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『射精責任』日記③ 応答

前回の投稿「『射精責任』日記② 俺、燃ゆ」は、こちらから。

ガブリエル・ブレア『射精責任』
(村井理子・訳/齋藤圭介・解説)
2023年07月21日より好評発売中!

俺、燃ゆ再び

 忘れられないうちに、と情報解禁と予約開始を前倒した5月末。告知した途端、秒速でバズ/炎上する。村井さんも援護射撃を辞さない構え。曰く「村井、被弾慣れてる!」。ちなみに弊社も被弾には慣れてる。

 驚いたのは、この時期に『射精責任』と著者のブレアさんの断片的な情報に触れ、「著者はモルモン教徒なので、プロライフ派に違いない」「保守的な考えを広めるために隠れ蓑としてフェミニストを名乗っている」

という憶測を拡散する人が多かったこと。そのような邪推を提示して、私に引用RTで絡んでくる人には、プロの著述家や研究者も含まれていた。

 著者がプロライフ派であるのは端的に間違いで、ブレアさんはプロチョイス派。『射精責任』の中には「女性が世界でトップクラスにふしだらなビッチであっても、問題はない」という印象的なフレーズも出てくるくらいだ。早とちりは誰にでもあることかもしれないが、プロの書き手は慎重であってほしい。著書を愛読していた方もいたのでショックは大きかった。それに事実誤認を広められるのは営業妨害だし、かなり迷惑だ。

 直接リプライしてきた人に対しては、一個一個訂正して回った。そうすると今度は「プロチョイス派だとしても、モルモン教徒という特別な背景を持つ著者の考えを情報提示なしに出すのは問題がある」という指摘が。もはやいたちごっこだし、本を読んでくれ!という感じではあるのだが…… 

 著者は、最初は本の基になったTweetの段階では、宗教右派を含めた保守層にもアプローチするため、あえてモルモン教徒という属性を全面に出して議論をスタートして、バズりまくり大成功をおさめた。逆にそれをまとめた単行本では、それぞれの信念や考えは一度手放して(自分の立場については、「信心深い母親」と言いいつつ、「詳しくはググれ!」で済ましている)、さまざまな立場の人がそれを超えて、これまでとは違うポイントについて議論をしようと述べている。気になる人は調べたらいいけど、そういう「保守かリベラルか」という従前の硬直し停滞した分断を打破しよう、という本なので、モルモン教徒であることを事前情報で版元がわざわざ強調して言うのは変だと思っている。

 また、モルモン教徒への前提の知識が日本人にはないからそれが必要なのだ、という意見もあるようだが、そのためにも日本版では1万5千字超の齋藤先生の解説がついていて、アメリカの中絶の歴史、日本の中絶の歴史、翻訳の意義といった主要な論点は網羅しているので、そちらを読んでほしい。その上で、これはフェミニストを自称する私の個人的な感想だが、著者のモルモン教という属性が本書を特殊な文脈の上に位置付けるという印象は受けなかったことも付け加えておく。そのあたりは読んだ各人で判断してほしい。

 そしてさらに頭を抱えたのは、原書の22章を読んだ人からの「養子差別だ!」という指摘。確かに「養子縁組は中絶の代わりにならない」というのが、22章の主張。そのなかで養子縁組は母子ともにトラウマを負う可能性が高いこと等のメンタルヘルスの課題が指摘されている。

 しかしこの主張はあくまで「中絶するくらいなら頑張って産んで、養子に出せばいいじゃん!」なんてこと簡単に言うなよという主張につながるという文脈上での話。「養子ダメ、ゼッタイ」というわけではない。また、これは『宗教2世』を担当したときにも思ったのだが、女性・LGBTQ・宗教2世・養子などのマイノリティについてメンタルヘルスの課題を調査・発表・提示すると必ず「差別だ!」と揶揄する人が出てくるのは、なんのバグなんだろうか。それぞれの課題がどのようなものか、そもそも課題が「ある」ということが調査・発表されなければ、当事者に支援をすること自体ができなくなってしまう。マイノリティのメンタルヘルスの課題を提示すると偏見を持つ、というのはむしろ調査者・発表者の問題というより、社会の問題のはずだ。支援を邪魔するくらいなら一緒に具体的な解決策を考えてほしい。

 ただ一点、『射精責任』のように男性の生殖における当事者性を認めることは、男性が女性が産む/産まないの決定に介入することを許すでは、という懸念はうなずけるところもある。日本でも議論の蓄積があり、齋藤先生にによるとこれについて論じるには15コマ授業がいるらしいから割愛するけど興味ある人は調べてみてほしい(ちなみにこの論点についての結論は、齋藤先生と私はおそらく立場を異にする)。とはいえ、そうした懸念があるからといって本書が「フェミニズムとあいいれない」とは私は思わない。そういう議論を踏まえて私たちはどうすべきか考えるのが、学問なんじゃないか。

 ……と、トホホな騒動も含みながら、話題になったおかげでAmazon総合人気度ランキング1位を獲得することができた。著者のブレアさんも喜んでくれた。上々の滑り出しだ。

いよいよ校了

 6月。校了に向けていよいよ作業も佳境。この時期は、誤植や致命的なミスの夢を見て飛び起きることが多く、眠れない(大抵、起きてゲラを確認するとその部分には誤植はない。見本が上がってきた時に、思わぬところで誤植は見つかる)。

 校閲さんと解説の齋藤先生にはとっても助けられた。本書は医療的な専門用語も多い。専門用語は「言葉として必ずしも間違っているとはいえないが、一般的にはこういう言い方をする」というパターンが結構ある。そのような「相場観」については、校閲さんによる徹底的な資料の調査と齋藤先生の意見が頼りになる。

 次の担当書の木下龍也さんと鈴木晴香さんの短歌集『荻窪メリーゴーランド』(予約受付中!)は制作期間にお盆を挟む(お盆は印刷所や製本所は閉まってしまうため使えない)。しかも装丁に凝りすぎて資材の確保を前もって行う必要がある。どんどんどんどん進行が前倒しになり、『射精責任』と佳境がぶつかってしまった。日によっては一日に二冊分のゲラに目を通して返す、ということをしなければならない。目がショボショボしてくる。

逆転ホームラン

 そんなこんなで、這う這うの体で泣きながら本文の校了作業にかかっていた頃、装丁の水戸部功さんからメールが。検討していたカバー案を変更したいという。ちなみに当初の案はこちら(ラフなので誤植が残っているが、気にしてはいけない)。

A案


B案


C案

 C案がカッコいい気がする! けれど、「射精」という言葉にモザイクがかかっているのは、社会に存在するスティグマを再強化することにならないか、少し心配があった。また、営業と取次からは「タイトルをちゃんと読めるものにしないと流通できない」というコメントが。二点を伝えて、水戸部さんにはお戻ししていた。

 それらのコメントを踏まえての水戸部さんの提案が、こちら。

最終案

 すごい。さすがだ。天才デザイナーはマジで発想が違う。凡人の私は「端っこに小さい文字で『射精責任』って入れればいっか~」なんて考えていたのだが、全く違った。圧倒的に想像の500倍かっこいい。しかも左右にモザイクありなしのタイトルがそびえたつことで、右のぼんやりを左にはっきりくっきりさせていくぞ!という意思がうかがえる。因習打破感。そしてど真ん中に「全米騒然」の煽り文。迫力が段違いだ。完璧だ。

 ボロボロの心身がぴかーんと元気になり、ガッツポーズして小躍りしながら本文も付物も入稿。そして校了。お疲れさまでしたー!

※ちなみにこの天才デザイナー・水戸部功さんの仕事風景を捉えた動画がこちら。凄まじいのでぜひ見て。

まだまだ続くよ、お仕事は…

 …というわけで、あとは搬入日まで頑張るのは印刷所のみなさんである。編集者の私は夏休みでも取りたい気分はやまやまなのだが、仕事のほうが山のように残ったまま、7月に突入。

 まずは書店向けの販促物の作成。訳者の村井理子さん、解説の齋藤先生、そして私で選書ペーパーを作った。フェアや大きな棚を展開してくれる書店さんを中心に、お配りする用。さらにPOPやパネルも。超いい感じなので、引き続き置いてくださる書店さん、募集中です。

『射精責任』をもっとよく知るための読書案内の校正紙
マジでかっこいい水戸部功デザインのハガキ大POP。クソリプを精子に見立てた。
クソリプを吹き出しで周りに散らす、のような凡百の発想を水戸部さんはしない。
最高の水戸部功デザインA4サイズパネル。
ご希望の書店さんは太田出版までぜひご連絡を!

 そしてオリジナルグッズの制作。こちらもパッケージデザインなどはすべて水戸部さん。知り合いの編集者からは「一体、あの水戸部功に何をやらせているんだ」というツッコミが届く。それは私もそう思うんだけど、水戸部さんがノリノリなんだよなぁ……

https://suzuri.jp/ohtabooks

※『射精責任』オリジナルトートバック、ステッカー、缶バッチ、Tシャツなど。私のお気に入りはYES/NO枕風の、「責任ある/無責任射精クッション」。

 さらにSNSで本書の反響を見た各種媒体からの取材対応。訳者、解説者、そしてなんと原著者のブレアさん、それぞれに取材のご指名が! ライターさんやインタビュアーさんたちの熱量には圧倒された。思い出すこと、考えることがあふれだしてしょうがない、という感じ。各媒体のみなさん全員で集まって読書会をやったら2,3時間はノンストップで盛り上がりそうだ。

 また、編集中は村井さんも齋藤さんも私も、ゲラの作業に夢中になっていたため、取材などの機会でようやく「実はあの時、こう思っていた」ということを聞くことができた。これはどんな本も割とそうだと思う。取材の立ち合いはそういう楽しい機会でもある。

 書店からも続々と注文が届く。そしてついになんと……『射精責任』の倉庫がすっからかんに! 追加注文分の在庫がなくなってしまった。もう営業がやれることはほとんどない。あとは読者のみなさんが、書店で手に取ってくれることを祈って待つのみ。確実に本書を入手したいという方は、まだ在庫のあるAmazon等での購入か、お近くの書店で入荷状況を確認してお取り置きしてもらうかがオススメです。店頭で見つけたラッキーな人は、即購入して抱きしめてあげてください。

 こうして、てんやわんやしながら発売日当日を迎えた。早く重版したい。もっと広くこの本を届けたい。そのためには、とにもかくにもみなさんがこの本を買って、読んで、感想をシェアしてくれることが必要です! というわけで、こんなキャンペーンもやってます!

 太田出版のTwitterオカモトさんのTwitterをフォローした上、#射精責任オカモトコラボ でつぶやいて、「高確率で避妊できて、安くて簡単に手に入り、ストックもできて、セックス中に短時間だけ使う、副作用ゼロ、性感染症も防ぐ唯一無二のスーパーパワーを持つ五つ星の避妊法」と『射精責任』大絶賛の避妊具、コンドームをゲットしましょう。

(※原書を読んだ人の批判の中には「著者はパイプカットを避妊を解決手段として挙げていて、男性の権利について無頓着だ」というものもあったが、それは完全な誤読で、本書を読むとブレアさん一押しの避妊手段はとにかくコンドームだ。「コンドームが嫌ならパイプカットを」と述べているにすぎない。ちなみに「コンドーム」という言葉は本書で166回登場する。ゲラを読みながら私はコンドーム・ゲシュタルト崩壊を起こしていた)

 今年の夏からは絶対、責任ある射精で。よろしくお願いします。


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