雨の日によせて……

昔、雨の日は眠らない人がいた。

わたしは彼の事を別に好きだった訳ではないが、たぶん一生忘れないだろう。
一生、そう。少なくとも戦争という言葉が地球から無くなるまでの長い間、ずっと。

彼を仮にK氏と呼ぶことにしよう。プライバシー保護のために。

そのK氏は、わたしよりも八歳年長の新聞配達員だった。わたしが学生時代にお世話になった新聞販売店での話だ。

彼は元自衛官で某エリート部隊出身だった。何故退役したかは、後々分かった。
K氏の事を思い起こせば、理由は簡単に推測出来る。
つまり、戦争に耐えられなかったのだ。

訓練で五十キロの装備を背負ってヘリコプターからダイブした時は、俺なんて死んでもいいんだ、と思って飛び降りたと語っていた。

雨音がモールス信号に聴こえるから、雨の日はいつも眠れない、と呟いていた。

わたしが売り上げ伝票を計算している時には、数字が並んでいると言葉に見えてしまうから辛い、とも話していた。

新年会では酔っ払い、後輩が千鳥足になると、そんなんじゃ機関銃の照準が合わねーぞ!と笑っていた。

戦わなければ、平和は勝ち取れないのかもしれないが、わたしはK氏のような悲しい人間が生まれない世界が来て欲しいと願う。

戦争? ああ、映画とか漫画でやってるあれ?
今どきそんな事やってる所、あるの?
へぇ、そりゃあファンタジーだね。
と、こんな風に言える世界になって欲しい。

雨の日、K氏は仲間の声を聞いていたのかもしれない。
ただの訓練とは言え、戦争がK氏を傷つけた事には変わらない。
偽物でも、戦争は戦争だと思う。

彼ら軍人を 単純に人殺しだなんて言う資格はない。誰にも。

いま、そこにある危険と戦う人もいる。

わたしはK氏をはじめとする、世界中の軍人に想いを馳せる。

どうか、無事で帰ってこれるようにと祈る。

そして、二度と彼らを戦わせない努力を怠らないようにしたい。

まだ、彼はこの雨の夜、眠らずにいるだろうか。
それが少し気がかりである。


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