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桜湯の如し

手製の桜のコップに、温かなお茶を注いで、口にしようとした
途端に、ふわりと桜の香りが漂ってきました。


このコップは、山桜の木から生まれたもの。

2019年の台風による各地の甚大な被害を機に、被害が起きてからでは
手遅れになると、所有されておられた方が決断をされ樹齢70年を優に超える山桜の木を伐採し、それを譲り受けコップに仕立てたもの。

つまり、この山桜が土や水・日光の栄養を存分に受け、美しい花を咲かせていた頃から、およそ3年という月日が経過をしていることになります。

それでも尚、花の香を漂わせている、コップになった山桜の木。

いつか読んだ本の中で、桜湯についての記載を見た覚えがあります。

桜の花を塩漬けにしたものが桜湯。一般的には、それを
器に入れ温かな湯を注ぎ、花開いた桜の花を愛でつつ桜湯を味わう。 
水を沸かした湯でも、ほのかに漂う、桜香。
けれど、その湯を温かな酒に変えたなら、尚、一層の桜香が
楽しめるのだと。

あいにく下戸に生まれついてしまったもので、その真相を確かめる術は
ありませんし、風流を嗜むような心の持ち合わせもありませんが
それでもたまたま口にした器から漂う桜香に、気がつくことは出来ました。

切られても尚、漂う、ほのかどころか、その生きた証を
しっかりと指し示すような、くっきりとした桜香。

木工をしている最中、狙った形にするべく削りをしている際にも
山桜の木は、それはもうなんともいえない芳香を感じさせてくれることは
多々ありましたが、まさか、コップに姿を変え、3年もの年月を過ぎても尚、その香りを放つとは思っておりませんでした。

山桜に限らず、木はたとえ同じ品種であっても、それぞれの育った場所・
環境等々の影響により色・模様・香りはさまざまに異なる様相を見せますが
このコップに生まれ変わった山桜ほどに、美しい色・文様、そして芳香を
誇るものには出会ったことがありません。 この山桜の木は当たりも当たり
大当たりの、木。

香りもさることながら、この色と模様の美しさは他に類が無く、
咲き誇る花の美しさを、人々へ届けていた往時を偲ばせるようです。