親切な暗殺〜酒とナイフ〜
簡素な依頼だった。
父親を殺してほしい。
暗殺するのに感情はいらない。
ターゲットを殺すだけだ。
顔は見ない。目を合わさない。
物音の響く夜中に音を立てずに部屋へ入る。
アルコールの臭いが充満している。
「うっ……」
鼻と口を押さえる。
部屋の中央に虚ろな瞳で天井を見つめる横になった男性は、侵入者を一瞥した。
「酒はあるか?」
しゃがれた声は、空気が漏れているだけにも聞こえる。
耳を貸せば情が湧く。
ナイフを構えて馬乗りになる。
視線が交わる。
いや、交わったように感じているだけだ。
焦点の合わない横になっている男性の瞳に侵入者は映っていない。
細い首にナイフを当てる。
「さけ、さ、け、……さき」
侵入者は飛び退いた。
さき。咲。
依頼主の名だ。
侵入者は酒を買って男性に飲ませる。
「誰か知らんが、すまんな」
唇に薄く笑みを乗せる父親は、自ら首にナイフを当てる。
「家族に、謝っておいてくれ」
満面の笑みでナイフを首に刺す父親の手に、俺は手を添えて力を加えた。
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