<短編小説>カミナリ神社の巫女物語

 ワタクシは巫女である。名前はまだない。
 正確に言うと、名前はもうない。とある失敗をしてしまい、神様を怒らせてしまった挙句、名前を取り上げられ、現世落ちという結果だ。甚だ不本意ではあるのだが、神に仕える身としては、甘んじて受け入れるしかない。なので、『巫女』というのは、仕事の名称であり、ワタクシの名称でもあるのだ。簡単に言うと、降格である。巫女と一口に言っても、位があり、神様に付き従う名持ちの巫女と、神様見習いに付き従う名無しの巫女がある。ワタクシは、後者であり、元前者だ。
 今更、後悔しても仕方がないし、兎にも角にも、一からリスタートして、返り咲くほかないのが現状だ。
 ワタクシが現世落ちを食らった・・・与えて頂いた職場は、なかなかの劣悪な環境で、この人事には悪意を感じざるを得ない。いくら愚痴っても環境が変わる訳ではないので、自分が成長する為の環境を与えて頂いたと無理やりにでも前向きに考えることにしよう。とは言っても、たまに、ポロポロポロポロと、愚痴を零すであろうから、ご容赦願いたい。
 さて、ワタクシが、飛ばされた場所なのだが、日本という国の山間部の更に奥。ひっそりと佇む寂れた神社だ。知る人ぞ知ると言ったところだ。しかしながら、この神社侮るなかれ。『どんな願いでも叶う』と言う触れ込みだ。だからこそであろうが、最後の最後の砦と言った具合で、崖っぷちに立たされた人間が、神様に縋りつくのだ。当然ではあるが、皆が皆どんな願いでも叶っている訳ではない。神様のご厚意に触れた一部の人間の願いが叶っているのだ。人間界にある宝くじを連想してもらえると、分かりやすいだろう。
 先ほど、神様のご厚意と言ったが、正確には神様見習い、ワタクシ達は未神(みかみ)と呼んでいるが、その未神のご厚意だ。人間側から見るとそうなる。こちら側から見ると、未神の修行の一環に過ぎないのだが。ちなみに、未神とは、未熟な神様や未来の神様という意味である。
 この神社も人間界の名称とこちらの名称は、違うのだ。ワタクシ達は、『カミナリ神社』と呼んでいる。読んで字の如く、神に成る神社だ。見習いの神様もどきが、人間の願いを叶え『信仰』を増やすことによって、晴れて神様へと昇格するシステムなのだ。
 と、前置きはこれくらいにして、ワタクシの職場がなぜ劣悪だと言うと、このカミナリ神社で修行中の三座の未神の存在だ。補足として、ワタクシ達は、神様は柱、未神は座、人間を人と数える。神様が一柱二柱、未神が一座二座、人間が一人二人ということだ。人間界の数え方とは、多少相違があるだろうけれど、まあそういうことだ。
 この三座の未神が、ワタクシの頭痛の種であり、最重要課題なのだ。だからこそ、ワタクシがここに飛ばされたと言っても過言ではない。神様の嫌がらせであろう。あのクソジジイ・・・失礼、口が滑った。
 この三座の未神の名をそれぞれ、『炮烙(ほうらく)』、『妙香(みょうこう)』、『残寿(ざんじゅ)』というのだが、なかなかの曲者ぞろいだ。三座の共通点は、神様の家系ということだ。先祖に神様になった者がいると、その家系は色々と優遇されるという訳だ。彼等は、平たく言うとボンボンで、揃いも揃って、厄介者を集められた印象が強い。ちなみに、神様という存在は、一柱ではない。様々の担当場所があるのだ。その担当場所によって、神様同士でも優劣があったり、派閥や妬み嫉みが存在する。しかしながら、神様という立場は絶大で、圧倒的な力を有するのだ。だからこそ、皆が神様に憧れ、追い求めるのだ。まあ、例外もいるのだが。
 ついでと言ってはなんだが、神様のことを話したので、神様のことを少々。一様に神様と言っても様々な方がいらっしゃる。人間の幸せを常に願い、苦悩し心を痛めておられる素晴らしい方もいれば、ワタクシが以前仕えていたような方もいる。人間の苦しみや悲しみを求めたり、人間の悲壮的な顔を見て、悦に浸る方も存在する。人間界で言うところの、死神や貧乏神と呼ばれる存在だろう。色恋や異性を好む方もおられる。ワタクシの前神様がそれにあたる。ワタクシが現世落ちを仰せつかった原因だ。前神様がワタクシの尻を撫で、反射的にぶん殴ってしまったのだ。そのことで、前神様から、『素行が悪い、口が悪い、品行方正に欠ける』と降格した。同僚や先輩の巫女からは、『神様の深い愛情を無下にした』と、非難を浴びた。ワタクシが前神様に最後の挨拶をしに行った時に、『お前は口が悪く、品性の欠片もない。だから今後は、一人称を「ワタクシ」と言うことを命ずる。そうすれば、素行の悪いお前でも多少は品よく見られるであろう』と、卑しい顔で言われた。
 神様の命令は絶対であるが、特に強制力がある訳ではない。だが、健気にも命令通りに行動するワタクシもワタクシだ。
 と、話が脱線してしまったが、ワタクシの過去のことは置いといて。やはり、今考えるべきことは、三座のことである。ワタクシが神様にお仕えする巫女に昇格する為には、素晴らしい神様を送り出す必要があるのだが・・・頭が痛い。
 先日、こんな出来事があった。ことの発端は、炮烙様の怒声であった。
「おい! 貴様! 私が世話をしている人間に、なに勝手なことをしてくれたんだ!」
 炮烙様は、眉間にしわを寄せ青筋を立て、妙香様に詰め寄ったのだ。
「朝っぱらから、煩いなあ! 俺、低血圧なの。耳元で怒鳴らないでくれる? で? なに? なんのこと?」
 妙香様は面倒臭そうに頭を掻き、大きなあくびをした。
「しらばっくれるな! 妙香! 私が世話をしていた人間に、金を与えたであろう!?」
「ああ、あの男ね? うん、金を与えたね。だからなに? 金欠で困っていたんだから、問題ないじゃん? 金を手に入れて問題解決。皆、幸せ、万々歳」
 両手を上げ、万歳の格好をした妙香様は、全く悪びれることもなく、平然と言ってのける。炮烙様は、怒り心頭で、握りこぶしが震えていた。
「ふざけるな! あの男は、私との対話で、良い方向へと向かっていたのだ。自力で問題解決するだけの気概と能力を持ち合わせていたのだ! それを貴様は!」
「お前のやり方は、いつもまどろっこしいんだよ? 俺達の目的は、ポイントを溜めて、神になることだろ? あ! ポイントを俺に取られて怒っているのか? 逆恨みも甚だしいぜ」
 二座がにらみ合い、どちらも引きそうにない。きっと、妙香様の『ポイント』発言も癇に障ったのだろう。ポイントとは、信仰のことだ。人間の手助けをすることで、信仰を得ることができ、一定数の信仰が蓄積されると、神様へと昇格するシステムだ。炮烙様は、前々から信仰をポイントと呼ぶ妙香様に、不謹慎だと物申していた。
 人間が神様に手を合わせ祈る行為は、己との対話だ。その対話の中で、様々な気づきがあり、幸福や成長へと繋がる。対話の中で、未神が人間の想いや考え方の微調整や軌道修正を行う。人間は己の手で幸福を掴まなくてはいけない。少なくともそう思えるように仕向けなければならない。摂理を用いて、進歩向上へと導かなければならない。困難なくして、進歩向上はありえず、楽して手に入れたものに価値などないのだから。と、学徒時代の教科書に書いてあった。真面目な炮烙様は、教科書を地で行っている。
 我々の世界にも学校という機関が存在し、そこで学ぶ生徒のことを学徒と呼ぶ。学徒では、最初は未神志望も巫女志望も共に学び、そこからそれぞれの専門に別れ学ぶ。学徒→未神→神と昇格していく。
 妙香様は、煩わしい過程をすっ飛ばして、早急に問題解決を行った。分かりやすく人間世界に手を加えたのだ。その行為は、ルール違反ではなく、モラル違反である。そもそも、未神の立場で、その行為を行うのは、非常に危険だ。全知全能の神様なら、様々な世の理を無視することができるのだが、基本的には等価交換である。単純に考えると、百の幸福を得ると、百の災いが降りかかる。それが一個人で済むこともあれば、人間という単位で降りかかることもある。今回の件で言うと、簡単に人間に金品を与えたことにより、多くの他の人間が金品を失ったのだ。他の人間から回収したお金を一人の人間に与えた形だ。
 確か、ワタクシの記憶が正しければ、今回対象となっている人間の男は、長年細々と会社を経営しており、借金により首が回らなくなった。長年、真面目にコツコツと努力してきた男のようだ。そして、どうにもならなくなり、炮烙様に助けを求めたのだ。彼は、炮烙様に縋ったつもりは、ないであろうけれど。
「妙香貴様! あの男が、その後どうなったのか、知っているのか?」
「はあ? そんなの知らねえよ。知る必要もねえ」
「突然、大金が降って入り、真面目で仕事一辺倒であった男の自我が崩壊したのだ。己の能力を過信し、他人との接し方が横柄になり、手軽な快楽に溺れた。結果、一家離散、会社倒産だ」
「そんなの自業自得じゃねえかよ。言いがかりだ。真面目かなんか知らねえけど、自分と同じ匂いだからって、必要以上に感情移入してんじゃねえよ。だから、真面目な奴は質が悪いんだよ」
 妙香様の反論に、炮烙様の堪忍袋の緒が切れた。炮烙様が妙香様の胸倉を掴む。
「おいおい、勘弁してくれよ。巫女ちゃーん、助けてー」
 まるで挑発するように、妙香様はワタクシを見て、笑みを浮かべている。これで、炮烙様が手を上げようものなら、一大事だ。基本、神様は非暴力であり、特に直接的な暴力はご法度だ。未神の立場なら、尚更だ。追放もあり得る。
「炮烙様! お止め下さい! 残寿様も見ていないで、止めて下さい!」
 ワタクシは、炮烙様の力のこもった手を掴み、背後を振り返った。残寿様は横になり、腕を枕代わりにしている。眠たげな瞳を擦り、腹を掻きながらあくびをした。
「残寿様!」
「別にやらせておけば、いいじゃない? 僕には、関係ないよ。巻き込まないでくれる?」
 我関せずと、残寿様は、ワタクシ達に背を向けた。
「それにさ、真面目真面目って、真面目ってなんだよ? 仕事しかしてこなかったんだろ? 手軽な快楽? ようは、女に溺れたってことじゃねえの? 正しい遊び方を学んでこなかったんだろ? 社会勉強を怠ったんだ。勉強を怠った奴を不真面目って言うんじゃねえのかよ?」
「妙香様! 挑発するのは、お止め下さい! 炮烙様も手を離して! ちょっと、残寿様!? 起きて下さい!」
 喉がはち切れんばかりに、ワタクシは叫び声を上げた。悲鳴のように響いている。
「もう、面倒臭いなあ。じゃあ、ジャンケンでもすれば? 負けた方が謝って、終わりにしてよ」
 ゴロンとこちらを向いた残寿様が、取り留めのないことを言う。
「残寿! なんだ貴様のその怠慢な態度は!? 意見が食い違えば、議論するのが当然だ! 貴様の日ごろの態度は目に余る!」
「矛先を僕に向けないでよ。僕は関係ないでしょ? 鬱陶しいから、喧嘩なら外でやってよ」
 シッシッと手を振る残寿様に、炮烙様は目を血走らせ睨みつける。
「炮烙様、議論ならまずは手を放して下さい! 残寿様もいい加減にして下さい!」
「巫女ちゃん、そんな大口開けて怒鳴っていると、折角の可愛い顔が台無しだよ。炮烙、お前もいい加減手を放せよ。いつまで、掴んでんだ? それに、俺に論破されたからって、残寿にやつ当たってんじゃねえよ! この単細胞が!」
「妙香様、もうお止め下さい! 炮烙様は、手を放して! 寝ないで、残寿様!」
 まるで、地獄絵図だ。ワタクシが上げる叫び声は、空虚にただ舞っているが如く、誰の耳にも届かず、膠着状態が続いている。すると、頭の奥の方で、プツリと音が聞こえた。
「てめえらー! いい加減にしろ! このクソボンボンどもが! ぶっ飛ばすぞ! 馬鹿野郎!」
 ・・・はい、やってしまいました。先ほどまでの喧騒が嘘のように、辺り一面静まり返っている。
 炮烙様は、目を丸くして、静かに腕を下ろした。妙香様は、目をぱちくりさせた後、吹き出す始末。残寿様は、飛び起き、ワタクシを茫然と眺めている。ワタクシは顔に熱を帯び、誤魔化すように小さく咳払いをした。
「皆様方、大変失礼致しました。本日も宜しくお願い致します」
 ワタクシは深々と頭を下げ、逃げるようにその場から去った。背後から皆様の視線を感じつつ、妙香様の笑い声で耳が痛かった。未神様に仕える身でありながら、無礼な態度を取ってしまった。しかし、場の混沌が収まったのだから、結果オーライだ。そういうことにしておこう。そう自分に言い聞かせなければ、やっていられない。
 炮烙様は、クソがつくほどの真面目な方だ。堅物で順応にかける。直情型で、己が正しいと思い込んでいる節がある。しかし、だからこそ、人間への対応は誠実で紳士的だ。人間と真正面から向き合い、人間の幸福と成長を望んでいる。故に、一人一人の対応に恐ろしく時間がかかる。自分にも他人にも厳しい方だ。しかし、頭が悪い訳ではない。先ほどの衝突の後すぐに、ワタクシに謝罪をして下さった。深々と頭を下げ、反省されていた。己の非を認め、素直に謝罪する姿は、大変好感が持てる。長所は、真面目。短所は、真面目過ぎる。
妙香様は、己の欲望に忠実な方だ。故に、行動力があり、驚くような策に打って出る。怖いもの知らずで大胆。見た目も言動も一言で言うと、軽薄なのだが、なかなかに思慮深く弁が立つ。好奇心旺盛だが、飽きっぽい。社交的で誰にでも距離感が近い方だ。しかし、人間への対応は、あまり誠実とは言えず、神様に縋りつく人間をやや見下している。強欲が故に、人間を己の出世の道具として見ている感が否めない。ワタクシの体に、気安く何度となく触れてくる。過去の苦い経験から、拳を握り耐えているのは、秘密だ。
 残寿様は、最も理解に苦しむ方だ。怠惰的で、面倒くさがり。出世欲が皆無で、神様にまるで興味がないご様子。何の為に、ここにいるのか、さっぱり分からない。誰とも争わないが、協力もしない。誰にも何も求めないから、自分にも何も求めないで欲しい。常に一歩引いて俯瞰で物事をみている感じだ。だから、大きな成功もなければ、大きな失敗もしない。修行への意欲もなく、その極みとして、人間がやってくると、サイコロを振る。一の目が出たら、不快を顔一杯に広げ、しぶしぶ重い腰を上げる。
 はあ。溜息しかでない。しかし、ワタクシの職務は、三座の方々のお世話役だ。お三方に仕える身、逃げ出す訳にはいかない。この神社に来た理由が理由だけに、移動願いなど聞き入れてもらえる訳がないし、それこそ心証を悪くするだけだ。そもそも、巫女の移動願いなどというシステムがあるのかも分からない。前例を聞いたことがない。ワタクシが以前に仕えていた神様は、きっと千里眼を用いて、ワタクシが戸惑っている姿を観察していることだろう。そして、ほくそ笑んでいるに違いない。
 ワタクシが苛立ちを抑える為に、何度も深呼吸を繰り返していると、前方から炮烙様がやってきた。なにやら考え事をしているようで、腕を組み首を捻っている。
「どうされましたか? 炮烙様?」
「ああ、巫女殿。先ほどは、見苦しい様を晒してしまい、本当に申し訳なかった」
 立ち止まった炮烙様は、腕を垂直に下ろし、頭を下げた。その姿は、まるでお辞儀のお手本のように美しかった。何度も謝られては、こちらが恐縮してしまう。どこまでも律儀な方だ。
「先ほど来た人間の願いなのだがな。若い男がやってきたのだ。実の妹に惚れてしまったと言うのだ。それも、一時の感情ではなく、長年想いを抱いており、とうとう限界を迎えているようなのだ」
「それはまた、難儀な・・・限界とおっしゃいますと?」
「力づくで強行策に出るか、己の命を絶つしかないと」
「それはまた、極端な話ですね」
 炮烙様は手を顎の下に当て、唸っている。強行策にしろ命を絶つにしろ穏やかな話ではなさそうだ。若気の至りでは、済まされない。炮烙様の正義感が、放っておくことを許さないのだろう。
 妙香様なら、後先考えず、取り合えず二人をくっつけるだろう。残寿様なら、無理に決まってるよと、放置するであろう。
「人間の法律と照らし合わせると、想いを成就させたところで、困難な道が待っている。だからと言って、命を絶たせる訳にもいかぬ。確かに、我々は万能ではないのは、百も承知だ。だからと言って、突き放すには、彼の想いはあまりにも切実なのだ。でなければ、若い男がわざわざ、こんな場所へと来たりはしない。頭が狂っていると、涙を流したりはしない」
 炮烙様は、共に悩み共に苦しんでいる。腕を組み直し、額からは汗が滴り落ちる。
「やはり、根気強く対話を続けるほかないのでは、ありませんか? 男性の妹さんへの想いを徐々に薄れさせる為に、他へと意識が向くように導くほかないのでは? それが、趣味であったり、勉学であったり、他の女性であったり」
 ワタクシは、恐れ多くも意見を伝えた。巫女の立場としては、出過ぎた真似ではあるのだが、思わず口を出してしまった。勿論、この程度のことは、炮烙様も分かっているのだろう。だが、他に良い策はないかと、思考を巡らすのだ。妥協を許さない方だ。たっぷりと時間をかける炮烙様らしい姿だ。この際、時間のことを問いただすような無粋な真似はしない。
「確かに、巫女殿の言う通りだ。やはり、それが最善の手であるか。だが、男に対話に時間をかけるほどの余裕があるだろうか・・・」
 炮烙様は、目を閉じ、ブツブツと自問自答を繰り返している。吹き出す汗が、床に滴り落ちるほど、思考をフル回転させているようだ。しばらく、炮烙様の様子を眺めていると、突然目を見開き、体の前で手を打った。どうやら、答えが出たようだ。重苦しい空気から解放された気がした。
「そうだ! 人間の法律と価値観を変えてしまえば、良いのではないか? それならば、私の客は、幸せになれるのではないか?」
「え? ちょ! は? ほ、炮烙様?」
 お気は確かか? 突拍子もないことを言い出した。
「巫女殿、どうもありがとう。色々と参考にさせてもらった。では」
 炮烙様は、満足気にスタスタと歩いていく。ワタクシは、何度も呼び止めたが、耳には入っていないようだ。あいつは、馬鹿なのか? 思考が二週三週し、思わぬ場所で着地した。しかも、ワタクシがパスを送ったようになっているではないか? 人間一人の願いを叶える為に、人間界の法律を変え、全ての人間の価値観を変えようとしているのか。そんなことできる訳がないだろう。神様になら・・・まあ、できなくもないだろうが、絶対にしない。なによりも、あなた様は、まだまだ未熟な神様だ。身の程をしれ。なんとか、考えを改めさせなければ。それこそ、時間の無駄だ。無理なものは、無理なのだ。
 無礼を承知でもう一度言わせて頂こう。お前は、馬鹿か。
 もう既に、豆粒ほどに小さくなった炮烙様の背中を見つめつつ、深い深い溜息を吐いた。
「んー? どうしたの? 巫女ちゃん? なにかお疲れのようだねえ?」
落胆したワタクシの肩に腕を回しながら、妙香様が軽口を叩いた。
「あ、いいえ、なんでもありません。妙香様」
ワタクシは、満面の笑みを顔面に張り付け、腕を振り払う。炮烙様のことを言う訳にはいかない。トラブルの原因である。
「炮烙がまたなにかやらかしたの?」
 ドキリとしたが、ワタクシは頭を左右に振った。先ほどのやり取りを見ていたのか? それともカンが働いたのか。油断ならないお方だ。
「妙香様、お勤めは、終わったのですか?」
「まあね。俺は誰かさんと違って、合理的だからね。スピード解決さ。早く終わったものだから、時間が余って仕方がないよ。ねえ、巫女ちゃん。どっか、デートに行こうよ」
「行きません」
 ワタクシは即答で返し、腰に回された妙香様の腕から逃れる。妙香様の仕事の速さは、群を抜いている。しかし、ルールすれすれ、モラル違反という荒業だ。ひょっとしたら、非合法に片足を突っ込んでいる疑いもある。上からの調査が、何度か入ったことがあると、聞いたことがあるからだ。しかし、その度に嫌疑不十分とのことで、違法性はないのだろう。だからと言って、その調査も信憑性は薄い。なんせ、妙香様は、ボンボンなのだから。絶対的権力者の血筋の方だ。
三座の中で、神様に一番近いのは、妙香様だ。早く神様になりたいご様子だ。
「あの、妙香様? お尋ねして宜しいでしょうか?」
「ん? なになに? なんでも聞いて? 俺の女性の好みとか? そりゃ勿論、巫女ちゃ・・・」
「違います」
 ぴしゃりと、話を止める。
「妙香様は、どうして、神様になりたいのですか?」
 ワタクシの問いに、妙香様は唇を尖らせ、ブーブー言っている。
「そんなの権力が欲しいからだよ。俺はね、力持ちになりたいの。こんな面倒な修行は、さっさと終わりにして、自由気ままに好き放題したいんだよ。美味い食事に、美味い酒、美味い美女・・・コホン。失礼。美しい女性と、イチャイチャしたいの。それが許されるのが、神様なのさ。求めない理由が見つからないよ。ちなみに、美しい女性には、巫女ちゃんも含まれているからね。俺についた方が、なにかと得だよ。巫女ちゃんも返り咲きたいでしょ? 俺と一緒に出世して、名前を取り戻そうよ」
 だから、強引な取り立てには、目を潰れということなのか? 若干心が揺らいだのは、内緒だ。そのせいで、腰に回された手を振り払うのが、一瞬遅れてしまった。しかし、あまりにも利己的で私利私欲に塗れている。ワタクシが憧れる神様は、そんなのではない。そんな神様に仕えたいとは、思わない。きっと、妙香様は、そんな神様の姿をずっと見てきたのであろう。
「お言葉ですが、妙香様。一つ宜しいでしょうか?」
「なにかな? 巫女ちゃん、俺に興味津々だね?」
 軽薄に笑う妙香様から顔を逸らし無視する。鼻が接触するほど顔を近づけてきたからだ。
「多くの神様が人間の幸福を願い、己の利益度返しで日々奔走されております。苦楽を共にし、苦悩し、心を痛めております。ワタクシは、妙香様にもそのような神様に、成って頂きたいと思います」
 またもや、出過ぎた真似をしてしまった。しかし、言わずにいられなかった。妙香様は、首を捻り、天井を眺めている。
「巫女ちゃん、まるで炮烙のようなことを言うね。もしかして、炮烙が好きなの?」
「は? そんな訳ないじゃないですか? 違いますよ。ワタクシはただ・・・」
 ワタクシが慌てて言うと、妙香様は薄ら笑いを浮かべる。なかなか、癇に障る表情だ。ワタクシは奥歯を噛み締め、グッと堪える。
「まあ、それは冗談として、さっき巫女ちゃんが言った、『多くの神様が』っていうのは、何調べなのかな? どこのデータを元に、『多くの』って言っているのかな? 巫女ちゃんは、そこまで神様に精通しているの? それとも、情報通?」
「え? どこのって・・・そんなの常識ではありませんか? 神様が人間の為に、一生懸命働くのは。皆、そう思っていますよ」
「常識って、誰の常識? どこの常識? 皆って誰と誰と誰?」
「えっと・・・それは・・・」
 追及され、言葉が出てこない。真っすぐに、妙香様に見つめられ、反射的に目を逸らした。
「それはね、常識とか皆とかじゃなくてね。巫女ちゃんの願望だよ。巫女ちゃんの価値観だよ。それを俺に押し付けるのは、どうかと思うよ。なんの根拠もないんだから」
「そんな・・・」
 頭が回らず、ワタクシは、俯くことしかできなかった。反論ができない。こんなのただの屁理屈ではないか。しかし、屁理屈を覆すだけの知識がない。すると、妙香様が、ワタクシの肩に優しく手を置いた。反射神経が過敏に反応し、体が跳ね上がった。
「ごめんね、巫女ちゃん。別に君を責めている訳じゃないんだ。ああ、そうだ。ちなみに、人間界に『働きアリの法則』っていうのがあるの知ってる?」
「いいえ、知りません。アリって、人間界に生息している昆虫のことですか?」
「そうそう。簡単に説明すると、頑張って働くアリが二割、ボチボチ働くアリが六割、働かないアリが二割いるんだ。つまり働くアリが八割で、働かないアリが二割。つまり、二割が働かなくても組織は十分機能するってこと」
 妙香様の言い分は、働かない大義があるとでも言いたげだ。でも、そんなの不公平だ。それなら、皆が少しずつ働いて、皆の負担を少しずつ減らせばよいではないか。それか、妙香様が働けば、他の神様が休めるということだ。そのことを妙香様に伝える。妙香様が働き、他の方が休めばいいだなんて、なんて子供染みた反論なのだろう。ただの八つ当たりであった。
「違う違う。それが組織の摂理だ。皆が働けばいいなんて、論外だよ。必ず二割がサボる。そして、俺はサボりの天才だ。俺の方が有意義にサボることができる。俺よりサボる能力が高い奴がいたら、お目にかかりたいね。是非、連れてきてくれ」
 この方は、なにを堂々と・・・開いた口が塞がらなかった。あれ、これはワタクシが間違っているのだろうか? 上手に言いくるめられているだけのような気がする。
「さて、巫女ちゃんのお陰で、楽しい時を過ごすことができた。心から感謝するよ。人間がやってくるまで、酒でも飲んで寝ようかな」
「え? お酒? そ、それは、ダメですよ」
「まあまあ、固いこと言わないの。炮烙には、内緒だよ。面倒だからね」
 言うと、妙香様は、手をヒラヒラと振って、歩いていく。修行中の身でありながら、お酒を飲むだなんて、見つかれば叱られる。妙香様の立場上、叱られるだけで済みそうなのが怖い。本来、ワタクシが咎めなければいけないのであろうが、もう妙香様と関わる気力がない。全て妙香様のペースで話が進み、反論の余地がなかった。疲れ切ってしまった。少し休ませてもうとしよう。未神の分際で、酒を飲む輩がいるのだから、少し休むくらい罰が当たらないであろう。だいぶ、未神の方々へのリスペクトが薄れてきている。
 どっと疲れた体を引きずって、自室へと向かっていると、廊下の角から残寿様が現れた。ワタクシと目が合った残寿様は、軽く会釈をして去っていく。このままあの方を見送ろうと思ったのも束の間、無意識の内に声をかけてしまった。これが職業病というのだろうか。
「残寿様、お疲れ様です。お勤めは無事終わりましたか?」
「どうも。ええ、まあ、いつも通りだよ」
 残寿様のいつも通りって、どっちだろう。聞くのが怖いが、聞かずには、いられない。
「あの、お勤めをなさったのですか?」
 ワタクシの声に、振り返った残寿様は、小さく溜息をついた。
「うん、『一』が出ちゃったからね。仕方なく」
 仕方なくってなんだよ? それが、お前の仕事だろうが! ・・・ダメだ。我を見失っている。冷静にならなければ。炮烙様と妙香様とのなんやかんやで、ホルモンバランスが崩れているのかもしれない。
「どのような、ご用件だったのですか?」
ワタクシは、努めて笑顔で穏やかな口調で聞いた。ワタクシの質問に、さも面倒であると言わんばかりの残寿様の態度に、眉間にしわが寄っていく。
「中年の女性が、子供を授かりたいんだって。だけど、旦那には、タネがないんだって」
 もう嫌な予感しかしない。当然ではあるが、失った体の一部などを再生させることは不可能だ。最初から無いも途中で失うも条件は同じだ。その旦那様も例外ではない。
「そ、それで、どうなさるおつもりですか?」
 ワタクシは、恐る恐る尋ねた。
「ん? タネを持っている他の男を接触させようと思ってるよ」
「やっぱりか! ・・・コホン、失礼しました。そ、それでは、トラブルの原因になります」
思わず、声が出てしまった。自制心が低くなってきている。ワタクシの訴えに、残寿様は首を傾け、不思議そうにワタクシの顔を眺めている。
「女性は、子供が授かりたいって言ったんだよ? 別に、旦那の子供が授かりたいとは、言ってないよ?」
「で、ですが、この場合は、旦那様とのお子様をと言う意味で、捉えるべきなのでは?」
 未神様のご決断に異を唱えるなど、巫女の立場では、言語道断である。『常識で考えたら分かる』と言いそうになったが、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。先ほど、妙香様と常識がどうと話したことが原因だ。残寿様は、その場で胡坐をかいて座り込んでしまった。不貞腐れているのかと思ったが、腕を組んで考えてくれているようであった。その女性と対話したのは残寿様で、その残寿様が出した結論なのだから、ワタクシが心配することではないのだ。本来ならそうだ、そうあるべきなのだ。だが、残寿様の日ごろの態度を見ている限り、信用するのは危険すぎる。
 今回の残寿様のご決断は、まるで妙香様のようだ。不安がつきまとう。炮烙様ほど考え込むのは、どうかと思うが、もう少し別の道を模索して頂きたい。面倒臭がりなのは、十分に理解しているのだが、面倒だからと安易な決断はやめて欲しい。その女性の為にも、旦那様の為にも、生まれてくるであろうお子様の為にも、そしてなにより残寿様ご自身の為にも。
「うん、やっぱり他に方法はない。別に面倒で考えることを止めた訳じゃないよ。本当に考えたんだ。だから・・・」
「だから?」
「巫女さんが決めて」
「え? そんなことできませんよ! ワタクシは、ただの巫女です」
 ワタクシは、俯き体の前で手を握った。我ながら最悪だ。ワタクシ自身が。巫女の立場でありながら、残寿様のご決断にケチをつけ、巫女の立場を利用して、自分では答えを出さない。本当に最低だ。全ての人間の願いを叶えなければならない訳では決してない。仮に、炮烙様や妙香様の案件であったならば、ワタクシも諦めたであろう。しかし、残寿様は、日ごろお勤めをなさらない。お勤めをする、しないの判断をサイコロで決めている。怠惰にもほどがある。
だが、今回は、不幸にも一の目が出てしまった。『一の目が出たけれど、仕事をしなかった』という前例を作ってしまったならば、今後残寿様はこれまで以上に、お勤めを避けるようになってしまいそうで。
「巫女さん、なんかいい案ない? なかったら、僕の案でいくよ。面倒臭くなってきたよ。別にいいでしょ? 妙香じゃないけれど、その後のことまで面倒は、見切れないよ」
 残寿様は、床に寝そべり、腕枕をしている。面倒臭そうに、他に考えがない理由を説明してくれた。いつもの残寿様よりは、頑張ってくれている気がしている。
旦那様との間に子を授かることは不可能。更に、旦那様には、借金があり金銭的な余裕がない。そんな状態で子を授かって大丈夫なのかという疑問は、この際棚上げする。
他の男性のタネで子を授かる。その場合、他の男性と行為を行う方法と、金銭を使用し、医学の力で解決する方法だ。前述が、残寿様が出した決断だ。もしくは、養子を取る。しかし、養子も金銭的な理由で難しい。
 どちらにしても、子を授かったとしても旦那様とは、血の繋がりを持てない。そのことは、旦那様は了承しているのだろうか? 願いを伝えに来た奥様だけの想いに応えて、本当によいのだろうか? 炮烙様なら、周囲にまで根回しを行いそうだ。馬鹿な一面が垣間見えたが、あの方はきっちり対応するお方だ。妙香様は、言わずもがな。
「残寿様、差し出がましいですが、提案しても宜しいでしょうか?」
「・・・ん? なに?」
 残寿様は体を起こし、眠たそうな目を擦っている。ワタクシが必死で考えている間に、残寿様は眠っていたようだ。
「まずは、旦那様のご意向を伺いたいと存じます。そして、血の繋がりがなくても子が欲しいというご覚悟がおありでしたら、金銭の授受を行うのは、いかがでしょう?」
「うん、いいんじゃない? 頑張ってね」
「はい?」
 ワタクシが意を決して考えを伝えると、残寿様はまるで興味がなさそうに、あくびをした。もう自分には無関係といった態度である。
「でも、それじゃあ、炮烙が怒りそうだね? あ、でも、自分の案件じゃないから、大丈夫かな? うん、きっと、大丈夫だ。じゃあ、後は宜しくね」
「え? 残寿様の案件ですが?」
「は? そんな面倒なことやってられないよ。巫女さんやってよ」
 なにを言っているのだ、こいつは? ワタクシができる訳がないだろう。どうしよう・・・ぶん殴ってやりたい。
「じゃあ、そういうことで、僕は部屋に戻って寝るね」
「ちょっと! お待ちください!」
 そそくさと立ち上がって、残寿様は背を向けた。ワタクシは、慌てて残寿様の背中にしがみつく。
「もう、なんだよお? 僕は眠たいの。巫女さんのアイデアいいと思うよ。きっと、上手くいくよ。応援してるね。それじゃあ」
 ワタクシは、残寿様の背中を掴んで離さない。逃がしてなるものか。残寿様は恨めしそうな顔で、ワタクシを振り返っている。
「残寿様は、他の男性と接触させようとしたのですよね?」
「うん、そうだよ。巫女さんに、ダメ出しされなければね」
「では、旦那様のご意向だけでも確認して頂けませんか? それならば、他の男性との接触とさほど労力は変わらないのでは? いや、寧ろ簡単です。聞いていれば、よいのですから」
 腰に手を当て、天井を見上げる残寿様の首筋を眺める。どちらが楽な仕事なのか思案しているようだ。
「うん、わかったよ。それだけで、いいんだね?」
「はい。それだけで、構いません。分かったら、教えて頂けますか?」
「了解! じゃあ、おやすみ」
 残寿様は、満足気に自室へと戻っていった。ワタクシは、膝に手を添えて、深々と頭を下げる。礼儀をわきまえているからではない。鬼の形相を見られるのは、都合が悪いと判断したからだ。兎に角、残寿様からの報告待ちだ。咄嗟にあんなこと言ってしまったが、大丈夫なのだろうか? まあ、後は野となれ山となれ。出たとこ勝負で、後でその後のことを考えよう。簡単に金銭の授受と言ってしまったが、どのような代償が他の人間に降りかかるのか。色々考えると、怖くなってきたので、思考を停止する。もとより、疲労で思考回路がショート寸前だ。やっちゃったかな?
 ワタクシは、速足で自室へと駆け戻った。もう誰にも会いたくない。疲労がピークを迎え、部屋の扉を閉めた途端、その場で崩れ落ちた。苛立ちやらストレスやら、体中に渦巻く負の感情を発散させたい。このままでは、メンタルが病んでしまう。このままでは、とてもまずい。この神社もワタクシも。今日一日で色々ありすぎて、あの三座に期待するのは、無駄のような気がする。
 炮烙様の堅物さも、妙香様の自己中心的な考えも、残寿様の無責任さも、もうたくさんだ。しかしながら、ワタクシは。ここから逃げ出すことはできない。ワタクシも、堅物で自己中心的で、無責任に振舞えば、折り合いがつけられるのだろうか? いや、それでは、このカミナリ神社が崩壊してしまう。ワタクシが、三座の方々を上手く扱えられれば、なんとかなるかもしれない。まだ、諦めるのは、早すぎる。
 今のこの姿も神様は、ご覧になっているかもしれない。巫女の尻を撫でながら。
 こんなところで、負けてたまるか。こんなことで、負けてたまるか。
 やはり、ワタクシは、この巫女という仕事が好きなのだ。誇りを持っているのだ。
 今日は、散々、皆様に無礼を働いたので、今更、怖いものなどない。
 これは、今頃、ほくそ笑んでいる神様への宣戦布告だ。
 ワタクシが、このカミナリ神社を変えて見せる。ボンボン共の性根を叩き直してやる。
 そして、必ず名前を取り戻してやる。
これは、ワタクシ自身の決意表明だ。
 「腐った性根をぶっ壊す!」
<完>


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