ザ・テレビジョン By南雲すみ

こんな話を聞いたことがある。二十年も前からある話で、とある人から説明された。

六月六日の午前六時五十九分に、テレビの前で「ラキツイコンプ」(昔は別の言葉だったらしい)と絶え間なく唱えると、時刻は七時を刻むことなく、六時六十分を表示する。ちなみに他の時計は、アナログでもデジタルでも正常に動いている。ついているチャンネルはどこでもよくて、重要なのは「ラキツイコンプ」と唱えることにあるらしい。

そして、しばらくして画面に六時六十六分と表示されると、テレビ画面に「六時六十六分男」というブリーフ一丁の中年男性が現れる。そして、目覚まし時計を模した某情報番組のマスコットキャラクターよろしく「六時六十六分! 六時六十六分!」と腕をブンブン振りながら叫ぶらしい。モラルも何もない。この部分を信じようとは思わないが、想像するだけで恐怖に身震いを起こす。

ということで早速試してみた。怖いもの見たさもあるが、何より異なる時空らしき所へ飛ぶ体験を一度はしてみたかった。もしかしたら、その瞬間だけ年を取らないとか、一生「六時」から脱出することが出来ないとか、そういう浪漫溢れる出来事を経験できるかもしれない。その興奮を抑えきれず、昨日から一睡もせずテレビの前に座っていた。

することは案外楽なもので、適当な情報番組を垂れ流しながらその時を待つのみであった。充血した目を輝かせながら、虎視眈々とその時に備えて不動の構えをする。

六時五十六分。五十七分。五十八分。もう少しで約束の時が来る。

六時五十九分。デジタル表示が「6:59」を示した瞬間、自分の口から堰を切ったような「ラキツイコンプ」が聞こえてきた。乾き切った嗚咽のような声からは、奇妙な必死さと確かなおどろおどろしさが、自分でも信じられないほどに感じられた。

そうして、声を出し続けること一分。テレビの表示は「6:60」を示していた。息をぜえぜえと切らしながら、成功の達成感と充足感を覚えた。感じたことはないが、これが「ととのう」という状態だろうか。初夏の暑さと、自分の肌から滴る汗のおかげで即席サウナの完成である。ゴロンと床に寝そべり、息の調子を整える。体を起こし、再び画面に目を遣ると「6:66」となっていた。

まずい。このままでは「六時六十六分男」が現れてしまう。急いでリモコンを探したが、こういう時に限ってどこに置いておいたか覚えていない。

しばらくして、画面の端から明らかに番組内の演出とは思えない背広を着た中年男性が、そそくさと登場した。番組のニュースキャスターも、彼に意も介さず話し続けている。

互いに画面を凝視し、不意に目が合った。男性が声を掛ける。

「あのう、すみません」

 男性は頭を下げながら、小さな声でこう言った。

「今ちょっとコンプラ的に厳しくて……裸とか叫ぶのとかはちょっと……」

 そりゃそうだ。僕もさっき連呼したからな。「コンプラきつい」って。 

  By南雲すみ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?