認知症の高齢男性を逮捕…警察人生で唯一後悔した逮捕事件を振り返る
noteで4本目の記事となります。
私は都市部の某県警で警察官として約8年勤務し、どうしてもやりたい仕事があったため警察官を退職、現在は別の仕事をしています。
警察人生のほとんどをパトカー勤務員として過ごしたため、数多くの事件に対応してきましたし、それと同じくらい検挙もしてきました。
パトカー勤務員というのは現場に一番で到着することが多いので、犯人に手錠をかけた経験も数え切れません。
現場への急行、現場での法律判断、犯人の制圧、逮捕…
パトカー勤務員として、幾多の痺れる現場を経験してきました。
そんな中で、今回は警察人生で唯一後悔している逮捕事件について書いていきます。
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パトカー勤務員は現場に一番で到着する
さて、警察官=パトカーというイメージが強いかもしれませんが、必ずしもそうではありません。
実はパトカーというのは実績や経験を積んだ警察官しか乗ることができず、一般的な警察署だとパトカーは3~5台程度しか配備されていません。
(交番勤務の警察官が使用するパトカーやミニパトは警察的にはパトカーと呼びません)
そのため、私も交番勤務で実績を残し、2年目のときにパトカー勤務員に抜擢された経緯がありました。
なぜパトカーは選ばれた警察官しか乗れないかというと
①事件現場に一番で到着する機会が多いため、執務能力が問われる
②危険な現場に一番で到着するため、判断力が問われる
③警ら活動に重点が置かれているため、検挙実績が求められる
などの理由があります。
よって、警察官=パトカーではなく、実績が認められた警察官=パトカーということです。
さらに正規のパトカー勤務員でないとサイレンを鳴らした緊急走行もできないため、どうしても現場に一番で到着するのはパトカー勤務員になります。
現場に一番で到着するということは現場の状況をいち早く察知し、的確に状況を判断する必要があります。
どんな事件なのか、逮捕する必要があるのか、そもそも事件ではないのかなど経験がモノをいう仕事です。
私は警察人生のほとんどをそんなパトカー勤務員として過ごしてきたため、数え切れないほどの事件を経験してきました。
もちろん現場で犯人に手錠をかけたこともあります。
今回はそんな逮捕事件にまつわるエピソードを紹介していきます。
悲劇は一本の通報から始まった
いつも通り、昼食のため警察署で休憩していたところ、一本の通報が入る。
「知らない男が部屋の中にいる。警察官早く来て」
警察に入る通報は大小様々であり、重要事件からいたずら電話まで幅広い。
この通報に関しては重要事件に該当するため、警察署には緊張が走った。
私たちは昼食の途中であったが、当然ながら出向命令が下ったため、昼食のことなど関係なく現場に向かうこととなった。
急いでパトカーに乗り込み、現場へ緊急走行で向かった。
パトカー勤務員は緊急走行しながら色々とシミュレーションを行う。
現場に着いたらなにをするべきか、何罪に該当するのか、被害者からなにを聴取すべきか…
緊急走行のサイレンを鳴らしながら、最悪の事態も想定する。
そして、通報場所に到着した。
被害者が私たち警察官に呼びかける。
「こっちです!まだ男は部屋の中にいます!」
複数の警察官が現場にいたが、まだ犯人が中にいるという情報を聞き、さらに全体の緊張感が増した。
しかし、1つだけ違和感があった。
通報の内容や現場の状況からすれば空き巣の可能性が高いのだが、現場はごく一般的な集合住宅。
そして時間はお昼。
あり得なくはない状況だが、私たちには緊張感と同時に疑問も生じることとなった。
部屋に突入を試みたら…
それでも通報者が言うからには部屋の中を確認するしか他に方法がない。
このような場合、ただ玄関から突入すればいいわけではない。
警察官から逃げようとする犯人がベランダ側から逃走する可能性もあるため、玄関側とベランダ側を警察官で固める。
こういったところで警察のチームプレーが必要になり、犯人を捕まえたいがために一心で突入することは許されない。
あくまでも体制が整ってからの突入である。
そして、さらに応援の警察官も現場に到着し、体制は整った。
私たちの号車は現場に先着したため、玄関側から突入することとなった。
ベランダ側にも複数の警察官がいる。
もし、犯人が逃げ出したとしても逃げ道はない。
緊張感が高まる中、私たちは玄関の扉を開けた。
すると、部屋の中に人影を確認。
「間違いなく誰かいる」
「こいつが犯人だ」
玄関から突入した私たちはそう確信した。
そして、奥の部屋に到達したところで犯人と対峙することとなった。
犯人の反撃や逃走も頭をよぎる中、犯人と対峙した私は思わず目の前の光景を疑った。
「ん??」
私の目の前に現れたのは90歳前後の高齢男性だった。
足元もフラつき、まともに歩くことすら難しいような者である。
「これが空き巣の犯人なのか…?」
拍子抜けした私たちは目の前の光景が信じられなかった。
ここで被害者も合流する。
「家に帰ってきたらこの人がいたんです。こんな人知りません。」
被害者がこう言うのだから間違いはないだろう。
これが本件通報の犯人であることは確かだ。
しかしながら、いかんせん犯人という雰囲気がまるでない。
どちらかと言えば、道に迷った老人にしか見えなかった。
それでも一応犯人に該当する可能性が高いため、高齢男性からも話を聞くことにした。
私が高齢男性に聞いた。
「あなたはここでなにをしている?」
こう問いかけたが、高齢男性からの返事はない。
その後も質問を繰り返したが、同じく返事はなかった。
段々と私の疑問が膨れ上がっていく。
一応、所持品検査には承諾したため、高齢男性の所持品を確認し、身分を確認することとした。
高齢男性の氏名や住所が判明したので、一度高齢男性についての照会を実施した。
すると、驚きの照会結果が返ってくることとなった。
高齢男性の身分は?
結論から最初に言えば、高齢男性は行方不明の届出が出ている認知症の者であることが判明した。
高齢男性の住所は近所だった。
冗談半分で考えていたが、本当に行方不明になった老人だったのだ。
現場の緊張感は一気に緩まった。
すぐに届出を出した家族にも確認したが、服装や特徴などから間違いないとのことだった。
高齢男性はまともに会話もできなかったが、状況から見れば「認知症のため家を間違えた」と考えるのが合理的である。
「犯人がいるなら現場で即逮捕」と考えていた私たちだったが、この高齢男性が空き巣であるわけはなかった。
それは見た目からしてわかるし、会話もまともに成立しない点から考えても間違いない。
なんなら空き巣に使う道具すら持っていなかった。
ここで、私たちが出した結論としては「事件にあらず」。
多くの警察官が現場に到着していたが、これだけの数も必要はなかった。
それでも事件ではないことが判明し、私たちには安堵感が広まっていた。
警察官の仕事はこのように現場に来てみないと真相がわからないことは多い。
「知らない人が部屋の中にいる」という通報の内容だけを聞けば、事件にしか聞こえないだろう。
ただ今回の場合は認知症の男性が部屋を間違えたという状況が判明したため、事件性はない。
通報者も「家族に返してあげてください」と被害届を出す意思はなかった。
昼食を切り上げ慌てて現場に来たが、これで一件落着。
誰もがそう思っていたところ、本署から衝撃の指示が飛んでくる。
本署からの衝撃の指示
このような事件が発生した場合、判断をするのは現場の警察官であるが、最終的な結論を出すのは警察署にいる上司である。
現場の警察官がいくら判断を下したところで、最後には上司の指示に従わなければいけない。
パトカー勤務員は判断力が必要と説明したが、結局は上司によって左右される部分もある。
もちろん上司が決定を出すためには現場の警察官からの報告だけが頼りになる。
だから現場の警察官は逐一無線で報告をし、現場の状況について詳しく説明する。
今回もまったく同じだった。
「認知症の男性が部屋を間違えていることが判明した。事件性は限りなく低い」
私たちが本署に出した結論はこの通りだった。
普通ならばこれで上司も納得する。
いや、むしろ納得しなければおかしい。
そのため、現場で上司の結論を待っていた私たちは
「了解」
という無線だけを待っていた。
ところが、私たちに返ってきた無線は
「刑事課と協議中である。犯人はそのまま確保しておけ。」
という内容のものだった。
「事件性がないのになにを協議する?あとは家族に返すだけではないか?」
現場で待機していた私たちは上司の指示に疑問でしかなかった。
そして、待つこと10分、再度本署から指示が返ってきた。
その内容は衝撃だった。
「男を住居侵入の罪で現行犯逮捕せよ」
…驚愕の指示である。
現場にいた私たちは開いた口が塞がらなかった。
「…なぜ?」
確かに高齢男性が行った行為は犯罪である。
他人の住居に侵入しているのだから法律に触れているのは間違いない。
住居侵入罪が成立するのも間違いない。
しかし、もはや逮捕する意味がない。
それは犯行が故意ではないし、被害者も被害届を出す意思がなかった上、行方不明の届出が出ていることも事実だったからだ。
法律違反は間違いないが、このケースで逮捕するというのはどう考えてもおかしい。
誰もがそう思っていたことだが、警察官の世界では上司の指示は絶対である。
上司の指示に背くことはできないし、従うほかない。
念のため、私は確認した。
「本当に逮捕でよろしいのか?」
残酷なことに本署からの指示は変わらなかった。
こんな人を逮捕したくない。
このとき私が率直に思っていたことである。
逮捕したとしてもこんな状態で留置に耐えられるわけもない。
しかし、上司の指示は絶対。
内心とは裏腹に私は高齢男性に手錠をかけることとなった。
数時間後に釈放される
高齢男性に手錠をかけた私はいつも通りパトカーで警察署まで連行した。
私は内心を痛めたままであるが、上司の指示に従うしかない。
こんな逮捕はおかしい
こう思っていても途中で方針を変えることはできない。
上司に進言することすらできない。
モヤモヤが残った状態で警察署へ到着し、私たちは逮捕の手続きに入った。
今回の逮捕は現行犯逮捕である。
逮捕については色々と種類があり、要件も変わってくるのだが、今回は説明を割愛する。
現行犯逮捕は逮捕の手続きとしては楽な方である。
ものすごく急ぐ必要はないし、どちらかと言えばゆっくり手続きを済ませても問題はない。
ところが、今回の場合はどうしても高齢男性のことが気になってしまった。
取調べに応じられるのか?家族はどう思っているのか?
こんなにも犯人のことが気になるのは珍しい。
粛々と逮捕の手続きを進めていたが、どこか心が痛い。
そんな中、ある情報が入ってきた。
「犯人を釈放する」
ある意味で予想通りだったが、やはり犯行が偶発的だったこと、認知症という状態で留置に耐えられないことが決め手になったという。
ではなぜ逮捕したのか。
もはや本件についてはここだけである。
最初から家族に引き渡すだけでよかったのではないか?
今でもそう思う。
結局、逮捕から数時間後に高齢男性は釈放され、家族の元へと帰っていった。
なぜ逮捕が必要だったのか。
もう誰もがお気付きであろうが、それは実績(ノルマ)のためである。
警察官の悲しき実績制度
今回の件に関して、上司からどんな言葉があったのか、なぜ実績のために逮捕しなければいけなかったのかという説明は割愛する。
その理由はあまりにも生々しすぎて、とても無料記事では公開できないレベルだから。
機会があれば、また別の機会に紹介したいと思う。
多くの方が知っているだろうが、警察官にはノルマが課せられている。
ノルマと言うと少しイメージが悪いかもしれないが、いわゆる実績目標である。
実績目標は別に警察官だからあるというわけではなく、一般企業の会社員にも課せられているものだ。
やはり働くからには目標がなければいけないし、その目標に向かって働いていくことが社会人のあるべき姿だろう。
だから警察官にも実績目標があって当たり前だし、市民から「ノルマのためだろ」と言われても動じる必要はない。
実績目標を持って働くことは警察官だとしても例外ではないからだ。
しかし、警察官が実績目標を誤った方向で捉えることははっきり言って市民の恐怖でしかない。
警察官がひたすら実績目標に向かって走り出すと
・実績のために検挙した
・実績のために普段やらないことをした
と実績目標ありきで仕事をすることになってしまう。
警察官が権力を振りかざすときは常に正義のためであって欲しい。
正義のために誰にでも胸を張って言える仕事をして欲しい。
今回の件についても、たとえ認知症の高齢男性を逮捕したとしても実績は1件として計上される。
断腸の思いで上司の指示に従い、胸を痛めながら手錠をかけた私にも実績が計上される。
もちろん凶悪犯を捕まえて実績が計上されたときはとても嬉しい。
やりがいを感じるし、家族にも胸を張って報告ができる。
しかし、実績のために認知症の高齢男性を逮捕したところで私の心はまったく晴れることはない。
むしろ警察官という職業を疑ってしまうほど上司に不信感も持った。
これから警察官になる人や警察官を目指している人に伝えたいのは警察官はこういった良心が傷付く仕事もしなければいけないということである。
警察24時で見るような華やかな仕事があるのも事実だが、決してそれがすべてではない。
憧れていた警察官になったとしても今回のような職務を遂行しなければいけない場面はある。
それだけは覚えておいて欲しい。
逮捕を振り返って
今回紹介した逮捕事件は警察人生で本当に一番後悔した逮捕である。
数々の犯人に手錠をかけてきたし、数々の事件を処理してきたが、この逮捕事件だけはすごく鮮明に頭に残っている。
当時の通報内容、現場でのやり取り、当時思っていたことなど、ここまで詳しく覚えている事件も珍しい。
実績目標のために本心とは裏腹な仕事を他にも行ってきたのは事実だが、この事件は特に印象に残っている。
犯人を逮捕して後悔することなんて珍しいし、逮捕したのに数時間で釈放することも珍しい。
それだけ特異な事件、特異な指示だったのだろう。
もちろん、犯罪を犯している者はすぐに逮捕すればいい。
そこに遠慮は必要ない。
それが警察官に与えられた使命だし、警察官に与えられた権限でもある。
しかし、警察官が行使する方法を誤れば、それが市民への恐怖となることを覚えておく必要があるだろう。
逮捕というのは著しく人権を制限する処分になるので、その行使が警察官の実績目標のためであってはならないと思う。
まとめ
今回は警察人生で唯一後悔している逮捕事件について紹介しました。
警察官の仕事をしていれば誰でもこのような場面には遭遇することになると思います。
もちろん、胸を張って周りに報告できる逮捕事件はあります。
基本的にはそのような検挙の方が多いでしょう。
それでも嫌な気持ちになる検挙も出てくるのが事実ですし、上司から指示があればその任務を遂行しなければいけません。
これは警察官の辛いところでもあります。
警察官になるとこういった仕事もしなければいけないという点を知ってもらえればと思います。
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