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【イベント】一の会「騙り語り」を聞いてきた

 自分でも毎晩やっているのですが、朗読というのはむつかしいですね。私は活字に慣れているせいか、音だけが響いてくると、なんだかふわふわした感覚に陥ります。後ろを振り返れない不安。一過性の芸術なので、すごく集中力が必要です。
 日本の声優の頂点である矢島正明さんの演出による朗読会がありました。本日が千秋楽でありまして、残念ながら「これすごいから聞きに行って-」とは言えないのですが、以下に感想を記してみます。

年に一度の朗読会「騙り語り」

 江古田にあるOne's Studio毎年一度行われる「一の会」の朗読会「騙り語り」。
 2023年度の演目は、矢島正明『海と夕焼け』(三島由紀夫)、熊谷ニーナ『行雲流水』(坂口安吾)、坂口候一『八十八夜』(太宰治)。休憩を入れて、二時間すこしの熱演。それぞれの個性が際立って面白かった。

まっすぐな声で届く三島由紀夫の名短篇

 レジェンド矢島正明は三島由紀夫の「海と夕焼け」を朗読した。私が聞くのは二度目。よほど気に入っている演目と思われる。目を瞑って聞いていて感じたのは、飾りのない読みだということ。自分の匂いをつけないというとおかしいが、脚色せずに三島由紀夫の硬質な文章をそのままぶつけてくる。朗読も究極までいくとこうなるのかという完成形であった。
 矢島さんはもうすぐ91歳だとのこと。うちの母と同い年だ。客席を支配する精神力の強さはとても90歳とは思えない。
 「海と夕焼け」はいろいろな短編集に収録されているようだが、自選短編集である「花ざかりの森・憂国 」(新潮文庫)がいいのではないかと思った。さっそく注文。これまで苦手意識があってあまり読んでこなかった三島由紀夫だが、この際、挑戦してみようと思う。

コミカルな中にも女の怖さを描く「行雲流水」

 続く熊谷ニーナの『行雲流水』は、一転してコミカルな話であった。熊谷ニーナかパンスケのソノ子と和尚、漬物屋の女将、旦那の吾吉などのキャラクターを軽妙に演じ分けていたのが印象的。さすが坂口安吾。コミカルな中にもちゃんと怖さがある。「ソノ子のお尻の行雲流水の境地には比すべくもないのである。水もとまらず、影も宿らず、そのお尻は醇乎としてお尻そのものであり、明鏡止水とは、又、これである。」という一文が面白かった。お尻の描写に場違いな形容をもってくるところがいい。

演劇的な読みに挑戦する坂口候一

 坂口候一の『八十八夜』は、最初、中島みゆきの「ファイト」を口ずさみながら出てきて、「ぼくはなぜ芝居をしているのかわからない」みたいなことを言い、雑談かと思わせておいて、ふと太宰治の世界に入っていく。いったん入ると、もう言葉尻はすこしも変えない。それでも、最初の雑談が効いているのか、いまそこで起きていることのように聞こえる。ダメ作家の話が染みいった。
 作品の冒頭はこんな感じである。「笠井一さんは、作家である。ひどく貧乏である。このごろ、ずいぶん努力して通俗小説を書いている。けれども、ちっとも、ゆたかにならない。くるしい。もがきあがいて、そのうちに、呆けてしまった。いまは、何も、わからない。」。引き込み方がとてもうまい。なんの変哲もない文章でぐいぐい迫ってくる。
 去年ほどではないが、坂口さんの舞台は演劇的であった。朗読とは思えないくらい舞台上をよく動く。動的な読みである。役者が朗読するからには、このくらいやらなきゃという覚悟を感じた。

 もしご縁があれば、2024年の公演でお会いしましょう。一の会の公式アカウントはこちらです。

(了)

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