inner multiverse

 中世世界史、イブン=バットゥータに関する講義は毎週、楽しみにしていた。授業の内容は凡庸だったが、小教室に集まる十名に満たない学生、彼らが各々に持つ世界は非常に奇異だった。

 いつも最前列に座る一人は、そこに居ると同時に、夜の砂漠を旅していた。星空と砂の海が続く大陸を、駱駝に乗って只々進んで行く。ハッブル望遠鏡で覗いたような多彩な夜。

 部屋の端でノートをとる彼女は神社にいる。無限に広がる境内に無限の社が散在している。そこに存在する生き物は狐面の巫女だけ。彼女らは口を利かない。

 講師には何の世界も無いようだが、よく質問する眼鏡の学生は錆と腐敗に満ちた屠殺場を逃げ回っている。

 密林に覆われた廃墟都市や、グリッド線だけが続く空間、ペンギンがうろつく遊園地、出口がないホテル、珊瑚が鮮やかな海底国家、キノコだらけの深山幽谷。

本来ならば9割の人々は空っぽだ。故にこんな教室は珍しい。私は講義を聞き流しながら眺める。

【続く】

#逆噴射プラクティス #逆噴射小説大賞

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