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アニメ原画を集めるなら知っておきたいこと

日本のアニメ制作における原画の位置づけ

 アニメ原画のいいところは、専門的な知識がなくても、見た目の情報だけで直感的に好きな絵を選べることです。アンティークコインなど他のコレクタブル資産では、収集を開始するにあたって基礎知識を事前に習得しないといけないものも少なくありませんが、アニメ原画は収集を開始するハードルがかなり低いと言えます。しかしながら、原画の価値を理解するうえで、最低限知っておいた方がいいこともいくつかあります。
 原画にもいくつかの種類がありますが、アニメファンの間では用語も統一されておらず、ヤフーオークションなどの個人間取引プラットフォームでは、明らかに間違って説明されているものも少なくありません。原画のことを理解するには、アニメがどのような制作工程で作られているのか、その中で原画がどのような位置づけなのかをおおまかに理解する必要があります。
 アニメの制作は、シナリオ→絵コンテ→レイアウト→原画→動画→彩色(仕上げ)、背景→撮影→アフレコ→編集という流れで完成に至ります。このうち「レイアウト、原画、動画」がアニメーターと呼ばれるクリエーターが担当する作画パートです。さらに作画パートは、原画マンと作画監督、演出が担当する原画セクションと動画マンが担当する動画セクションに分けられます。
 作画パートを原画と動画に分けるのは、日本で進化してきた手法です。30分アニメ1本を作るには、4000から6000枚の作画が必要になります。テレビで放送されているアニメ作品は、毎回4000枚以上のパラパラマンガで作られていると思えばわかりやすいでしょう。一部では3DGCのアニメ作品もありますが、ほとんどのアニメは毎回4000枚以上の動画が手書きで描かれています。(近年はデジタル化が進み、作画用紙に鉛筆で描かれる原画や動画は減少しています。)
 そのまま使えるクオリティで、毎回4000枚以上作画するのは大変な作業です。そこで考え出されたのが、作画工程を原画と動画に切り分けるという方法でした。絵が上手でアニメ作画の工程をよく理解している先輩格のアニメーターが動作の中でキーとなる絵を描き、別のアニメーターがそれらの絵の清書(ブラッシュアップ)や、絵と絵の間の動き(中割り)を描く、と役割を分担させることで、絵のクオリティを保ちつつ効率的に作画ができるようになりました。
 動作のキーとなる絵が「原画」で、それを描くアニメーターは「原画マン」、原画と原画の間の動きを表現する絵が「動画」で、それを描くアニメーターは「動画マン」と呼ばれます。原画マンは、キャラクターの演技、ポーズや表情を描きます。キャラクターにはあらかじめ決められた設定があるうえ、それぞれのシーンの演出意図に従うことになりますが、原画マンはその範囲の中で創造性を発揮することができます。
 原画マンの最初の仕事は、タイムシートに記入することです。タイムシートとは、アニメーション制作において、次の工程を担当する人に情報を伝えるための指示書です。まず、原画マンが動画マンに対して、原画のトレスや原画間の中割りに関する指示を書き込みます。原画にはA①などの管理番号が記載されますが、A①原画とA②原画の間に何枚の動画を描くか、どの番号とどの番号の原画を1枚の動画に描くか、など詳細な指示がわかりやすく記入できる仕様になっています。
 原画マンは、原画を描く前に、まずはレイアウトと呼ばれる構図をラフに描いた計画書を提出して、その構図やキャラクターの表情が演出意図に沿っているかどうか、作画監督や演出のチェックを受けます。レイアウト修正が戻ってきたら、原画の制作に着手します。原画マンが仕上げた原画についても、再度作画監督や演出のチェックを受け、作画監督の修正原画を添付して動画作業に回されます。
 ここまでの話をまとめると、原画セクションにおける成果物は、タイムシート、レイアウト、レイアウト修正、原画、修正原画の5点ということになります。原画はカット単位でアニメーターに発注され、アニメーターから提出された成果物はカット袋に入れて管理されます。原画が完成すると、カット袋は動画セクションに回され、以後、アニメフィルムが完成するまでカット袋で成果物が引き継がれます。
 原画セクションにおける成果物のうち、タイムシートは事務的な管理表なので除き、レイアウト、レイアウト修正、原画、修正原画の4点を私は原画と表現しています。(原画には、動画の制作の際に参考にしてもらう参考原画が添付されることもあります。参考原画は正式な原画ではありませんので、ラフに描かれていることが多く、原画の下書きのように見えることがあります。)

「ラフ原画」にも明確な分類がある

 原画が売買される際に、よく使われる言葉として「ラフ原画」があります。文字通り、ラフに描かれているように見える原画のことですが、ラフ原画にもそれぞれ明確な意図があり、目的や意図に応じていくつかの種類に分類できます。大きく分類すると、レイアウト、レイアウト修正、参考原画、原画の下書きの4種類があります。それぞれ描く人や描く目的が異なりますので、混同しないよう注意が必要です。
 レイアウトは、そのカットを担当する原画マンが、演出や作画監督から演出意図や演技に関する説明を受けて、「こういう構図でキャラにこういう演技をさせます」という計画書として作成するものです。レイアウトは演出や作画監督のチェックを受けて、レイアウト修正と共に原画マンに戻されます。なお、原画マンに戻されるレイアウトにコピーが多いのは、レイアウトには背景を描く美術に対する指示書も兼ねていて、原本は美術に渡されるためです。
 レイアウト修正は、作画監督によるものと演出によるものの2種類があります。誰からの修正指示か一目でわかるように、作画監督と演出で異なる色の作画用紙が使われます。作画監督は黄色の用紙、演出は緑かピンクの用紙を使うことが多い印象があります。ただし、1990年前半より以前のアニメ作品では、レイアウトに指示が加筆されて戻されていたので、レイアウト修正が存在しないことも少なくありません。
 参考原画とは、原画マンが原画を作成する過程で、この部分は中割りを担当する動画マンが悩むだろうな、と思った個所で中割りの見本を参考原画として付け加えたものです。原画と同様に白い作画用紙に描かれることが多く、あくまでも動画マンに示すヒントなので、清書した原画よりもかなりラフな絵になっていることがほとんどです。参考原画は、特に区別せずに原画の一部として取り扱われることも少なくありません。
 上記のレイアウト、レイアウト修正、参考原画は、いずれも制作会社に提出する成果物としてカット袋に入れて次の工程の人に渡されるのに対して、最後の「原画の下書き」は、原画マンが清書前に練習で描いた私物にすぎません。原画マンの中には、下書きは一切せずにいきなり原画を描く人もいますが、白い作画用紙を使ってまずはラフを描く人がほとんどです。
 本来、このような下書きは、提出用の原画が完成すればゴミ箱に入れられるものですが、原画マンが勉強のために持ち帰るなどして市場に流出するものもあるようです。原画の下書きの価値がゼロとはいえませんが、原画マンが練習で描いたスケッチであり、完成した原画やその原画を元にして作られる動画、ひいては放映されたアニメの映像とは大きく異なっている場合もあり、それほど大きな価値は見いだせないでしょう。
 アニメ作品の作画クオリティは原画で決まると言っても過言ではありません。その原画は、原画マン、作画監督、演出の3人が力を合わせることで完成します。その原画が完成に至る過程を追体験できるのが、レイアウト、レイアウト修正、原画、修正原画の4点セットです。カット単位でこの4点が揃っていれば、そのカットの映像がどのように作画されたのかが手に取るようにわかるのです。
 もちろん、この4点が揃っていないと原画の価値が下がるというわけではありません。しかし、日本アニメの原画がどのような過程で作られているのかを示す資料的価値に注目するのであれば、原画はカット単位で4点が揃ったものを収集したいと思うようになるでしょう。

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