見出し画像

2人の「ともぞう」さん

私が「ともぞう」さん(仮名)と呼ぶ患者さまがいました。

患者さまは、いつも私に色々なことを教えてくれます。
今日は、2人の「ともぞう」さんとのお喋りのお話。

1、2人の共通点(名前、特別室、言葉)
2、ともぞうさん(A)
3、ともぞうさん(B)


1、2人の共通点


2人の「ともぞう」さんには共通点が3つありました。


共通点1:名前


これは、誰もがすぐに分かる共通点。

「ともぞう」という名前です。

共通点2:特別室

病院には特別室というのがあります。

病院に入院する際、総室と個室を選択できることが多いです。
総室は、何人かの患者さまが一緒のお部屋。
個室は、1人部屋。
しかし、個室の中にもランクがあり、
私が勤務する病院では、個室・準特別室・特別室があります。
1日の個室料金には、かなりの差があります。

2人の「ともぞう」さんは、
どちらも、特別室を利用されていました。


特別室は、とても広い。
トイレもシャワーも広い。
部屋には大きなテレビ、小さな会議ができそうな応接室、座り心地の良い大きなソファ。
壁紙や内装も、他の病室とは違います。

2人の「ともぞう」さんは、
入院中に特別室を利用できるような金銭面の余裕があったこと。
そして、自分の生活する場所にお金をかけること。

そんな共通点がありました。


共通点3:言葉

2人の「ともぞう」さん。
実は、第一印象では、全く違う世界の住人のように見えるのです。

そんな2人は、同じような内容・同じ言葉をよく使います。

「感謝」「謙虚」「自信」「夢」「家族」「仲間」etc...

きっと、心の奥底では、共通点が多い2人なのでしょう。


2、「ともぞう」さん(A)

Aさんは、70代半ば。有名企業の会長です。
病室には、奥様と職場関係の方が、いつも付き添われていました。

職場関係の方達は、応接室で資料を広げながら、この頃すでにリモート会議を実施されていました。
Aさんと数人の方で実際に話をしながら、
職場関係の方がパソコンに向かったり、電話をかけられて指示をされている場面を何度となく見ることがありました。

会長の部屋には、毎日のようにたくさんのお見舞いの品が届けられます。
面会に来る方も非常に多かったです。

Aさんのパジャマは、いつも個人的にクリーニングに出されていました。
パリパリすぎて、お着替えの手伝いが少し大変なくらいでした。
部屋に置いてあるものは、高級な良いものばかりで揃えられています。
加湿器があって、部屋の中はほんのりと良い香りがします。

この部屋の環境は、奥様や職場関係の方達が作られているようでした。
Aさんが、ゆっくりと休息を得られるように整えられているのが分かります。

毎日、多くのお見舞いの品が届けられていたのに、
部屋の中は、いつも整理整頓がされています。

奥様は、少し物忘れはある印象でしたが、
いつも身なりがきちんとされていて、言葉の使い方や仕草など、
育ちの良さを感じる品のある女性でした。

私は、Aさんも奥様も、この部屋の雰囲気も大好きでした。



私は、Aさんに可愛がって頂きました。

「ふじこちゃん!今日はマンゴーをもらったよ。
こっそり持っていって、みんなで食べなさい。」

「いつも、お心遣いをありがとうございます。
ですが、頂くことはできませんので、そのお気持ちだけ頂いておきますね。」

「じゃあ、僕のこの感謝の気持ちは、どうしたら良いんだ?」

「早く良くなって下さるのが一番嬉しいです。
さぁ、今日もリハビリ頑張りましょう!」

「また、そんなことを…。よし、リハビリするか!」

と、いつもこのような会話を繰り返していました。


ある日。
私がお部屋を訪ねると、珍しく「ともぞう」さんが1人でした。

「今日は、お一人ですか?」

「お!ふじこちゃん!
そうなんだよ、1人だと退屈で仕方ないよ。
ちょっと、座ってよ!何か話でもしよう!」

その時は、ちょうど落ち着いていた時間だったので、
私は、ともぞうさんのお誘いを受けることにしました。

「私でよかったら、何でもお話して下さい。」

「僕の話なんて、つまらないな…。
そうだ!じゃあ、ふじこちゃんが、僕に何か質問するのがいい。」

「では、言葉に甘えて質問をさせて頂きます。
ともぞうさんは、皆んなが欲しいものを持っている人だと思います。
お金も、社会的な立場も、優しい奥さんも、いつも側で一緒に仕事をしてくれる人も。
それは、どうしてだと思いますか?」

ふと頭に浮かんだ質問を、素直に聞いてみました。
さぁ、ともぞうさんは、どんな顔をするのだろう?と内心思ったのです。

ともぞうさんは、大きな声で笑いながら、
「ふじこちゃん、いい質問だ!」と。


”会社はね、親から引き継いだもので、
一から作り上げている人と、僕は違う。
昔はね、よく言われたんだよ。
「アホな息子だから、会社はダメになる」とか。
「所詮、あいつは親がいないとダメだ」とか。
そんなこと、気にしなければいいんだろうけど、それができなくてね。

負けたくないというか。
悔しかったというか。
だからこそ、僕は自分の代で事業を拡大したいと思ってたんだ。
それが意地というか、プライドというかね。
僕の夢だった。

有難いことに、いつも支えてくれる奥さんも、仲間もいてね。
だから、僕の夢は叶えられたと思う。

だけど、どうかな。
僕はもう一回生まれ変われるのなら、野球選手になりたいな。
もしくは、ふじこちゃんのような優しい人になりたい。

奥さんも、一緒に働いてくれる人も、感謝しかない。
だけど、本当の意味で、僕を心配している人は、きっとそんなに多くないよ。
ふじこちゃんが、病気になった時より、少ないかもしれない。

いっぱい届く、このお見舞い。
ありがたいと思うよ。
でも、本当に気持ちが込もってるものはいくつあるかな?

いっぱい来てくれる、面会。
ありがたいと思うよ。
だけど、仕事の話をしない人はどれだけいたかな?
むしろ、いたかな?

ふじこちゃん。
僕は、人生には満足しているよ。
やりたいこといっぱいやってきたし、周りに良い人にも恵まれたと思う。
だけど、僕とふじこちゃんに大きな差はあるのかな?

ふじこちゃんだって、いっぱい手に入っているだろう。

僕が、何か言えることか。。。
お金とか、会社とか、仕事上の付き合いとか関係なく一緒に入れる人は貴重だよ。
大切にしなさい。
そして、後悔はしないように、失敗なんてないんだから。
何でもやって、人生を大いに楽しんでもらいたいね。

聞きたいことの、答えになっているかな?”

「はい、ありがとうございます」

私は、その後しばらく雑談をして部屋を出た。


3、「ともぞう」さん(B)


Bさんは、はっきりと確認してはいないが、明らかに裏社会の人だった。
そして、その立場が低くないことも容易に想像できた。

いつも、何人もの男の人が側に付いている。
奥様は、ずっと付き添っている訳ではないが、毎日面会に来られていた。
80代の奥様とは思えない、若くて大変美しい方だった。
お着物を着て病院に来られることが多かったのだが、とても迫力のある美しさを放たれていた。

交わることのなさそうな世界に住む2人が、
同じ名前・同じ作りの特別室に、隣同士で入院していることに、
私はなんとも言えない、この世の不思議さを感じていました。

そして、私は何故か、どちらのともぞうさんとも仲良くなるのである。

80代。
やや認知機能の低下を認めていた。

「失礼します」
ノックして、特別室に入っていく。

部屋の中にいた、男の人たちが一気に立ち上がる。

「いつも、お世話になっています」と私に頭を下げている。

すると、奥から、

「ふじこちゃーん!」

と、ともぞうさんの声が聞こえてくる。

「ともぞうさん、おはようございます」

「ふじこちゃん。手を見せてくれ〜、今日もツルツルだね〜」
と、私の腕を触ってくる。

「ともぞうさん、それはセクハラって言うんですよ!」

「まーた、そんな固いことを言う。」

すると、若くて綺麗な奥様が登場した

「もう、いい加減にしてください!」

「そうそう、ふじこちゃん。
あなた、私と身長同じぐらいでしょう?着物もらってくれない?
何かお礼がしたいって、主人と話してたのよ。」

「そんな着物なんて、頂けません!」

さすがに着物をあげると言われたのは、これが最初で、その後もない。

お隣の雰囲気とは、全く違う。
お部屋には、色々なものが置かれているが、どれも迫力があるものばかり。
視線があちこちに向かう。
金色と黒色のものが、とにかく多かった。

ある日。
仕事が終わってから、私はお部屋を訪ねた。
部屋には、ともぞうさんしかいなかった。
いいタイミングだと思った!

「ともぞうさん。話を聞いてもいい?」

「ふじこちゃんか!
ちょうど、1人で退屈だったんだよ。何でも聞いていいよ!」

私は、ずっと聞いてみたかったことを聞いてみた。

「ともぞうさんは、お金をたくさん持ってるでしょ?若くて綺麗な奥さんもいて、ともぞうさんを尊敬してて、何があっても離れないような仲間もいる。
それは、どうして手に入ったの?」

さぁ、ともぞうさんは、どんな顔をするだろう?と思った。

「ほ〜、おもしろいなぁ。」

”まぁ、言えないことは多いけど。
人生は、楽しかったなぁ。
欲を言えば色々あるけど、まぁ、満足かなぁ。
明日死んでも、別に問題ない。

僕なんかの人生は参考にしないほうが良いからなぁ。
だけど、仲間がいるのは良かったなぁ。
裏切られたこともあったけど、今、周りに人がいてくれるのが嬉しいなぁ。

ふじこちゃん。
本当に何とでもなるから、思うように生きたらいい。
後悔だけは、しないように。
好きなように、生きたらいい。”

私は、その後しばらく雑談をして部屋を出た。



交わることのなさそうな世界に住む2人が、
同じ名前・同じ作りの特別室に入院している2人が、私から同じ質問を受ける。

そして、驚いたことに、結論がほぼ同じだった。
やはり、共通点が多い2人だと思う。
こんなに違う世界を歩んできても、行きつく先は同じなのだろうか?
私には、まだその答えは分からない。

2人とも、人生には満足している。
そして、私へのアドバイスは「人の大切さ」と「後悔しない生き方」についてだった。

私はなんとも言えない、この世の不思議さを感じていました。

私は、また話を聞ける人に出会ったら、聞いてみようと思う。

人は、誰かと心から繋がれていると感じられること。
そして、後悔なく生きてきたと実感できること。
それが、人生の最終段階で大切だと感じることなのだろうか?

病院にいると、人生の先輩と多く出会う。
ありがたい話をたくさん聞くことができる。

そして私は、どんなことを伝えられる人になるのだろうか?

ふじこ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?