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【書評】『行政をハックしよう』(吉田泰己、2021)を読んで。

▮ おおまかな内容

著者の吉田泰己氏は現役の経済産業省職員。現在、商務情報政策局 情報プロジェクト室長、1983年生まれということでまだ30代。行政デジタル化の若き推進役のひとり。

副題はユーザー中心の行政デジタルサービスを目指して。タイトルの「行政をハックしよう」の「ハック」とは、著者が述べるに「現在では創造性を通じて現状のあり方を劇的に改善すること」としています。

本書は、一般向けというこでありますが、中身は著者と同じような行政官、行政職員向けに書かれている感があります。とはいえ、行政のデジタル化や次世代ガバメントを考えるにおいて、行政の現在の取り組みやその中核にいる職員がどのような考えで活動されているのかを知ることで、今後の行政の在り方を考えるための好材料になると考えられます。

第1章は「行政組織、行政官の置かれる環境と役割の変化」で、現在の行政職員が置かれている環境について著者の経験も交えて書かれています。第2章は「なぜ行政のデジタル化を進める必要があるのか」で、現在の行政サービスの使いづらさを述べた上で、ユーザ中心のサービスの必要性について書かれています。
第3章は「経済産業省DXの取り組みが目指してきたもの、達成できていないもの」、第4章では「行政組織に欠けている2つの思考」ということで”ユーザーデザイン思考”と”アーキテクチャ思考”についてまとめられています。
第5章で「アーキテクチャ思考でビジネス・デジタルガバメントの事例を見る」として他国の先進事例を紹介され、第6章で「行政デジタルサービスを開発するための3つの手法」について述べられいます。3つの手法は、”サービスデザイン手法””プロセスデザイン手法””ITサービス開発手法”。とりわけアジャイルで行政サービスも開発していく必要性について述べられています。
第7章「IT企業のような行政組織を目指す」、第8章「新型コロナウイルス感染拡大で見えた行政サービスの課題」、第9章「目指すべきGovernment as a Serviceの方向性」と、今後のデジタルガバナンスの方向性について述べられています。

▮ 気になった個所

●行政組織がデジタルトランスフォーメーションを実現するためには、ITサービス企業のような組織に変革しなければならないだけでなく、デジタル社会において信頼される組織でなければならないということを意味する。そのためには、旧来型の行政組織のイメージとまったく違う組織デザインやカルチャーの形成が重要だ。現在の行政組織に身を置くわれわれ行政官がそのことに気づき、考え方をシフトしなければ、どんなにすばらしい将来のビジョンを描いたところで絵に描いた餅になってしまう。(p46)

●サービスデザイン思考とは、「顧客体験のみならず、顧客体験を継続的に実現するための組織と仕組みをデザインすることで新たな価値を創出するための方法論である」。・・・手続きによって申請などのさまざまなプロセスを経て提供されるわけだが、その一部のみを考えるのではなく、全体として住民や事業者に満足してもらえるようなデザインとなっているかが問われるのだ。(p90)

●現在、情報プロジェクト室で行動規範として掲げているのは以下の5つだ。
1 セルフスターターであること(自律的に判断して行動する)
2 フラットな立場で議論し、関係者を巻き込むこと
3 情報をシェアし、助け合うこと
4 失敗を恐れずチャレンジすること
5 ワクワクする仕事をすること
行政官もこのような行動規範を共有しなければならない。IT人材を行政組織のルールにフィットさせるのではなく、彼らとともに働くために行政官自身も変わらなければいけないのだ。それを理解したうえで民間のIT人材を採用しなければ、結局はお互いにとって期待した成果が得られず不幸なことになるだろう。(p192)

●デジタル化に伴うトランスフォーメーションは、これまで権威的だった行政の存在自体の見直しにつながる。市民にとって必要なのは、あくまで行政が提供するサービスであり、組織そのものではない。行政はサービスを提供するプラットフォームとなり、行政官のサービスにおけるオペレーションへ介在は限定的になり、むしろ、主な仕事はいかにユーザーが利用しやすいサービスを提供するか、自治体であればその地域固有のコミュニティとしての価値を実現するかに変わっていく。つまり、コミュニティマネージャーとしての役割が中心になっていくだろう。
Government as a Serviceとは、このように市民が必要なサービスを必要なときに簡易に提供するプラットフォームを意味する。これが実現すると、行政官の役割をルール形成やコミュニティ形成が中心的な役割に変容するだろう。(p221)

●行政のデジタルトランスフォーメーションを実現するのは組織であり、人だということだ。Government as a Serviceを実現することは、行政組織が社会基盤となるデジタルプラットフォームを提供するということだ。そのためには、デジタルプラットフォーマーと同じような縦割りを排した組織の柔軟性や人材の多様性を受け入れていく必要がある。(p248)

▮ 読後感

著者の想いが強くこもった一冊。私もコロナ禍の前に、東京で行われたイベントでお会いしたことがあるが、行政のデジタル化に向けた熱い思いを持った方だと感じていました。著者が行政のデジタル化の中心におられるということは、日本社会にとっては一つ良いことであると考えています。彼らのような思いを持ち社会のアップデートをリードできる知見を持った人材が活躍できる環境が必要であると感じます。

本書は行政官向きの本の体を感じますが、民間サイドでも、行政官がどのようなことを考えておられるのかを知ることは非常に重要であると思われます。情報プロジェクト室で行動規範などは、民間企業でも求められる姿勢であると思います。

Government as a Serviceは、「サービス」としての行政として、素晴らしいポイントになると思います。行政窓口に行政があらかじめ決めたルールに従い列が並んでいる姿を見ると、ユーザーである市民支店ではないなと感じることも多々あります。地方政府、自治体の職員と民間企業が共創して、新たな価値を生み出していくためには、民間企業としてもよく行政職員の考えを理解しておかねばと思っています。

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◇藤井 哲也(ふじい・てつや)
株式会社パブリックX 代表取締役/一般社団法人官民共創未来コンソーシアム事務局長/SOCIALX.inc ボードメンバー
1978年10月生まれ、滋賀県大津市出身の43歳。2003年に雇用労政問題に取り組むべく会社設立。職業訓練校運営、人事組織コンサルティングや官公庁の就労支援事業の受託等に取り組む。2011年に政治行政領域に活動の幅を広げ、地方議員として地方の産業・労働政策の企画立案などに取り組む。東京での政策ロビイング活動や地方自治体の政策立案コンサルティングを経て、2020年に京都で第二創業。京都大学公共政策大学院修了(MPP)。日本労務学会所属。議会マニフェスト大賞グランプリ受賞。グッドデザイン賞受賞。

◇問い合わせ先 tetsuyafujii@public-x.jp

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