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ジムに必ずいる主みたいなやつなんなんだよ

30代も半ばに入り、段々と体が重力に逆らえなくなってきました。
以前は、マッチョな夫の通うジムの家族会員になり無料で通っていたのですが、ガチ勢が多くて居場所がありませんでした。

ジム。そうそれは体を鍛える場所。(なんか始まった)
大体いるのは、体を鍛えることを美徳としているマッチョ(タンクトップ)。
ボディメイクを主としたやたらお尻のでかい美女。
人生を変えようと汗水垂らしているふくよかな人。
おじいちゃん。
以上。

私みたいな「別に痩せたいとか体を鍛えたいとかいう目標はないけどなんとなく日々の生活にだるさを感じてちょっと体を動かしたいおばさん」は正直言って本当に浮く。

いや……わかっている。
本当は誰も私なんて見ていないこと。
ジムに行けば皆見ているのは自分の心。
誰しもが自分と向き合う場所で、どんな人が来ているかなんて微塵も興味はなく、心以外に見ているといえばマシンが空いているかどうかのくらいで、誰がどんな目的で来ているかなんてどうでもいいこと。

ただ、例外が一人いるということは強調して言いたい。

「主」だ。

夫が転勤族なので、引っ越し先々の色々なジムに通ったことがあるけれど、ジムそれぞれに主がいるということに私は気づいてしまった。

ジムに入る度に一度は鋭い視線に晒される。その視線の主が、ジムの主である。
特徴と言えば、ほとんどがタンクトップを着ているということ。
そして腕の太さの割に足が細く、なぜかスタッフのプライベートに詳しく、筋トレ中の人と談笑をし合っている。

プロテインシェイカーと首に巻くスポーツタオル、なぜか派手な蛍光色のタンクトップを着ている彼は、鋭い視線と反してこの上なく親切で、いい人の場合が多い。

「体、でかくなったね」や「就職しても筋トレ続けような」など、談笑に交えて適度な筋肉話も挟み、それとなく相手を褒める優しい人。
マシンの動かし方がわからず困っている初心者にはそれとなく使い方を教えてあげ、「アッ、スマセン……アッス……」というコミュ障まじりの返事にも心地よく笑顔で返してくれる。

彼はとてもいい人がゆえに、困っている人がいたら助けてあげたいと思っているだろう。
だから私みたいな初心者やる気なしおばさんがきても、困っていることはないかと主はちらちらと気にしてくれる。
そして実際に困っていてもいなくても助けてくれる。

──苦手だ。
ごめんなさい。

そりゃあ真面目に筋トレしにきている人にとってはこの上なくありがたい存在なのだろうが、彼は知らない。
特に道具も必要ない腹筋ひとつやるのにもわざわざ着替えて車に乗りジムに行かなければ取り組めないほど怠惰な人間がいることを。(私です)

「もう少し背中を張った方が効果的だよ!」
「骨盤起こした方がいいよ!」
「筋トレ終わったらプロテインね!下のコンビニでザバス売ってるから!」

そんな親切を聞くのが、つらい。
どこに効くとかボディメイクとか別にどうでもいいのだ。
私はただ、重力に逆らえなくなった体からなんとなく目を逸らしたいがゆえに、筋トレを頑張って体力に気を付けているというパフォーマンスがしたいだけであって、目標なんて、ない。
だから主が白い歯を見せてアドバイスしてくれる度、ごめんなさい。と、うるせぇよ。の気持ちが同時に湧き上がってくる。

そして、皆必死に自分と向き合っている中、なんとなく体を動かして「頑張っている!」という一時の達成感だけ味わおうとしている私が、とても嫌になる。

だがそんな私に、ぴったりのジムができました。

チョコザップである。
宣伝ではないので省略しますが、普段着OK、土足OK、効くかどうかわからんエステと脱毛が使い放題。
一日5分でOK、無人、アプリでマシンの使用方法が確認できる。

まさに「ズボラ・面倒くさがり・なんとなく頑張ってると思い込みたい」私にはぴったりのジムだった。

私は早速契約した。だって体組成計とヘルスウォッチもらえるらしいし、何より安いし、ちょっと通うだけで頑張ったって言えるし、最高。(チョロ)

実際に行ってみると、そこは私の求めている場所だった。

太ってもいなく痩せてもいないオバサンがジーンズのままウォーキングマシンで歩いている。
その辺のパークゴルフにいそうなおじいちゃんがぐちゃぐちゃのフォームで筋トレしている。
緑色の髪の女性がエステだけして帰っていく。

新しくできた施設だったこともあり、それなりに清潔感があったし、見ている限り消毒を省略している人もおらず、みんなそれぞれルールを守り清潔に大切に自分たちの居場所を守っている感じがあった。

そして何より、入った時の鋭い視線を感じなかった。
きっとここにいる人たちは皆、一度は別のジムに通い、主の洗礼に会いいつしか足が遠のき退会してしまった経験があるんだ。

私は勝手にジムにいる人たちを仲間と称し、私もなるべく周りの人たちを見ないようにしていた。

いつもそれなりに空いていたし、ガチ勢もおらず、マッチョもおらず、やたらとケツがデカく露出度の高い美女もいない。
自撮りをする人も談笑する人も、談笑スペースもないその場所は、本当に私の求めている場所そのものだった。

私は暇さえあればそこに通った。

エステだけで帰る日もあれば、筋トレだけして帰る日もある。
2回行く日もあれば、1つのマシンで満足して帰る日もある。
体組成計はいつまでたっても届かないけれど、ちょっとずつ体重は下降傾向にあったし、何より心が生き生きとしてきた。
体を動かすってこんなにすごいんだ。

そう、思っていた時である。

チョコザップ内に入った時に感じる、違和感。
なぜか少しだけ、ピリリと感じる視線と違和感があった。
その日私は思い出した。
ヤツらに支配されていた恐怖を……。

「それじゃ意味ないよ」

マシンだけの音が響き渡る空間に、鋭い肉声が響いた。
途端に走る緊張。
当時4、5人いただろうか。各々の健康管理をそれなりに頑張って自己満足に浸っている時だった。

畏れていることが起きてしまった。

──あいつは、主になろうとしている!!!

恐る恐る声の方を振り返った。
首にフェイスタオルを巻いた男が女性に話しかけている。
女性は「!?!?!?」といったような顔でマシンから顔を上げた。

「降りて」
「ワッ?」
「台もっと近くしないと」
「アッ」
「降りて」

女性はワンテンポ遅れて、しぶしぶといった感じでマシンを降りた。
私と隣で足の開閉をしていたおじいちゃんは、体の動きを止めて彼ら二人を見ていた。

助けるべきか……?否。知り合いなのかもしれない。
でも明らかに女性は驚いている。
知り合いか。知り合いじゃないのか。
そもそも知り合いだったとして、ここで何か教えることなんてあるのか……?だってここ……チョコザップ、だぜ?

私の心配をよそに、男は女性に向かってこの筋トレはここが効くとか筋肉の走行がどうとかお話されている。
女性は返事もせず明らかに困惑顔だ。
ここでおそらく、彼ら二人は知り合いではないだろうということを察した。
そして同時にイライラしてきた。

──このジムに、主は、いらねぇんだよ!!!!!

行きづらくなるだろう。
私たちは体を鍛えるのではなく、なんとなく体を動かして罪悪感を小さくしたい意識の低い小心者であって、筋肉の走行とかどこに効くとか知らねぇんだよ!!

なあ!?そうだよなぁ!?

女性の顔がさらに曇っていく。これは明らかに困惑している。
急に主に話しかけられて困っているだろう。
というか、主とか主じゃないとかの前に、怖がっている女性を助けてあげたい。
だって明らかに困ってるもん彼女。という気持ちになった。

私は、ぐちゃぐちゃのフォームでガッチャガッチャと筋トレを再開し始めたおじいちゃんと、ジーンズで一生懸命歩いているおばさんに心の中で問いかけた。

これは、助けるしかないだろう、と。

この中に、同志がやられてんのに、黙ってるやつ、いる?
俺らと一緒に体動かしてんのに、ひよってるやついる?

いねぇよな!?!?!?

主(仮)をつぶすぞ!!!!!!!

心の中はチョコザップ卍リベンジャーズである。
私は勝手にチョコザップにいる人を仲間に引き入れ、彼女を救おうと立ち上がった。

「おにいさん、ちょっと……」
「スミマセ。ニホンゴ、アンマリ、ワカラナイ」

((((((エッ)))))

私は小さく驚いた。
彼女は外国人だったのだ!
ということは、主(仮)が一生懸命説明していた筋肉の走行も全く理解していない!!!!

──余計な、お世話──

ほっとするのと同時に、私の頬が赤くなった。
彼女が困惑していたのは、知らない言語でべらべらと意味不明なことを話しかけられたことであって、主の存在を嫌がっているわけではなかったのだ。

次の瞬間。
私は主(仮)と不本意ながら目が合ってしまった。
主(仮)は少しだけ頬を赤くしている。
恥ずかしかったのだろうか。

私は主(仮)に「あのマシン、使っていいですか」と言った。
あたかも最初からそう言おうとしていたかのように。
指差す先のマシンの横には、主(仮)のプロテインシェイカーがポツンと置かれている。

「アッハイ」

主になり損ねた腕の細い青年は、小さく頷き一歩横にズレた。
急に別の人間と話を始めた青年に若干戸惑う女性は、なんとも日本人らしい苦笑いとお辞儀で一歩二歩下がり、別のマシンへと移動していった。

チョコザップに、主はできなかった。

私はこれからもチョコザップでなんとなく体を動かし続けることができるようになった。

これにて一件落着というところではあるが、私と主(仮)の間には、少しだけ恥ずかしい思い出が残った。
おじいちゃんは相変わらずガッチャガッチャとぐちゃぐちゃなフォームで足を開閉しているし、ジーンズウォーキングおばさんはいつの間にか帰っていた。
主(仮)との間に微妙なわだかまりを残しながら、私はする予定もなかったマシンを軽い負荷で10回くらいしてから帰路についた。
そして下のコンビニでシュークリームを買って帰った。

これでプラマイゼロ、むしろマイナスである。


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