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【Ouka】 7.ビューティフル・バーンアウト
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「サクラ、ちょっといい?」と、ドアの外から父の声が聞こえた。
普段と違う出来事に、私は少し動揺した。
「なに?」と、私はドアを開けずに返事をした。
「ちょっと話したいことあるから、リビングに来てくれる?」
リビングに行くと、父は座布団に座っていた。
父はすこし緊張したような声で話し始めた。
「あのさ、父さん入院することになった」
「なんで?どうしたの?」
「いやまぁ、ちょっとね」
「ちょっと入院なんてないでしょ。どっか悪かったの?」
「いや、うん、なんていうか」
父は口ごもった。
私は父が話し始めるのを待った。
「ちょっとね、心のほうっていうか」
「え…」
「びっくりするよね。ごめんね」
「なにかあったの?」
「いや、違うんだ。元からっていうか、若い頃からね。サクラには言ってなかったもんね」
「知らなかった」
「サクラが生まれてからはなんていうか、落ち着いてたからね」
「そっか」
私と父の間には、互いに言葉を探すような沈黙が流れた。
「それでね、話しておこうかなっていうことがあって」
「うん」
「なにから話したらいいんだっけな。おばあちゃんのことは覚えてる?」
「あんまり」
「まだ小さかったもんね」
「そうだね」
「それでさ、おばあちゃんと約束したことがあってね」
私はあまり良い予感はしなかった。
「サクラの名前の由来は、大人になる頃を見計らって伝えるって」
「あたしは大人なの?」
「父さんには、日に日に大人になってるように見える」
「そっか」
「サクラの名前の字はね、おじいちゃんのお父さん、ひいおじいちゃんが作ってた飛行機からとったんだ」
「飛行機なら綺麗じゃない」
「特攻兵器だったんだ」
私は言葉を失った。
「その字を使えっていうおじいちゃんに逆らえなくてね。父さんずっと後悔してた」
「そっか」
「この話を聞いて、サクラが名前を変えたいとか、字を変えたいとか思ったら、協力する」
「変えないよ」
「そっか」
「変えない」
「ありがとう」
「お父さんはいつから入院するの?」
「明後日から」
「あたしなにかすることある?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
「なんかあったら言ってね」
「…サクラがお父さんって呼んでくれたの、久しぶりに聞いた気がするな」
「そうだっけ」
「えぇと、あとなにか言っておくことなかったかな」
「遠くに行くわけじゃないんだから」
「がんばり過ぎないでね。普通でいいんだからね」
「わかった」
「がんばらなきゃって思いすぎると父さんみたいになっちゃうからね」
「えー、困る」
「あと、あれだよ。無理に結婚しなくていいからね」
私はすこし真顔になった。
「どういうこと?」
「なんていうか、あの、あんまり男の人好きじゃないでしょ?」
「え、なんで」
「そりゃまぁ、なんとなく、うん」
「ふーん」
久しぶりにたくさん言葉を発して疲れてしまったらしい父が眠ってから、私は外に出た。
なんだか部屋でじっとしていたくないような気分だった。
なにも考えずに歩きたい。
すこし冷ややかな初夏の夜の風は、その流れが渦になって見えるような気がするくらいに、確かにそこにあった。
私が風を目で追うと、私の真上に星空があったことに気がついた。
星だ、と私は思った。
星を見て「星だ」と思ってしまったことに笑っていると、視界のはじでなにかが煌めいた。
私は急いでナガセの家に走った。
「ナガセー!ナガセー!」と、私はナガセの部屋の窓に向かって小さな声で叫んだ。
「野球ならしないよ」と言いながら、窓からナガセが笑った顔を見せた。
「いや中島じゃないし。それよりも星、星!」
「星はじめて見たんか。ずっと昔からあるよ」
「ちゃうねんて。流れ星の群れ!」
ナガセは笑った。
ナガセは声を上げて笑うようになった。
「星を見に行こうぜ磯野!」
「ほらみろやっぱり中島じゃねーか」
まだくさくないジェラピケの上にウインドブレーカーを羽織ったナガセが玄関から出てくるのを待ってから、私たちはいつもの公園に向かった。
「そろそろミルクティもホットじゃないな」と言いながら、ナガセはやはりあたたか~いほうのミルクティをふたつ買ってきた。
「あたしさぁ」と、私は星空を見上げながら独り言のように言った。
「ずーっとこのままがいいな」
「まぁねー」
「これって子供っぽいかな。ぽいよね」
「いや?」
「そうかな」
「子供は「子供のままでいたい」なんて思わないよ」
「そっか」
「でもまぁ、このままがいいよね」
「あたしさぁ」
「うん」
「結婚しなくてもいいんだって」
「なんだ急に」
「ナガセとは結婚したいけどなぁ」
「じゃああたしが手書きで婚姻届発行するからサインしてあたし市役所に出しな」
「あたし市の住人になるのか。わかった」
「ありそうだね。ホニャララ県あたし市」
私はナガセが市長をするあたし市の風景を想像してみた。
あたし市はいつも晴れていて、のどかな風景だった。
「ねぇ」
「ん?」
「流れ星ってどうなるの?」
「そりゃあ、きらっと光ったあと燃え尽きるんじゃない?」
「素敵」と私は言った。
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