ゴッドハンドが実在した話

嘘みたいな話ですが、僕自身が体験した本当の話です。

2013年の秋だったか。
お昼過ぎ頃、飼ってるトイプードルの散歩へ。
マンションの共用部は犬を歩かせるのが禁止だったので、抱っこしたまま部屋を出てマンションの外に。
歩道に出て、犬を降ろそうと前屈みになった時に

グギッ

やってしまった。
高校の時にぎっくり腰をやって以来、年1くらいで腰の痛みが出ていたのだが、この時は久しぶりに強めのやつ。

でも歩けない程ではない。
散歩には行かねばと動きだしたが、歩くごとに痛みが増し、100mも行けず引き返すことに。

犬を部屋に置き、近所の整骨院へ。
たまにお世話になっていたが、その日は運悪く待ち時間が長く。
そうこうしているうちに痛みが加速。
待合室の椅子に座れない。立ってもいられない。
受付のお姉さんに「長椅子に寝てていいですよ」と言われたけど、痛くて寝転べない。
どんどん痛みが増し、呼ばれるまで徘徊するようにゆっくり歩いた。
電気を当ててもらって、マッサージも少し。
施術が終わり、少しだけ楽になったが、すぐまたもっと酷くなった。

家にいても楽な体勢がないので駅前の整形外科へ。
5分の道のりがめちゃくちゃ遠い。
レントゲンを撮ってもらった。

「ヘルニアですね」

ベットに仰向けに寝かされ、先生がカカトを持って片足ずつ順に上に持ちあげた。
膝を伸ばしたままあげた足の角度が45度まで行くかどうかが、手術の基準だと言われた。
僕は痛くて15度も行かなかった。

とりあえず手術するかどうか考えておいてくださいと言われ、薬局で痛み止めをもらい、その場で飲んだ。
湿布ももらって帰宅。

歩きながら、いろんなことが頭をよぎった。
手術するとしたらいくらかかるのか。
どれくらいの入院になるのか。
歩合制なのでその間の給料はない。
震災の後、仕事ががくんと減り、その頃、貯金はほとんどなかった。
今の奥さんとも結婚を前提に同棲していた頃。
それもどうなるのか…。

痛み止めがきいたのか、少しだけマシになってきた。
その日の夜はサンミュージックの事務所ライブ。
準備をし、痛みをこらえ電車で新宿へ。

漫才は5分程度。
ゆっくりマイクのところまで行って、漫才中もお客さんに痛みを悟られないようになんとかやりきった。
しかし、最後のお辞儀ができない。
腰が痛すぎて全く前に曲げられない。

「ありがとうございました」
と言いながら、苦み走った顔で首だけひょいと下げて舞台袖に帰った。
お客さんの目にはさぞ尖った芸人に写ったことだろう。
いつもはライブ後に飲みに行くが、とてもそんな状態ではなく即帰宅。

家に着いたら、奥さんが帰ってきていた。
事情を話し、とりあえずシャワーだけ浴びて寝るわと。
しかし、シャワーが浴びれない。
体のどこを洗おうとしても、腰を少し曲げなければいけない。
その度に激痛が走る。
もう立ってもいられない。

無理やー!

と叫びながら、浴室から全裸でびしょびしょのまま、市場のマグロのようにズルんと倒れ出た。

奥さんはその姿を見て
「こんなでかいおっさんの介護なんてできるのか私」
と思ったと後日言っていた。

何とか体を拭いてシャツと下着を着て布団へ。
しかし、どの体勢で寝てても痛い。
なんとか寝ようとするが、痛みでほぼ寝れない。

翌日の夜は、レギュラーで出してもらっていた、銀座のスタジオからのラジオ生放送。
マネージャーに連絡して事情を説明。
「口は動くから全然しゃべれるけど、そのスタジオまで行けないかもしれない」と。

布団の中で痛みにうなされながらも、頭の中にはあることが浮かんでいた。
三拍子の久保が以前楽屋で言っていた「ゴッドハンド」のこと。

「○○区のゴッドハンド」と呼ばれる、凄腕の整体師がいるらしい。
ロケで膝を痛めた芸人が一発で治してもらったとか。
その時に、松葉杖をついて施術室に入った人が、その杖を小脇に抱えて歩いて出てきたのを見たとか。
腰の曲がったおじいさんが、胸を張ってキリッと出てきたとか。
久保自身も治してもらったらしく「本当なんです!」と力説していた。
その時は話し半分で聴いていたが、もうそこにすがるしかないかもしれない。

とりあえず検索したら出てきた。
公式のサイトやSNSなどなく、行ったことのある人が知る限りの情報を書いてくれているブログがいくつかあった。

医院の名前と住所、診察時間。
「◯◯医院」「◯◯整骨院」ではなく「◯◯オフィス」という名前だった。
そして料金。
初診は15,000円。再診が5,000円。

高っ!

しかしもう行くしかない。
その頃にはもう痛み止めの薬なんて全然きいていなかった。

夜が明けて小雨が降りだしていた。
腰の痛みは全くひかない。

スクーターを持っていたので、歩いたり電車に乗らなくて済んだのが幸いだった。
カッパを着てバイクに乗り、その住所に向かった。

古い古い雑居ビル。
の確か4階だったか。

ドアを開けると、広めの一室をパーテーションとカーテンで仕切ってあって、一角を待合室にしてあった。
僕の前には7〜8人。

(結構待つな…)

と思いきや。

カーテンの向こうに入った人が5分、いや2〜3分ですぐに出てくる。
15分も待たずに自分の番が来た。

おそらく50代〜60歳前後の男の先生。
大きなマスクで顔は分からない。
そろりそろりと部屋に入るなり

「ああ、ヘルニアだね」

と言われた。

「こっちに来て寝て」

45度に角度がついた診察台。
そこにうつ伏せに倒れこんだ。
(マイケル・ジャクソンのゼロ・グラビティのような体勢)

先生は、腰のあたりを手で払い始めた。
他の表現が分からない。
指圧みたいに押すわけでもない、気功のように手をかざすわけでもない。
ハエや汚れを払うように、パッパッパッと。腰のあたりを。
1分?いやそんなになかったかも。

「つぎ、こっちに来て仰向けに寝てくれる?」

横に水平のベッドがあった。

しかし、そこに行って仰向けに寝るのは、今の僕には高難度。

(こっちに来って、簡単に言うよねー…)

と思いながら、斜め診察台から体を起こすと

「えっ?」

声が出た

(なんか、簡単にいけるんですけど)

腰の痛みが半分、いやそれ以下になっている。
僕は診察台に寝た。

先生は僕の脇腹から両手を回し、背骨〜腰骨のあたりを、指でグイグイ押し出した。

「今、他の人待ってた?」

「いえ、僕の後ろはいませんでした」

「じゃあ長めにやってあげる」

ちょうど患者の流れが途切れたところだったのがラッキーだった。
おしゃべり好きの先生は、施術をしながらいろんなことを教えてくれた。

⚫︎腰が痛いのは筋肉がこわばってるから。骨と固い筋肉に神経が挟まれるから痛い。
⚫︎筋肉をほぐしてあげれば痛みはなくなる。自分はそのほぐす作業をやっている。
⚫︎気功とかヒーリングとかスピリチュアルな類ではなく、きちんと理論がある。
⚫︎医師免許や整体師の免許はない。だから「医院・病院」の看板は出していない。
⚫︎申し訳ないが効果には個人差がある。
⚫︎自分のやり方は日本では全く認めてもらえない。
⚫︎なので弟子が何人かいるが、みんな海外に行っている。

などなど。

整形外科で手術が必要と言われたことも伝えたら
「ああ、だろうね」
と軽く流された。

5分くらい施術してもらっただろうか。
他の患者さんが入ってくるドアの音がした。

「じゃあオッケー。ここに立って前屈してみて」

昨夜、漫才終わりで全く前に曲がらなかった腰。
その腰が

嘘みたいに曲がる

もともと体はかたい方だが、手の指先がスネくらいまで届いた。
めちゃくちゃ驚いた顔をしてしまったが、その驚いた顔が先生には慣れっこのようだった。

「初診だよね?じゃあ、15,000円」

安っ!

あの人生最恐の痛みを取ってもらって、普通に歩けるようになって、お辞儀もできるようにしてもらって15,000円。
安すぎる。

「念のため、あと2回くらい来てくれる?」

「分かりました!」

はずむように雑居ビルの階段を駆け降りた。
テンションが上がり過ぎて、近くのコンビニで普段買わないような高いめの朝ごはんを買った。

帰宅し、奥さんに話して驚かそうとしたら、まず普通に歩いている姿にめちゃくちゃ驚いていた。
もちろん話を聴いてさらに驚いていた。

その後、気になって、ネットで調べたり芸人仲間に聞いてみた。

 元々は知る人ぞ知る存在だったが、某タレントさんがテレビで話してしまい、患者が殺到。
 今まで来てくれてた常連患者?が来にくくなったことに怒った先生が、初診の患者は見ないことを宣言。
 実際にしばらく「初診お断り」の張り紙があったらしく、症状の重い人でも頑なに受けなかったらしい。
 しかし、僕が行ったその年の春〜夏くらいに、ケガをされたとかで長期休業に。
 基本的には告知がなく、診察中かどうか知れるのは電話のみ。
電話をかけると留守電のメッセージが流れ
「本日はお休みです」
「ただいま営業中です」
の2パターン。
なので、診察再開を待っている人は根気よく毎日電話をかけるしかなかったそうだ。

 何ヶ月かお休みだった間に客足が途絶え、再開したタイミングで、初診の患者の診察も再開してくれたとのこと。
 僕が訪れたのはそこから程なくの頃で患者もまだ少なく、タイミング的にはめちゃくちゃ良かったようだ。

「手術が必要ですね」
と言われてから、レントゲンは撮っていない。
でもあれから10年、多少は痛む日もあるが、あの日の痛みの5分の1にも達しない。
もちろん普段から気をつけてもいる。

腰の痛みに悩む某芸人がいたのですすめたら、その時はまた長期休業に入っていたらしく行けなかったそうだ。

後に再開した時は、初診が20,000円になっていたらしい。
初診が高いのは「冷やかし避け」の意味もあるとか。

5年ほど前にまた一度お世話になった。
それ以降は腰の調子も比較的良く、行くことはなかった。
そんな数日前。
録画した「にけつ!」(千原ジュニアさんとケンドーコバヤシさんのフリートーク番組)を見ていたら
ジュニアさんがゴッドハンドの話を始めた。
レインボーのジャンボ君に聞いたという話。

「信じられへんやろ?マジやねんて!」

ジュニアさんのあの臨場感たっぷりの話術で、僕の体験に似た話をし始めた。
知ってる人ならすぐに「あそこの先生の話!」と分かっただろう。

実は最近、右の人差し指の筋が少し痛くて。
あの先生なら指でも治してくれるのかなーなんて思いながら、何となく久しぶりに検索してみた。

驚いた。

先生が今年の3月に急逝し
閉院したとのこと。


もちろん詳細は分からない。
そこのドアに貼られた、訃報と閉院を知らせるメッセージの写真をSNSにアップしている人がいた。

おそらくまだ平均寿命までまだまだだろうに。
なんと人の命のはかないことか。
まさに神のような手を持ちながら、あっさりと人生を終えられていたとは。

あの時、あの先生に治療してもらわなかったら、僕の腰はどうなっていたのだろうか。
そして、僕と同じように救ってもらった人はたくさんいるはず。

先生ありがとうございました。
御恩はずっとずっと忘れません。

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