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140キロ物語 第一話 大学一回生 4月〜5月

みなさん、こんばんは
ふじりんごです

先日このようなツイートが人気だったので急遽140キロ物語シリーズを掲載していくことにしました。

今回はその1番初めの大学入学時です。
※当時の野球ノートとメモを参考に書いています。

この入学時の話は自己紹介(僕の投稿にあります。)をみてくれたら分かりますが、当時僕は110キロぐらいしかでていませんでした。

高校を引退するときMAX 130ほどは出ていたんですが受験勉強で体を動かしていなかったためこんなにも球速が落ちました。

このままで絶対にメンバーに入れないと思い、また四年間もあれば球速は絶対伸びるだろうと考えたのでこの140キロ物語は始まりました。
(とりあえず、まず最初は140キロだなと感じたので目標140キロになりました。)

一回生春の僕は高校の時の知識しかなく球速=フォームが良ければ出るという考えしかありませんでした。そこで4月のころはシャドーとネットスローしかやっていませんでした。

それでも球速はでるどころか、コントロールも悪くなり5月の紅白戦で大炎上(ストライクが全然入らない)僕は野球を辞めようと考えたこともありました。

そのようなやる気ゼロの段階で自分はある記事をネットでみるようになりました。

今では人気の栗山ベースボールアカデミー(僕がみた時はまた別の名前だったような気がします)

これを見てネットにいろいろな情報がでてるんだ!と思いそれらを参考にして球速を出そうと考えました。

当時のビッグ3測定値が
デットリフト125キロ
パラレルスクワット120キロ
ベンチプレス60キロ

まずはここからの数値を上げていこう!と思いウエイトを始めたんですが、高校の時ウエイトをしたことが無かったのでウエイトの知識が全くありませんでした。

ウエイトはSNSでのやり方を見ても実際にそれができてるかどうか分からないのでウエイトだけは4月はしていませんでした。

そして時は流れ5月の中旬
部に帯同してくださっているトレーナーが投手を見てくれるようになり、僕の人生がまた変わり始めたのです。

今回はここまで
次回は5月の中旬から僕が何を教わったのか、そしてどんなトレーニング、練習をしたのかを書いていきたいです。
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