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海の向こう側から見る日本の日常
5年前にシカゴでミックスをしてくれたグレッグ氏(以下グレちゃん)が日本へ来たとのことで、東京まで会いに行ってきた。あれから5年経っていることに驚きだ。あの頃は本当に全国各地を飛び回っていて、日本のみならず海外にも歩幅を広げ、刺激だらけの生活を送っていた。今もたくさんの刺激を受けているのは変わりないけれど、シカゴへ行くといったあからさまなインプット方法ではなく、日常の中から得られるようになったため、飛び回る必要がなくなったとも言える。
グレちゃんはレコーディングのエンジニアだけでなく、世界中に散らばってしまった中国の文化遺産をスキャンして、デジタルで復元したものをWEB上へ公開するみたいな仕事(多分こんな感じ…)もしている。その散らばってしまったものの一つである仏像の頭を見るため、東京国立博物館へと向かった。私には仏像の良さは分からない。彫刻への才能はないのだろう。才能とはよく得意・不得意に焦点が当てられがちだけれど、それを好きになれること自体がそもそも才能だと感じる。何を好きになれるかは、自分では選べない。好きになれた時点で才能があり、その深さや濃度は人それぞれにある。
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何度か渡米した経験から詳細までは聞き取れずとも、節々に聞こえてくる単語から推測することで、何について話しているのかくらいは分かるようになった。morning、coffee、という単語が聞こえてきたら、朝にコーヒーを飲んだ話かなと予測し、テンション具合で話の展開を読んでいく感じだ。でもグレちゃんはネイティブすぎて単語すら聞き取れない。通訳がなければ会話が成立しないのは、なんとももどかしい。ニューヨークで出会ったパナマ人と会話が成立していたのは、お互いに母国語が英語ではないため、簡単な文法だけを使っていたからなのだろう。
電車の中で怒鳴っている人や、叫んでいる人がいないことにグレちゃんは驚いていた。空気を読みすぎて、言いたいことが言えないのは日本人によくある風潮だ。私もそういうところが大いにある。けれども日本人は全く感情を露わにしないわけではなく、言葉で細部の感情を表現している。態度には出ず、目にも見えないため、言葉が分からない外国人からすると静かすぎて奇妙に映るのだろう。英語を90%理解するために必要な語彙数は3,000語に対して、日本語は10,000語必要らしい。美しさの意味を持つ言葉だけでも「美麗」、「端麗」、「秀麗」、「壮麗」、「綺麗」、「優美」、「優艶」、「婉麗」などなど上げればキリがない。そうした豊富な語彙は、自分の感情を表現するたびに詳しく結びつけることができるため、感情のコントロールをしやすいのではないかとグレちゃんは言った。これには目から鱗だった。確かにただ「美しい」と表すのと、あでやかで美しいという意味を持つ「優艶」と表すのとでは、抱く感情も変わる。自分がグラデーションのように抱く微妙な感情の誤差を言葉で言い表せられるのは、私自身も助けられていると感じる。やり場のない感情も言葉に置き換えられることで、言葉自身に受け止めてもらえた気がするのだ。
グレちゃんは山が好きということで、東京の西へと向かった。そこでグレちゃんが何度も足を止めたのは自動販売機。人口や国土を踏まえた普及率では世界一らしく、24時間無人でも破壊されない治安の良さが確保された、日本ならではの文化だそうだ。当たり前すぎて忘れていたけれど、ほぼ探すことなく、いつでもどこでも飲み物が買えるってすごい。
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その後も足を止めた場所は、何気ない当たり前の風景ばかり。私と写真を撮るポイントが同じなことにも驚いた。グレちゃんに対してではなく、自分に対して。私は外国人と同じ目線で日本の風景を捉えているのかもしれないと思った。海外のその辺の路地で写真を撮るだけで絵になるように、日本でも同じ現象は起きる。観光地はハズレがなく、ある程度の満足感は得られるだろう。けれども本当の面白さは、取り繕われた観光地のような場所ではなく、ありのままが映し出された暮らしの姿から見え隠れする、そこにあるのに皆んなが忘れてしまったものの中にあると私は思っている。今回のグレちゃんの訪問は、その視点の大切さを再確認させてくれた。日常の面白さは尽きない。
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