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美術館と3人のピアノ・リサイタル


美術館へ行ったこと、3人のピアノ・リサイタルへ行ったことを書きます。


美術館へ行きました

行ってきたのは表参道にある太田記念美術館広重おじさん図譜ずふ」という展覧会。

江戸時代に風景画を多数描いた絵師の歌川広重ひろしげ。広重は風景の中に味わい深い〈おじさん〉たちを描いているのでその魅力を眺めてみようという企画展です。

太田記念美術館のホームページを引用すると「無垢な笑顔のおじさん、仕事をがんばるおじさん、グルメを楽しむおじさん、ピンチであわてるおじさんなど、広重の描くおじさんたちは見れば見るほど個性豊かで、愛嬌に満ちた存在」というあたりをたっぷり見て楽しんできました。

その太田記念美術館はnoteで情報発信しています。

「広重おじさん図譜」についても「オンライン展覧会」を開いています。全部見ると有料(1500円)ですが、無料部分だけでも楽しめます。


3人の浮世絵師について

「広重おじさん図譜」のように、様々な風景の中で〈おじさん〉の表情を描いた広重ですが、同じ時代に活躍した絵師を(広重を含む)3人、作品と共に紹介します。

(1) 歌川広重

まず、広重の描いた「東海道五十三次之内 日本橋」で19世紀の日本橋の様子がうかがえます。

最近の日本橋はこうなっています。

2023年1月3日正午近く
箱根駅伝の選手が走る直前の日本橋

(2) 葛飾かつしか応為おうい(通称おえい

次に、広重と同時代の絵師、葛飾北斎ほくさいの娘お栄の絵は、19世紀の演奏風景を描いています。

(3) 歌川国芳くによし

同時代の歌川国芳は『義経よしつね一代記 五条ノ橋之図』で、牛若丸と弁慶のドラマチックな戦いを伝えてくれます。


ナチュラルな広重
ミステリアスなお栄
ダイナミックな国吉

すてきな絵師たちです。


3人のピアノ・リサイタルについて

さて、ここでピアノ・リサイタルの話に移ります。

私はここ一週間で以下のとおり、3人のピアノ・リサイタルを聴いてきました。

2023年2月21日(火)19時
 ミューザ川崎シンフォニーホール
 ブルース・リウ
2023年2月26日(日)15時
 すみだトリフォニーホール
 ユリアンナ・アヴデーエワ
2023年2月27日(月)19時
 ミューザ川崎シンフォニーホール
 ラファウ・ブレハッチ

です。


3人の共通点

3人の共通点は、ショパンコンクール優勝者ということです。

ラファウ・ブレハッチはポーランド人の37才になるピアニスト、ショパンコンクールは2005年に優勝しています。ユリアンナ・アヴデーエワはロシア人37才のピアニストで2010年のショパンコンクール優勝者、ブルース・リウはカナダ人25才のピアニストで2021年のショパンコンクール優勝者です。

ショパンコンクールについてマルタ・アルゲリッチが優勝しているくらいしか興味のなかった私ですが、ブルース・リウの演奏を聴いて、あまりの楽しさにもっとショパンコンクール優勝者の演奏を聴きたいと思い、リウの5日後にユリアンナ・アヴデーエワ、リウの6日後にラファウ・ブレハッチの演奏を聴くことになりました。

それにしても、この時期、3人のショパンコンクール優勝者が日本にいる偶然。ちょうど、私がショパンコンクール優勝者に興味を持ったところで1週間に3人の演奏を立て続けに聴くことができる偶然。ラッキーでした。リサイタルを主催している音楽関係者の方々に感謝します。


3人の印象

私は、ここ一週間で3人の演奏を聴いたわけですが、その印象が先に書いた3人の絵師と通じるところがあります。

ナチュラルな広重
ミステリアスなお栄
ダイナミックな国吉

に対して、

ナチュラルなブレハッチ
ミステリアスなアヴデーエワ
ダイナミックなリウ

というわけです。

どうしてそう感じたかについて、ひとりづつ説明します。


ラファウ・ブレハッチ

純粋にピアノ曲の披露というリサイタルです。

ミューザ川崎シンフォニーホールの会場は9割が女性で、着物を着た方が多かったように思います。ブレハッチは燕尾えんび服で舞台へ登場し、静かに落ち着いた演奏を始めます。

プログラムはショパンやシマノフスキといったポーランドの作曲家が中心。

特に私が良かった思うのはシマノフスキが20才くらいという若さで書いた「12の変奏曲 Op.3」です。シマノフスキの曲でよく演奏されるのが「4つの練習曲 Op.4」という曲で、その次に書かれたピアノ作品が今回演奏された「Op.3」、出版の都合で作品番号が逆転しています。

演奏機会の少ない「Op.3」をメインとして、もっとポーランドの曲を広めたいという気持ちが伝わってきます。ナチュラルでシンプル、そんなシマノフスキのピアノ曲を、その和音進行やメロディと共にピアノの音を純粋に楽しみました。

プログラム
ショパン:
 ノクターン Op.55-1
 4つのマズルカ Op.6
 ポロネーズ第7番 Op.61
    「幻想ポロネーズ」
 2つのポロネーズ Op.40
 ポロネーズ第6番 Op.53
    「英雄」

〈休憩〉
ドビュッシー:
 ベルガマスク組曲
モーツァルト:
 ピアノ・ソナタ第11番 K.331
    「トルコ行進曲付」
シマノフスキ:
 12の変奏曲 Op. 3

アンコール
ショパン:
 ワルツ第7番 Op.64-2

アンコールが終わって21時20分、カーテンコールにブレハッチは小走り。その後、盛大な拍手を遮るように会場が明るくなりリサイタルは終了します。早く、安全に、観客を帰らせなければいけないというホール側の空気と、観客としてはもう1曲聴きたかったというそんな雰囲気が混じり合っていました。


ユリアンナ・アヴデーエワ

メッセージ性の強いリサイタルです。

すみだトリフォニーホールの会場は男女比半々くらいの割合で、高齢者も多かったように思います。アヴデーエワは体にフィットした黒のラメ入りスーツでさっそうと登場、超絶技巧の曲を次々に演奏していきます。

現代音楽的なシュピルマン、ヴァインヴェルク、プロコフィエフの作品が、打楽器的なところ、不協和音を含む展開、半音階フレーズなど、私にとってはジャズのように心地よく、聴き応えがありました。

増田良介さんが書いたプログラム・ノートも秀逸しゅういつで、曲の解説はわかりやすく、アヴデーエワがこのリサイタルにかける思いも解説しています。

アヴデーエワがリサイタルにかける思いは次のような点にあります。ひとつは「(リサイタルで演奏された現代音楽の作曲家)シュピルマンとヴァインベルクは、ナチス・ドイツに人生を翻弄ほんろうされたという共通点をもつ」こと、次に「ショパンは、11月蜂起ほうきの失敗した故国ポーランドに戻らず、パリで世を去った」こと、最後に「プロコフィエフのソナタは、戦争と深いつながりを持っている」こと。

プログラム
ショパン:
 ポロネーズ第7番 Op.61
    「幻想ポロネーズ」
シュピルマン:
 ピアノ組曲
    「The Life of the Machines」
ヴァインベルク:
 ピアノ・ソナタ第4番 Op.56

〈休憩〉
プロコフィエフ:
 ピアノ・ソナタ第8番 Op.84
    「戦争ソナタ」

アンコール
シュピルマン:
 マズルカ
ショパン:
 スケルツォ第3番 Op.39

アヴデーエワはCDの新譜で「社会的災害とその克服への希望」というメッセージを発信しているあたりにも、音楽によってなんとか社会の役に立ちたいという思いが伝わってきます。

リサイタル終了後、アヴデーエワのサイン会に並ぶ人の列が目立ちました。


ブルース・リウ

ドラマ性のあるリサイタルです。

ミューザ川崎シンフォニーホールの会場は9割以上が女性で、比較的若い方が多かったように思います。ブルース・リウは白シャツに黒パンツで舞台へ登場し、弱音から演奏を始めます。

柔らかなピアノの響き、他社製ピアノのきらびやかながら少々トゲトゲしい高音の部分を排除したような丸みのある音、しかも、左足を使うことで早いフレーズを力強く弱音で弾くことができるらしい装置付き、そういうピアノの最新機能を自在に使いこなして演奏します。

道下京子さんの書いたプログラム・ノートも面白くてわかりやすい。リウは「中国人の両親のもとパリに生まれ、モントリオールで育ち」、「ヨーロッパの気品、中国の幾千年の伝統、北米のダイナミズムと開放性」が「彼の姿勢、人格、個性を形成してきた」楽観的な笑顔の人物らしい。

プログラムの構成はモーツァルトの歌劇「ドン・ジョバンニ」関連作品が中心となっていて。前半のショパン「ドン・ジョバンニ」変奏曲と、後半のリストによる「ドン・ジョバンニ」を回想する曲がリサイタルの山場となっています。

「ドン・ジョバンニ」作品というのは「男と女、女の父」のこじれた関係がもたらすドラマで、少なくともモーツァルト、ショパン、リストがこのストーリーに魅了され、リウもリサイタルのメインテーマとしたわけです。

リウの選曲、楽しいです。

プログラム
ラモー:
 クラヴサンのための小品
(クラヴサン曲集、新クラヴサン組曲集より)
   優しい嘆き/一つ目の巨人
   2つのメヌエット/未開人
   雌鶏/ガヴォットと6つの変奏
ショパン:
 モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の
   “お手をどうぞ”の主題による変奏曲 Op. 2

〈休憩〉
ショパン:
 ピアノ・ソナタ 第2番「葬送」Op. 35
 3つの新練習曲
リスト:
 ドン・ジョヴァンニの回想 S.418

アンコール
バッハ :
 フランス組曲第5番 BWV816サラバンド
ショパン :
 3つのエコセーズ第1番 Op.72-3
 エチュード第5番「黒鍵」 Op.10-5
 ワルツ第19番(遺作)
リスト :
 ラ・カンパネラ S.141

アンコールが1曲終わる度にスタンディングオベーションの人数が増え、4曲目が終わり5曲目の「ラ・カンパネラ」を弾くためにリウがピアノへ向かったときには会場から「オー」というどよめきが起こりました。


もう一度3人の印象

私は絵についても、音楽についても専門の教育を受けていませんが、そのどちらにも興味があり、たまたま見た絵やたまたま聴いた音楽について関連付けて私の感想としてみました。


最後にもう一度、

ナチュラルなブレハッチは、
広重の「名所江戸百景 大はしあたけの夕立」

ミステリアスなアヴデーエワは、
お栄の「月下砧打美人図」

ダイナミックなリウは、
国芳の「みなもとの頼光よりみつ公館こうかん土蜘つちぐも作妖さくよう怪図かいず


そして、
ショパン(1810-1849)やリスト(1811-1886)が
ピアノで作曲していた頃、

広重(1797-1858)、
お栄(不明)、
国芳(1798-1861)は
浮世絵を描いていたのですよね。

不思議な縁。


読んでいただき、ありがとうございます。

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