無力感からの切り替え方
やる気がおきない、無力感に陥ることがあります。
心の中のつぶやきは、こうです。
「どうせ、今回もうまくいかない」
「やっても無駄だ」
「行動を起こして失望するくらいなら、何もしない方がよい」
状況を悲観的に捉え、行動が抑止されます。
学習性無力感という罠
1960年代に行った実験です。
ポジティブ心理学で有名なマーチン・セリグマンは、
無抵抗になるまで、犬に電気ショックを与える実験を行いました。
このような実験は、今なら動物保護でやらないと思いますが、
当時は うつ病の予防や治療に活かすために行われていました。
最初の実験は、
脚を鎖でつないで逃げられない状態にして、
軽い電気ショックを流します。
鼻先でプレートを押せば、電流が止められるしくみです。
2つのグループに分けて行いました。
グループA: 電流が止められる。
グループB: 装置が壊れていて電流が止められない。
何度も繰り返すうちに、
グループBの犬は、
電気ショックから逃げられないことを知り、
避けたい不快感にも、無抵抗になった。
電気ショックがあっても、何もしなくなったとのことです。
2週間後、次の実験は環境を変えています。
部屋を低い衝立で仕切って、床に電気ショックが流れます。
衝立を飛び越えて、反対側に移動すれば、不快感は避けられます。
ところが、最初の実験で無抵抗になった犬は、最初から動こうとしません。
環境が変わっても、無抵抗のままだったとのことです。
逃げられないショックを経験したことで、
環境が変わっても逃げようとしない。
つまり、最初から無力なのではなく、
経験から学習した結果、無力になったわけです。
これを「学習性無力感」(Learned Helplessness) と言い、
実は 人間でも同じことが確認されています。
人の場合は、騒音・不快な音を使って実験しています。
最初の実験は、ボタンを押せば音が止められる。
次の実験は、レバーを倒せば音が止められます。
環境は、犬の時と同様に変えています。
最初の実験で音が止められなかったグループは、
次の実験でも、最初から何もしなかった。
失敗が続くと、挑戦をあきらめてしまう。
行動を起こすことをやめ、無抵抗になってしまう。
無力を学習した経験によって、環境が変わってもやる気がおきない。
人も無力感に陥ってしまいます。
無力を学習しない2つの例外
ところが、この実験には、2つの例外がありました。
1)不快な経験から、「無力を学習しないグループ」
2)不快な経験がないにもかかわらず、「最初から無力なグループ」
この例外を個人差で片付けないのが、
セリグマン博士のするどいところです。
神経科学者のスティーブ・マイヤーと共同で、
脳の画像診断(fMRI)を使った研究を行っています。
fMRIで脳の動きを調べたところ、
無力になっている時と、無力ではない時で、
脳の動いている部分が違うことがわかりました。
無力になっている時は、
「腹側内側前頭前野」(ふくそくないそくぜんとうぜんや)
が動いています。
「無力スィッチ」と呼ぶことにします。
無力ではない時は、
「背側縫線核」(はいそくほうせんかく)
が動いています。
「希望スィッチ」と呼ぶことにします。
無力スィッチは、中脳から脳幹の内側にあり、
情動ストレスに対して、生き延びるための防御を行います。
無駄にエネルギーを使わないために、
エコモードになった結果が無力なのです。
希望スィッチは、大脳という人間が進化させてきた部分にあります。
思考や動機づけ、適切な判断を行い、
脳を活発に動かして、希望をみつけ、
よりよく生きることを支えています。
希望は無力を打ち消す
2つの部位は、同時には動いていないことも分かりました。
つまり、
無力スィッチがONだと、希望スィッチはOFFになり、
希望スィッチがONになると、無力スィッチがOFFになる。
2つの例外は、このように説明できます。
無抵抗になる経験をしても
希望スィッチが入ると無力スィッチは切れるので
無力にはならない。
無抵抗に陥る経験がなくても無力なのは、
希望スィッチが入りにくいので、
無力スィッチを切ることができない。
結果として、無力のままの状態が続く。
希望スィッチが入りやすい脳を「楽観脳」、
希望スィッチが入りにくい脳を「悲観脳」と呼ぶことにします。
楽観脳は作れる
希望スィッチが入りやすい「楽観脳」は、
試練や逆境を経験しても無力になりにくいです。
大脳の前頭前野が動いているので、積極的な問題解決が行えます。
どんな状況でも希望を持ち、無力ではなくなります。
一方で、希望スィッチが入りにくい「悲観脳」は、
ちょっとした困難でも無力になりやすく、
脳がエコモードになってしまいます。
問題解決への行動がとりづらくなり、
状況に身を任せ、何もしないことが多いのです。
では、自分が楽観的か? 悲観的か?
50%は遺伝性だと言われています。
日本人は悲観的な民族、
ラテン系やアフリカ系は、楽観的な民族と言われますが、
その国の国民性は、先祖が生き延びてきた環境にもよります。
悲観的な方が、生き延びてきた時代があったからだと思います。
災害が多く、四季のある日本は、
リスクに備えて、知恵を働かせるほうが、
無意味に楽観的であるより良かったのではないかと思うのです。
しかし、肝心なのことは、
50%、つまり半分だけが生まれつきだということです。
半分は学習によって獲得できるわけです。
楽観的であることは、後天的に学ぶことができます。
これを、学習性楽観主義(Learned Optimism) といいます。
無力を学習するのであれば、楽観も学習できるはずです。
説明スタイルを変える
セリグマン博士は、以下のステップで楽観主義は学べるといいます。
1.無力感になっている自分に気づくこと
2.楽観的な説明スタイルを実行する
3.希望スィッチをいれる
(ステップ1)
まずは、無力になっている自分に気づくこと。
自分の気分を点検しましょう。
やれることはあるのに、やる気が下がってないか。
諦めている自分がいないか。
(ステップ2)
楽観的な説明スタイルを実行する。
困難な状況を、ポジティブに説明してみます。
「困難なことは、限定的で、一時的、すぐに回復するだろう」と、
悩みを大きくしないで、
希望がもてるように説明してみます。
実際は、想像するほど事態は悪くならないものです。
楽観的な説明スタイルは、トレーニングが必要です。
何度も繰り返すことです。
(ステップ3)
希望スィッチを入れる。
脳を活発に動動かして、できることを見つけましょう。
そして、行動を起こします。
前より落ち込んでいる時間が短くなったなら、
立ち止まって何もしない時間が短くなったなら、
楽観脳に近づいています。
前向きに行動できれば、幸せなこと。
幸福感も上がって、レジリエンスな状態です。
無力感を抑制し、たくさんの幸福を招き入れたいものです。
参考:
The Hope Circuit: A Psychologist's Journey from Helplessness to Optimism
Martin E. P. Seligman