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原画よりセル画の方がいいんじゃないの?

ファンの間で人気が高いセル画

 アニメを制作する過程で、絵コンテ、レイアウト、原画、動画、背景画、セル画など大量の制作物が生み出されます。完成後は用済みになってしまうこれらの制作物は「中間制作物」あるいは「中間成果物」などと呼ばれます。私がコレクタブル資産として収集している原画も中間制作物の一つです。中間制作物は、スポンサー(アニメ制作の発注者)との契約に従って数年間保存された後は、産業廃棄物として破棄されるのが一般的でした。1話分だけでも中間制作物の量は膨大であり、制作会社としても、中間制作物を保管し続けることはコスト的にも物理的にも難しかったためです。
 なお、セル画や絵の具で描かれた背景画などは2000年前後にデジタル化が進み、今はほとんどがデジタルデータとしてのみ存在しています。近年では、絵コンテや原画など作画パートの制作物のデジタル化も徐々に進んでおり、いずれは紙に鉛筆で描かれた原画や動画もデジタルデータに置き換わる日が来るものと思われます。おそらく、デジタル化された原画のオリジナルデータが外部に売り出されるようなことはないでしょう。
 アニメの中間制作物は、非売品であり、本来は制作会社の手を離れてファンの間で売買されるものではありません。明確な年代は不明ですが、アニメ制作会社がスタジオ見学に来てくれた人にプレゼントしたのがきっかけで、ファンの間でセル画の存在が知られるようになって人気化したと言われています。そして、積極的にセル画や原画を販売する制作会社も出てきました。これは、利益のためというよりも、ファンサービスの一環という面が大きかったと思われます。
 中間制作物の中では、圧倒的にセル画の人気が高いことは疑う余地はありません。正確な統計情報はありませんが、セル画の収集人口は原画の収集人口よりはるかに多いはずです。モノの価格は需要と供給のバランスで決まりますから、セル画が高値で取引されていることには納得できます。ならば、コレクタブル資産として見ると、原画よりもセル画の方が魅力的なのでしょうか。ここからは、私個人の主観的な意見ですので、あくまでも参考程度にお聞きください。
 アニメ原画のことを取り上げる際、私はあえてセル画には触れませんでした。決してセル画が嫌いというわけではありませんし、実際に私はセル画もかなりの数を持っています。原画や動画に対応するセル画がセットになって売られていた場合などは、よりアニメ制作の過程がわかる資料として購入することもあります。セル画単体であっても、動画が添付されているケースが多いので、セル画よりも動画が欲しくてセル画を購入してコレクションに加えることもあります。
 セル画は放送されたアニメに一番近いし、見た目が華やかなので鑑賞用には優れているかもしれません。しかしながら、私はコレクタブル資産としては積極的に購入しない方針です。セル画には魅力がいっぱいある一方、弱点も少なくないからです。私がこれから書く内容は、すでにセル画を集めているファンにとっては釈迦に説法だとは思いますが、セル画の収集を始めたいなら、セル画にはセル画固有の弱点もあることを理解しておいていただければと思います。

セル画には注意すべき点も少なくない

 セル画の一番の弱点は、収集する人口が原画よりも圧倒的に多いため、すでに価格が高騰してしまっていることです。セル画などアニメ関連のコレクターズアイテムの世界には、ファンという範疇を超えた熱狂的な愛好家が存在します。彼らは、自分が気に入ったセル画には金に糸目を付けず買い集めます。オークションに出品されると、ファンでもとうてい理解できないほどの高値が付くことも珍しくありません。
 セル画はよほど有名なシーンでなければ、それが何話のどのシーンかはなかなか判別できません。セル画には、制作に使われた「プロダクションセル」以外に、制作会社がアニメの販促などの目的でアニメ完成後に作った「複製セル」や、雑誌やライセンス商品の製造のために作った「版権セル」が存在します。
 正規の制作会社ではなく、アニメファンが自作した「同人セル」も数多く出回っています。同人セルは基本的に「ファンが作った同人セルです」と明記して売買されますが、中には非常に出来のいいものもあり、一部の同人セルは海外の販売サイトで本物に混じって売られているものもあります。
 一番やっかいなのは、「オコシ」と呼ばれる悪意のあるニセモノです。何らかの方法で本物の動画を入手してきて、動画から「起こした」精巧な贋作です。セル画だけ見ると、ベテランのコレクターでもなかなか見分けがつきません。セル画の価格が高騰するに伴い、オコシが大量に作られた時期があり、それ以降、高額なセル画を購入する際には、動画が添付させているかどうかを確認するコレクターが増えました。
 通常、制作会社がセル画を販売する際には、セル画制作に使われた動画が添付されています。動画に興味がないコレクターは動画だけを売却する人も多かったようです。そのような動画がオコシに悪用されたという反省から、今ではセル画と動画はセットで保有するのが主流になっています。しかし、このことが新たな問題を生み出しました。セル画と動画を密着させて保存して、セル画と動画が張り付いてはがれないというセル画をよく見かけます。
 セル画と動画が張り付いてしまうのは、セル画の保存環境がよくなかったことを意味します。多湿な日本では、セル画の保存にはかなり注意を払う必要があります。セル画は、アニメが完成した後は廃棄されることを前提に作られており、そもそも長期保存には向いていません。絵具が酸化するとセル画が波打ち、セル画から酸化臭が漂うようになります。加水分解を起こしてしまうと、もう修復は不可能となってセル画の価値は大きく損なわれます。
 セル画には自然光も大敵です。セル画は飾って鑑賞したい気持ちはわかりますが、光に当たり続けるとトレス(動画からトレスマシンで転写した黒い線)が退色して、最後には線が完全に消えてしまいます。保存状態の悪いセル画は、トレスが消え、セル画が波打ち、表面にもキズが多くなります。セル画の保存には、原画と比較して何倍もの手間と注意が必要です。
 セル画は、原画と同様にアニメが制作された過程を示す歴史的価値に加え、美術品としての魅力もあります。その一方で、すでに価格が高くなっていて、将来、状態が劣化すると価値が毀損するというリスクを抱えています。セル画をコレクタブル資産として集めるのであれば、保存状態のいいセル画を見極めて、購入後は劣化をできるだけ抑えるような保管とメンテナンスを続ける必要があります。
 一般のファンが普通に保有しているセル画は劣化する一方なので、適切な環境で注意深く保管されているセル画の価値は相対的に高まります。投資家としての視点なら、むしろこれからは投資チャンスだという考え方もできます。劣化して価値が失われるセル画が増え続けるということは、希少性が加速度的に高まることを意味するからです。このあたりをどう考えるかは、人それぞれですね。

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