ワニのいない街で#2『502号室、隣人』百花亜希
『ワニのいない街で』というタイトルから始めました。
藤原佳奈のテキストと、俳優で、数珠つなぎで紡いでいきます。
今回は、百花亜希さんと一緒に。
あっちへ広がり、こっちへ重なり、
あなたの頭に立ち現れる、不思議な街をお楽しみください。
ワニのいない街で
#2 「502号室、隣人」:百花亜希
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#2『502号室、隣人』テキスト
「幸せの大きさに合わせて、成長します」
小さな観葉植物にぶらさがった、札。
〈幸せ〉の部分の文字だけ、ピンクだった。ピンクか。ピンクってなんだよ、と思ったけど、ピンク以外に〈幸せ〉に適当な色は思い浮かばなかった。666円。買って帰った。
夫は、相変わらず機嫌が悪い。理由は知っている。
クマの帽子がなくなったからだ。
真ん中にクマの形が刺繍された、高い、どこかのブランドのもの。
クマの帽子は、わたしが隠した。夫に意地悪したくなったから。
あ。
観葉植物は、夫の溜息を聞いた途端しぼんだ!きゅるる、と小さくなった。「幸せの大きさに合わせて成長します」は、本当だ。
ベッドの下に隠したクマの帽子を、急いで夫のリュックの中に突っ込んだ。
次の日。観葉植物は、少し大きくなっていた。
夫は、クマの帽子を見つけて、笑顔だった。
それから、観葉植物を成長させることが楽しくなった。
夫の大好物、フィレオフィッシュのバーガーを家で作る。音楽家を家に招いて、ギターの生演奏。わたしは、歌ってみるし、夫は、踊る。なんて幸せ。笑えるテレビしか見ない。壁紙を、ピンクに変えた。
観葉植物は、どんどん大きくなって、ダイニングテーブルの上に、森を作った。夫は、いつもニコニコしていた。
植物の成長は止まらなかった。
部屋の中には枝が張り巡らされて、葉っぱが生い茂って、緑の匂いが立ち込める。トイレに行くのも、冷蔵庫を開けるのも一苦労。
だからわたしたち、今日からベランダで過ごすことにしました。
それからね、ビッグニュース。わたし、赤ちゃんができたの。
ベランダでお昼ご飯を食べながら、夫に打ち明けた。
ガン、と窓に何かぶつかった。
植物の枝だ。ビッグニュースを聞いて、また大きくなったみたい。
ガン、ガン、窓が割れそう。おかしくなって、夫と、クスクス笑った。
隣のベランダから、女の人がこっちを覗いた。
唇の薄い、かわいい人。でも、幸せじゃなさそう。
彼女は言った。「兄を、知りませんか?」って。
「あの、兄っていうか、ワニなんですけど、
あ、ワニを飼ってたんですけど」
変な人。
わたしたちの部屋は、ジャングルのよう。
ワニが住むには、ぴったりじゃないかな。
#2、おわり
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と、2発目でした。藤原です。
百花さんを想像しながら書きました。
俳優さんの声を想像しながら書くのは本当に楽しいです。
フィクションに身体を浸らせる幸せを感じています。
聞いてる人も読んでる人も、一緒に楽しんでくれるといいなあ。
#1はこちらから。
次回は、鈴木しゆうさん。
#3『502号室、クマの帽子の人』をお届けします。
このモノローグをまとめてあげていくためにyoutubeチャンネルも作りました。(登録者数現在2020/4/17 17:28 時点で14名!)
オンラインの劇場のような場所にできたらと思っています。
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