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[短編小説]ごめんね。そういうことだから

「シンくん!誕生日おめでとう!!」
「ありがとーー!部屋に呼んでくれてうれしいよ。こんなに部屋も装飾して…」
「今日はね、一年記念日でもあるから気合い入れて部屋をデコらせていただきました」
「ありがとうございます、さすがです。センスの塊!」
「でししっ、恐れいります」
「実はねープレゼントを用意しております」
「えーありがとう!なんだろう」

 麻衣ちゃんは立ち上がってもったいぶりながらクローゼットに手をかける。「ジャーーン」と麻衣ちゃんがクローゼットを開けると何人かの男女が出てきた。それはクラスメートたちだった。
「「シンジー!!誕生日おめでとー!!」」
 クラスの普段話さない目立つタイプのの男女が半笑いで拍手している。一人の女子はスマホで動画を撮っている。僕はうまく状況が飲み込めずただ口をパクパクしていた。
「麻衣ちゃんどういうこと?」
「実は謝らなくちゃいけないことがあって…全部ドッキリだったの!!」
「え…?」
「シンくんに告白したのは実は罰ゲームだったの」
「うそ…?え…?どういうこと?」
「うん…ごめんね。そういうことなの」
 クローゼットから出てきた男女が手を叩いて笑っている。
「お前みたいなのが麻衣と付き合えるわけねーだろ!ばーか!」
 茶髪の男が僕を指差して笑っている。
「二人が彼氏彼女ごっこしてるの見て毎日爆笑させてもらってたわーありがとうねーひーーお腹痛い」
 女が腹を抱えて笑いながらカメラをこちらに向けている。
「ごめんね。そういうことだから、だからはじめから全部嘘、ドッキリだったの」
 僕は頭の中が真っ白になってしまった。

 麻衣ちゃんはクラスでも目立つグループに属しているのに、僕みたいな人間にも以前から優しく話しかけてくれた。いつ見てもサラサラの黒髪はいつも上品な匂いがしているのに、それに反して「でししし」と笑うあどけなさにクラスの殆どの男子が心を撃ち抜かれていた。僕も例に漏れず撃ち抜かれた男の一人だった。
 彼らの言う通り、僕と全く釣り合ってはいないことは自覚していた。だから告白されたときは「ドッキリだよね?」「罰ゲームじゃないの?」と何度も聞いたものだった。現にドッキリだったわけだが…
 しかし僕が訝しむたびに「ドッキリなわけないじゃん。なんでそんなこと言うの?」と不機嫌になるものだからそれ以上の追求はできなかった。
 どうして誕生日だというのにこんな目に会わなくてはいけないのだろうか。

「え…あの付き合いたてのとき、水族館デートに行って二人で魚の形したパンを食べたのも嘘だったんだ…」
「うん…ごめんね」

「花火大会に向けて二人で浴衣買いに行ったのに、結局大雨で中止になっちゃって、そのあと河川敷で二人で買った浴衣着て花火したよね。二人で浴衣で集合して、すごい変な目で見られて…あれも嘘だったんだ」
「うん…ドッキリだったの」

「二人で観た映画の結末に僕は納得行かなくてさ、麻衣ちゃんは素敵だったって言ってたのに僕が頭ごなしに否定してさ、ロッテリアで大声でケンカしたよね。あれも演技だったの?」
「うん…演技だった」

「僕が麻衣ちゃんに釣り合っていないんじゃないかって悩んでいたとき、抱きしめながらそんなことないよ、私こそ、シンくんは本とか読まない私なんかと一緒にいていつも楽しいのかなって悩んでるんだって話してくれたよね。僕がおすすめした舞城王太郎も読んでくれよね?」
「うん…ドッキリだよ」

「麻衣ちゃんのお母さんが宗教にハマっちゃって家がミネラルウォーターだらけになっちゃった時、一緒に神奈川の海まで家出したよね。ホテルでバレないようにドキドキしながら受付して、部屋から海見ながら一緒に泣いたよね。あれも?」
「うん…台本があった」

 確かに麻衣ちゃんみたいな可愛くて人気の子が僕みたいな人間と付き合ってくれるわけなんてないのだが、これまでの一年を振り返ると、麻衣ちゃんの笑顔は全部本物に見えたし、お互いの暗いところに触れ合ってきた自覚があった。罰ゲームでそんな事するだろうか。
 そもそも一年って長すぎるだろう!!!
「もしかして、これは僕の希望的な話なのかもしれないけどさ…」
 自信過剰に聞こえないように言葉を選んで話す。
「別れるためにこれまでの一年をドッキリだったことにしようとしてない?」
 麻衣ちゃんが少し黙ってから気まずそうに話しだした。
「別れようとなんかしてないよ、シンくんは何も悪くない。本当にはじめから全部ドッキリだったし…罰ゲームだったし…キモくて無理だったもん…ドッキリだったから頑張って吐き気をこらえて告白したし…顔に出さないように付き合ってたんだよ」
 悪いのか悪くなかったのか分からないことを言われた。
「でもそんなふうには思えないよだって…長すぎるもん…期間が…それにいつも本当に笑っているように見えた。どんなゲームだったらそんなに重い罰ゲームになるの」
「マリカー…」
 だとしたら責任感がすごすぎる。

 スマホのカメラをずっと回していた女が口を開く。
「なんにせよ!麻衣がお前みたいなのと付き合うわけないじゃん!!それにもう麻衣には会えないから!残念だったね!!」
「ちょっと…そのことは言っちゃだめって…」麻衣ちゃんが制止する。
「あっごめん…」
 カメラ女が申し訳無さそうに窓の外に視線を逃した。
「麻衣ちゃん、どういうこと?」
「うん、もう彼氏じゃないシンくんには関係のないことなんだけど、明日から入院でね…多分みんなが卒業するまで退院できなそうなんだよね」
 麻衣ちゃんは少し虚ろに笑ってそう言った。そして戸棚から入院手続きの封筒を見せてくれた。
「お前だけだよクラスで知らなかったの。ドッキリだから」
 そう茶髪男が僕にそう言って麻衣ちゃんに目配せする。
「そういうことだから、もうシンくんは彼氏じゃないし、会わない。ごめんね全部ドッキリでした」
「ドッキリってそういうことなの?もしかして…」
「うるさい!!全部ドッキリなの!!告白もこれまで付き合ってた一年間も全部ドッキリなの!!」
 そう言って麻衣ちゃんは泣き出してしまった。カメラ女がカメラを回していたスマホを置いて背中を擦りながら慰めている。
 茶髪男が口を開く。
「なんで麻衣の気持ちを分かってやれねーんだよ…どんな思いで麻衣がこれを考えたか…」
「やめて!」泣きながら麻衣ちゃんが制止する。

 麻衣ちゃんが優しい子であることは僕が1番分かっている。そして誰よりも悲しい顔を人に見せることを嫌うひとである。悲しいときこそ明るい顔をしてユーモアを振りまいてくれる。僕らは暗い話もしてきたはずだが、記憶の中の麻衣ちゃんはいつも「でししし」と笑っている。
「麻衣ちゃん、麻衣ちゃんにしばらく会えなくなっちゃうのは寂しいけど…それでも忘れたくなんかないよ…毎日お見舞いにいくし、一緒に卒業できないのが悲しいなら僕も一緒に留年するよ。絶対に麻衣ちゃんとの一年を嘘になんかしたくないよ」

 麻衣ちゃんは少し黙って口を開いた。
「シンくん…私ね…脳の病気なの…これからどんどん記憶が無くなっていくんだって…お見舞いにきたシンくんのこと覚えてないなんて、そんなこと我慢できない。私が私で無くなっていくなんて耐えられない。シンくんにそんな姿見せたくない!!」
「構わないよ!忘れたってまた覚えてもらえるように頑張るよ。こんな僕だけどまた好きになってもらえるように毎日通う!麻衣ちゃんが僕のことまた好きになってくれるかはわからないけど、それでも…僕はずっと麻衣ちゃんが好きだから」

 麻衣ちゃんは深呼吸をし呼吸を整えている。
「ありがとう…」
 麻衣ちゃんがそう言って手を「パンパンッ」と二度叩いた。すると玄関からスーツを着た紳士がパチパチと手をたたきながら入ってきた。
「おめでとう。シンジくん。合格だ」
「え?」
「私は麻衣の父です。実は君を試していたんだ。すまなかったね」
 麻衣ちゃんはさっきまで泣いていたのが嘘のようにケロッとしている。
「ごめんね。そういうことなの」
 茶髪男とカメラ女は何が起きているかわからない様子
「試すような真似をして済まなかった。君が本当に麻衣を愛しているか試させてもらった。正直君みたいな冴えない男が麻衣を守れるか疑っていたんだ。でも君はなかなか見どころのある男だね。気に入ったよ。孫が楽しみだな!!ハッハッハ」
「ちょっとパパー気が早いよーー」
 二人でこれまでの暗い空気が無かったことのように笑い合っている。
「あの…ちょっと待って、どこからどこまで…」

「そうだシンくん!さっきの病院の封筒の中身みてみて!」
 言われるがままに病院の封筒の中身を取り出すと【ドッキリ大成功!!】と書かれた紙が入っていた。
「「テッテレーーー!!!」」
 茶髪男とカメラ女が再び大爆笑している。
「また騙されてやんの!!この期に及んでどうして騙されるんだよ!!」
 麻衣ちゃんも笑っている。
「ごめんね。そういうことなの」
「麻衣ちゃん、待って、どういう、どこからどこまでが…」

 すると突然どこからともなく音楽が聞こえてきた。
『♪ドンッパンッドンッパン』

 茶髪男、カメラ女、麻衣父が身体でリズムを取っている。そして突然茶髪男が歌い出した。〈♪Smooth like butter, like a criminal undercover~〉
 BTSのButterだ。そうして三人が踊りだした。
「麻衣ちゃん?これはどういうことなの?」
 音楽が大きくて麻衣ちゃんに声が届かない。
「…からない…にこれ…」
〈♪Ooh, when I look in the mirror~〉今度はカメラ女が歌い出す。
 茶髪男、カメラ女がキビキビと踊っている中、麻衣父はワンテンポ遅れている。それでも必死に食らいついている。
 そしてサビになると
〈♪A side step, right-left, to my beat~〉
 麻衣ちゃんまでも踊りだしてしまった。困惑しているのは演技だったのか
〈♪ごめんね~そういう~ことなの~〉
「麻衣ちゃん!!どういう…」
〈♪フラッシュモブでした~した~した~〉
「麻衣ちゃん!!どこ…どこまでが…」
〈♪ごめんね~そういう~ことだから~〉
 音楽に掻き消されてこちらの声が届かない
「ねえ…どこからどこ…どこまでがなに…麻衣ちゃん…麻衣ちゃん!!」


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