![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/70439384/rectangle_large_type_2_8460264661b2e44183bf6356417ed793.jpg?width=800)
【Ouka】 最終話.サンダーボルト・ハイパーガール
![サンダーボルト・ハイパーガール18](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/70439470/picture_pc_15db851192b312cb34b55d8606ea3c8a.jpg?width=800)
カフェのテラス席には、モネが描いたかのように柔らかな光が降り注いでいた。
私は時折キーボードを打つ手を止めては、その風景をぼんやりと眺めた。
いつかもこんな春があった気がする。
確かあの時は、道行く皆が穏やかな表情をしているように見えた。
けれど今は、少し違って見える。
それが世間のせいなのか自分のせいなのかはわからない。
あるいは、ノスタルジーがそうさせているだけなのかもしれない。
そんなことを思いながらコーヒーカップを口に運んだ私は、コーヒーを噴き出した。
今、ナガセが目の前を通った気がする。
通り過ぎた人波の中にその姿を探したが、見つけることは出来なかった。
気のせいだろうか。
気を取り直してモニタに視線を戻そうとした私は再び「ナガセやんけ」と思った。
通り過ぎたナガセらしき人物を目で追うと、その人は数メートル先で踵を返し、こちらに戻ってきた。
またしても通り過ぎようとしたその人に、私は声を掛けてみた。
「あの、すいません」
「あっはい」
「ナガセだよね」
「久しぶり」
「ごめんね、3回も通ってくれたのに」
「4回なんだ」
「マジか」
ナガセが無邪気なままでいてくれたことに、私の胸は熱を帯びた。
しかし、その笑顔はどこか影を含んでいるようにも見えた。
「今はナガセじゃないか。なんて呼んだらいい?」
「ナガセでいいよ」
「そう?」
「もうすぐナガセに戻るから」
「そうなんだ、ごめん」
「冗談だよ」と言ってナガセは微笑んだが、その笑顔は下手だった。
「ほんとに冗談?」
「半分」
ナガセが結婚することになった時、私はそれを受け入れた。
親が決めた結婚であったこともその理由のひとつだった。
私が止めることなんてできない。
将来のことを考えれば、そのほうがナガセは幸せになれるかもしれないと思った。
しかし、数年ぶりに会ったナガセの表情を見て、私の心は騒めいていた。
私はナガセとうまく話すことが出来なかった。
いろいろなことを思っていたはずなのに、なにを伝えたかったのかを思い出せない。
半透明の言葉たちはどれも空耳のように春の風に流れていった。
「もう帰らないと」と言って、ナガセは席を立った。
「うん。がんばってね」
ナガセは精一杯の笑顔で私に手を振り、歩いて行った。
がんばってね?
私はなにを言ってるんだ?
なんてバカなことを言ってるんだ?
私はナガセを追いかけた。
あの頃のように速くは走れなかった。
それでも、私はナガセに追い付くことができた。
ナガセは今度は逃げなかった。
「ナガセ」
「うん」
「明日も会える?」
「うん」
「明後日も会える?」
「うん」
「毎日会おう」
「うん」
「一緒に暮らそう」
「うん」
「うん」
「ごめんね」
「ん?」
「また言わせちゃったね」
「ううん」
「サクラが言ってくれるの待ってた」
「そっか」
「ごめんね。あたしズルいね」
「ナガセナガセ」
「ん?」
「いーいーよ」
ナガセはあの頃の笑顔で笑った。
「あの公園でさ、ナガセが言った約束みっつ、覚えてる?」
「えーと、うん」
「あたしはずっと守ることにしてた」
「そっか」
「でもそのうちのひとつ、破るね」
「え?」
「法律変わったの、知ってる?」
ナガセと目覚めたあの朝に、私は自分の中の雷の存在を受け入れた。
雷鳴に怯えていた頃の私とは違う。
あまりに強い力だからこそ、私はその存在に畏怖を感じていたのだろう。
確かにそれは、使い方を誤れば危険なほどの強い熱と光だった。
しかしそれは誰かを愛することに使うのならば、この世でいちばん強い力だ。
「鼻から石油出ないかなぁ」
「朝からなに言ってんの」と言いながら、ナガセは二人分のミルクティをテーブルに置いた。
「そしたら毎日無回転寿司食えるのになぁ」
「でも鼻から回転寿司のお湯みたいに石油出てんでしょ?」
「おしゅしが石油味に…」
「早く準備しな」
「おしゅし…」
「わかった、今夜帰ってきたら寿司とってやるから」
「おしゅし!止まってる?」
「止まってる止まってる。フローに入った時のピッチャーの球くらい止まってる」
「えっそれって実際はめっちゃ高速で飛んできてない?」
ナガセは高速で飛んでくる寿司を想像してミルクティを噴き出した。
「やべぇ、ごめん、服にかかってない?」
「セーフ!」
「よかった」
私はナガセの淹れてくれたミルクティを飲みながら、トーストを齧った。
「よし、じゃあそろそろ行ってくるね」
「おう、がんばって」と、ナガセは私に手を振った。
私は教室のドアの前で緊張していた。
うまくやれるだろうか。
ナガセならどうやって入るだろう。
服を前後逆にしたり、アナ雪のテンションで入ったり、先生のふりをしながら…。
あの頃を思い出して笑ってしまった私の緊張は、いつの間にかどこかに消えていた。
さすがナガセ、と思った私は、心の中で「ショートコント・先生」と呟いた。
「皆さんはじめまして。今日からこの学校で国語の教科を担当することになりました、永瀬桜花といいます。桜の花、オウカと書いてサクラです。よろしくお願いします」
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?