見出し画像

月のうさぎ

月にはうさぎが住んでいる。


どなた様もそんな伝説を一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか?


いくつかある伝説の中でも、もっとも一般的なのがインドの仏教説話。

老人に化けた神様のため食べ物を探しに森に入るも、うさぎは食べ物を見つけられず、自分自身を食べてもらうために火の中に飛び込み死んでしまいました。神はその慈悲深い行動をすべての生き物に見せるため、そのうさぎを月へと昇らせたという話。

そして、中国ではそんな月のうさぎは玉兎と呼ばれ、杵と臼で不老不死の薬を作っていることが有名です。

また、日本にも今昔物語という形で伝わり、望月と掛け合わせて、不老不死の薬ではなく餅をつくなんてお話で代々語り継がれてきました。

こうして人々が語り継いできた結果、言葉が形を変え、うさぎは月で新しい生態系を築くようになったようです。


「明日で君も卒業か、また寂しくなるね。ともあれ、10年間お疲れ様」
「玉兎様」
餅をつく手をとめて振り返ると、月のうさぎ、初代の玉兎がこちらを見ていた。私は慌てて杵を置き、首を垂れる。初代玉兎は神様に認められ、月へと昇られたうさぎで、我々月のうさぎの祖先である。
「君はもう行先は決めてあるのかね?」
「はい。・・・私には会いたい娘がおりますので」
「そうかそうか。無事に会えるとよいな。世界は広いから、決して迷うでないぞ。わしも、しばらくのちにまた君と会えることを願っておるでな」
そう言って初代玉兎は、私の肩をポンポンと叩いて去っていった。


日本のうさぎは死んだ後、月に帰ると言われている。飼っていたうさぎが月に昇ってほかのうさぎと一緒に幸せに暮らしている、そんな飼い主の強い願いが、いつしか伝説と相まって兎生を終えたうさぎが、本当に月へと帰るようになった。

私は、20年前そんな日本に生まれて落ちた。そして出会った娘に育てられ、10年もの長い間幸せに暮らして死んだのだ。こうして寿命を全うしたうさぎは、幸せな記憶をもったまま月へと帰り、生きた年月と同じ時をかけてここで餅をつく。来世のために徳を積んで、そしてまた生を与えられるのだ。
 反対に辛い日々を過ごし、寿命を全うできなかったうさぎは、辛かった日々を忘れ月に帰ってその傷をいやす。そして今度こそ幸せになるために生を受けるのだ。

私は明日、日本へ行く。
20年前、ペットショップで私を選んだ娘は、もう子供ではないし、同じ日本に生まれ落ちたからと言って、もう一度出会えるとも限らない。それでも、私が死んだ時、年甲斐もなく声をあげて泣いてくれた愛しい飼い主に私はもう一度会いたいのだ。

十五夜の夜、毎年団子を供えるそのわきに、『お腹を空かせていませんように』と私の写真を飾ってくれる、あの娘なら、もう一度私を見つけてくれるかもしれない。もう一度笑ってくれるかもしれない。

「さて、もうひと仕事」

私はあふれるほどの愛しい気持ちを込めて、また餅をつき始める。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?