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「アルトゥロ・ウイの興隆」観劇三回目

 KAAT神奈川劇場で草彅剛主演の演劇「アルトゥロ・ウイの興隆」を観た。アドルフ・ヒトラーの成り上がりぶりをアメリカのギャングに見立てた作品である。
 去年の一月に二回観たので、今回で三回目。はじめての三階席。舞台までの距離が遠い分、全体の動きがよく見えた。
 約二年ぶりの公演で、細かいところに手が入っていた。人間関係が整理され、前回の公演よりわかりやすくなっていた気がする。とくに港湾利権の関係がよくわかる。要所要所で入る説明が的確。
 登場人物が全員悪人という趣向は何回観ても新鮮。草彅剛は現在、大河ドラマ「青天を衝け」で徳川慶喜という、いってみれば究極のいい人を演じていて、今回はその真逆。振れ幅の広い人だ。
 ブレヒトの脚本は、同時代にヒトラーの内面をここまで描き込んでいたかと思うとすごい。象徴的な場面が後半に出てくる悪夢のシーン。ヒトラーが夢の中で自分の悪行に苦しむ。現のときには「諸君! 信頼こそが大切なのだ」と大衆を焚きつけているヒトラーが、夢の中では自分が犯した裏切りに煩悶する。草彅剛と松尾諭の演技が心に残った。
 正直者の代名詞のような政治家を演じる榎木孝明もよかった。潔白なふりをしつつ、だんだん悪を肯定していく苦しさ。自分の子どもの出来がイマイチなのだが、それでも可愛いという感情が染み出してた。老化の悲哀も感じさせ、深い余韻を残す。
 ほかに心に残ったシーンとしては、ヒトラーが田舎役者に仕草を習うシーンがある。緊迫した進行の中でのちょっとしたユーモア。おかしくもあり、怖くもあり。
 ジェームス・ブラウンの楽曲はギャングのパーティーに似合っていたが、少々音量が大きかったかな。
 ヒトラーを生む土壌はつねに民衆のなかにあり、いまの日本だってそうではないとは言いきれない。アメリカのトランプなんて、大統領を続けていればなにをやったかわからないしなあ。などということを考えながら、横浜から帰ってきた。

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