逃れの街(1)

 ギリシャとアルバニア、マケドニア共和国と境界を接する小国がある。面積はリヒテンシュタイン公国ほど。主要産業は観光、金融、切手発行、自殺幇助である。 

 その国はアジール公国という。私はギリシャのカストリア空港からバスで入国した。パスポートのチェックと独特の赤いビザの照会がバス内で行われた。

 国境を越えると湖畔の丘に巨大な古城が見えた。そこは政府庁舎であり同時に自殺幇助センターと臓器バンクを擁している。

 丘の麓から城に向かう大通りには露店がひしめいている。ここで働いているのは自死を諦めたか、あるいは長い保留期間を生きている人々だ。

 私はトルコ風の鯖サンドを齧りながら通りを歩いた。トゥルン・ウント・タクシス郵便の頃から変わらない切手、オリュンポスの神々のミニチュア、小瓶入り葡萄酒、蜂蜜、革細工の小物。

 私はカフェに入りたかった。が、レッドビザ所有者は入国三時間以内に城に出頭しなければならない。話はそれからだ。



【続く】

#逆噴射プラクティス #逆噴射小説大賞

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