列(コロナのせいでそれより前の床に近い席は)に割り込む形で席を取る。両隣には既に女性客が座っていたので一声かけて席につく。中央席は親子連れで埋まっていたので上手側の離れた席をとったのは正解だった。

最初の演目は「うつぼ猿」。パンフレットによれば、狂言を浄瑠璃に直した作品とのこと。舞台が始まる前に幕前に亘太夫が黒光りする長い物を手に持って登場。手に持っている物体は「うつぼ」と言い、武士が矢を入れる筒のことだという(海の生き物とは違うとか何とか言っていたように記憶する)。同時に演目の大まかな解説をしてくれる。わかりやすく、また端的な解説で好印象。子供たちも静かに聴いていた。

幕が開く。最初に耳に飛び込んできたのが三味線の音。出語り床から近いこの席は太棹三味線の音が腹に響く。席によって音の聞こえ方がずいぶんと違うことを改めて感じる。清友さんの最初の一撃で目が覚めた。その清友さんを軸に團吾さん、友之助、燕二郎、清方と並んでいる。合奏になると迫力が増す。相変わらず團吾さんの仕草がかっこいい。

物語として面白いのは、猿曳と猿による愁嘆場。猿の毛皮を貸してくれという大名に対して猿曳は小猿の時からいっしょだった猿の命乞いをする。最終的に大名に矢で射抜かれるよりは自分の手で苦しまないよう一撃で殺めると言って猿に手をかけようとするが、その際の演技が、(近松らの)心中物の男女のやりとりを模していて面白い。太夫・三味線も完全に人間同士の情愛を描くのと同じようにしんみり演じているので面白いのにホロっとさせられる。

つづいて夏休み公演では毎年やっている「文楽ってなあに?」のコーナー。今回は勘二郎さんの担当。マスクをしての解説。いつも通りのお話だったが子供たちを舞台に上げての体験コーナーは割愛されていた。

休憩を挟んで「舌切り雀」。「昔むかしその昔…」と小住太夫の声に導かれて物語世界に入っていく。全編人形は主遣いも含め頭巾をかぶって演じている。吉田玉助が意地悪婆を演じているはずだが顔が見えない。最初の爺さん婆さんの住処から近くの山にある雀のお宿への舞台転換が秀逸。爺さん婆さんの住処を絵本のようにくるりとめくり返すと雀のお宿が出現する仕掛け。いつも思うが文楽は人形自体の仕掛けとともに舞台転換のダイナミックな仕掛けが面白い。

雀のお宿の場面では、それまで釣竿のような棒の先で操られる小さな鳥(文楽でよくある小道具の一つ)だった雀が、三人遣いの人形として登場する。頭は雀だが人間のような衣装を着て袖から羽が覗くという異形の姿である。インパクトはあるがそれほど不自然な感じはしない。舞台転換によって異世界にワープしたことが了解されているからだと思う。お婆さんが子雀に悪いことをしたと親雀に平伏すお爺さん。まるで大名と平民のよう。ここでは人間の世界における主従関係が逆転されているのだ(人間の世界では人間が主で雀を含む動物が従である)。親雀の威厳ある姿が素晴らしい。舌を切られたけどお爺さんの日頃の篤信のために命が助かった子雀も登場する。親雀によしよしされる姿がかわいらしい。

善人のお爺さんには財宝が贈られる。追いかけてきた強欲なお婆さんはそれを見て自分も欲しいと思い反省したふりをする。お婆さんの心を知る親雀はあえて寛大なふうを装い大きな葛籠をお婆さんに贈る。ありがたがるお婆さん。だが煙とともに葛籠から化け物が次々と登場。最初に出てきた大蛇(?)のインパクトがありすぎて後から登場した化け物たちが貧弱に見えてしまう(これは子供らの反応からもわかる)。最後に登場した骸骨の人形とお婆さんが野球の真似事をする場面があるがこれは誰が考えた趣向だろう?楽しいけど唐突な感がある。

最後はお婆さんが改心して雀たちに謝って第大円。お婆さんが殺されたり凄惨な目に遭わされたりすることなく雀たちと和解してのハッピーエンドとなるのはよかったと思う。

その他気づいたこととして、最後の第大円を含む場面で雀役の人形が宙を舞う演出があるのだがこれがいまいちだと思った。新作歌舞伎などでもある演出だが、文楽の場合人形と一緒に人形遣いがワイヤーを装着して宙を舞うことになる。人形遣いがワイヤーを装着するまでの時間が間延びして感じるし、動いているのは人形なので大袈裟な演出がそれほど効果を上げていない。子供らの反応もそんなによくないように思う。いたずらに人形遣いのリスクだけ増えるので見直した方がよいように思う。以前同じく新作の「西遊記」でも同様の演出を見たが、やはり効果が薄いと感じた。

観劇後は文楽劇場近くのカレーうどんの店に入る(「絶対の自信・カレー天ぷらうどん」の看板が目印)。メニューはカレーうどんのみ。潔い。海老天カレーうどんを注文する。コップに透明な氷の入った水を出してくれる。いつも同じと思うのだけど外の蒸し暑さのせいか美味しく感じた。スープは適度なとろみがついており濁ってはなく透明感がある。出汁の風味が強い。上品でスパイスの効いた関西風うどんという感じ。

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