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💗Short:距離を置いた夫婦関係のすきまに

「東京出張なんだけど、今晩、泊めてくれるかな。急に出張を命じられて、なかなかビジネスホテルが取れないんだ。」

同級生・雄太(ゆうた)から電話があった。

「今晩・・・」

急な話に、由夏(ゆか)は思わず口ごもった。

(夫は出張中だ)

口ごもっていると、

「迷惑は掛けないようにするよ」

押し切られるように、断ることはできなかった。

同級生・雄太と夫と、由夏は3人でよくつるんでいた。雄太は由夏と付き合いたいのか、盛んに二人きりになろうとしていた。

そんな同級生の気持ちを知りながら、やりたい仕事を求めて勉強に勤しんでいた。夫は考えることが好きらしく、いろいろな分野にも詳しく、当時、事あるごとに教えてもらっていた。

卒業してからも、3人は休暇が合うときには、時につるんでいた。夫が都合がつかないとき、由夏は雄太と二人だけで、居酒屋に出かけていた、お酒は飲めないのに。時に、雄太と二人だけで映画に一度行ったことがある。雄太は闇に紛れてそれとなく由夏の太ももに触れることがあった。由夏は映画に集中している振りをして黙認していた。

夫とは、家が近いこともあり、適齢期を過ぎそうなとき、両家の親が世間体もあるから「結婚したら」と勧められるままに結婚した。結婚しても、互いに負担になることはないと思っていた。

結婚してからも、夫は由夏に対してちょっと距離感のある丁寧語で話す。由夏も結婚前と変わらず、丁寧語で話す。夫はいわゆる草食系男子だった。由夏も自然に任せることにしている。二人はそれぞれ熱を入れることを持っていた。

二人は、お互いを干渉しないかなり距離を置いた夫婦関係だった。マンションに住み、ダイニングキッチンに、居間があり、それぞれの寝室に分かれている。それらの部屋とは別に客用の部屋が1室ある。

親が上京して来るときには、客用の1室を利用していた。由夏は雄太が客用の部屋に泊まれば、親と同じように、それほど厄介ではないと踏んでいた。

雄太は仕事終わりに電話してきた。「何か要る?買ってくよ」
「そうね、アイスクリームかな」

同級生時代、由夏は夫と雄太と3人で「アイスクリームを食べるとき、珍しくふざけあったことがある。互いに鼻の先にアイスクリームを乗っけてふざけあった。

雄太がアイスクリームを3つ持って帰った時には、由夏は風呂を済ませていた。風呂を洗い替え、雄太に用意していた。雄太は二人の生活スタイルを聞いてたので、特に夫のことについて尋ねたりはしない。由夏はパジャマではなく、部屋着で迎えた。まだ、仕事が残っている。

「お風呂、用意できているわ」

来客用の部屋に案内し、来客用のパジャマを用意した。夕食の用意をする必要もない。由夏は自室で自分の作業をする。雄太が風呂から出た気配に、自室を出る。風呂上がりの雄太はどこかまぶしい。いかに親しいとはいえ、初めて泊まらせる。夫のいない間に。

雄太はいつも自然だ。三人でつるんでいるとき、いつも馴染んでいる。夫は雄太が加わると、地金が出たように浮足立ち、普段見せない快活さを見せることがある。

「アイスクリーム、食べようか」

雄太が促す。

「明日は早いので、朝食はスタバで摂るよ」

夫と朝食を一緒に摂ることは珍しい。夫は自分の都合に合わせて自分で調理することが多い。

「そうね」

由夏はアイスクリームを2つ取り出し、準備した。雄太は夫を誘えとは言わない。二人で、向き合って食べている。

「ソフトクリームを食べたとき、よく鼻に付けてたよね」
「そうそう」

不意に雄太はアイスクリームを由夏の鼻にくっつけた。

「アッ・・・」

由夏は驚いて見せる。すかさず、雄太は由香の鼻のアイスクリームを舐めた。

「クフフ」

由夏は怒るよりも笑いを抑えている。3人でソフトクリームを食べるとき、そんなシーンが思い出された。ソフトクリームを舐めあいっこして的を外していた。鼻の周りに広がったソフトクリームがぬるっとしていた。

「夫がいればよかったね」

雄太は何も触れない。夫の気配がないのに気づいていた。雄太は残りのアイスクリームを由夏の口に運ぼうとする。由夏はアイスクリームを口で受けて舌で舐めた。口の周りにまだアイスクリームが残っている。

「じっとしていて」

雄太は由香の左肩を右手で添えた。雄太はゆっくりと由夏の口周りについたアイスクリームの残りを舐める。雄太の顔が近づきすぎ、由夏は思わず目を閉じる。

由夏は雄太に促された。由夏は立ち上がり、雄太に手を引かれ、由夏の部屋に入っていった。由夏のベッドはいつも小ぎれいにされている。ベッドのマットがしなやかに撓んだ。


「僕の本、持って行ってたでしょう。返してもらいましたよ。」

夫の稀覯本を持ち出していた。夫はいつも大事に扱っている。由夏もその稀覯本が好きだった。同じところに価値を見出す。

夫が珍しく何か言いたそうな表情だ。雄太からハガキが届いていた。ハガキは由夏の机の角に几帳面に表書きを上にして置かれていた。由夏と夫は雄太の結婚式に招待されていなかった。

「雄太、結婚したみたいです」「相手はなんと美佳ですって」

美佳は3人がつるんでいるとき、よく加わっていた。美佳が雄太を好きかもしれないと踏んでいた。

「そうですね。納まるところに納まったというところでしょうか」

夫が話しても他人事のように聞こえることがある。

由夏は部屋に戻り、机の上のハガキを裏返して見た。ハガキの裏には形式通りの文面に、手書き文字が書かれていた。

「先日はありがとう。楽しかったよ」

由夏はハガキを机の引き出しに収めた。

Fin