【7】隠された子どもの行方は

6.

 斎が神社庁に押し掛けるとそれがわかっていたようにナギが待っていた。斎は誠の怪我と生霊が清香らしいことから調査を担当させてほしいと願い出た。ナギはふたつ返事で快諾した。
元々大学での幽霊騒動は数日前に調査依頼が来ており、誰を調査に向かわせるかという話でナギが止めていた。ナギは斎と雛乃に調査をさせるつもりでいたのだ。成人していないので正式に依頼はできないので、担当はナギということになる。
「ナギ地区長ももう少し早く情報くれればいいのに」
「確かに。そしたら加賀見くんが怪我しなかったかも」
「そうだよね。それに生霊のことも」
 夏休み、ナギが調査していた変死体は、生霊となった女性が連続して七日間肉体から魂が離れたことによる衰弱死であることがわかっている。
「急いだほうがいい。身体が心配だ」
「ずっと生霊ってわけではないみたいだけど、身体に負担がかかってるだろうからね」
 清香が生霊になっているとは限らない。仮に清香でなくても、生霊となっている人の身体が危険なことに変わりはない。
「いつ肉体との繋がりが弱くなって戻れなくなるかわからないし」
「とりあえず、誠くんの言ってた三号棟とA棟だね」
「うん」
 講義も終わり東の空には夜の気配が色濃くなっている。
 斎と雛乃は目撃情報と頼りに生霊の痕跡を調べる。生霊や死霊がいた場所には何かしらの残滓が残る。三号棟もA棟も集中すると微かに感じられるくらいにはあるが、はっきりとしたものではないので生霊なのかわからない。そもそも残滓があったとして、それが清香の生霊と断定できるものでもない。結局、成果なしだ。時間だけが悪戯に過ぎていく。清香の体調も悪くなっているようで、家族から連絡がくることもある。
斎も雛乃も連日の調査で疲労がたまってきた。
「毎日はきついかな、斎」
 ナギに調査を任されて十日が経った。
「手がかりが見つかってないんだから毎日でも調査しないと」
 斎に焦りと疲労が見える。
「明日はちょっと休もうよう」
 足元がふらついて視界がぼやけた斎は小さくため息をついた。
「……………………そうだな」
 死霊はそこかしこにいるのに生霊は視ていない。気配を探っているが生霊の気配は微塵も感じなくなった。木々たちからも異変は感じられない。生霊なんていたら、ざわつくはずなのに。
 生温かい風が木々を揺らす。葉の擦れる音は日常と何ら変わらない。
 調査していた十日間で生霊は視ていないが、清香は三日ほど大学へ来た。調子がいいと笑顔だったが死人のような顔色をしていた。仮に誠の言っていた生霊が清香だったとしたら、彼女の顔色の悪さもわからなくはない。ただ、確証はない。生霊とは無関係でただ単に本当に体調を崩しているだけなのかもしれない。下手に踏み込むわけにもいかず、斎は心配するだけで何も話が聞けなかった。反対に雛乃は体調が悪い時の様子を聞いていた。清香はほとんど眠っていて記憶がないとしか答えなかった。身体の異変もどうして眠っているのかもわからないらしい。ただ目を覚ました時に強い倦怠感と身体の動かしにくさがあると言う。ひどい時は起き上がることができないらしい。
 清香が生霊であるならば、早く対処しないと身体が持たないのは確かだった。
「二手に分かれよう」
「わかった」
 斎は雛乃と別れて校内の西側へと足を向ける。理系の学部が使う棟が多くある。中央には食堂や体育館、プールや必須科目で使用する大きな講義棟がいくつかある。雛乃の行った東側は文系の学部が使う棟が建っている。A棟は東側にある棟で一番新しい棟だ。三号棟は西側にあるが、食堂などに近い。年季の入った大きな講義棟のひとつだ。
 学園祭が迫るというのに、幽霊の噂で学生はまばらだ。誠は学校で作業を進めると言っていたが、遅くなると幽霊に殺されそうだからほどほどにすると笑っていた。笑い事ではないのだが、楽しんでいるようだった。
 ふいに風もないのに木々がざわめいた。東に不穏な動きがある。
 鼓動がひときわ大きく跳ねた。背筋が凍りつく。雛乃の顔が脳裏に浮かぶ。
 斎は木々に誘われるがままに走る。心臓を鷲掴みにされたかのように苦しい。嫌な汗が流れる。焦燥感が拭えない。
 東に進めば進むほど木々たちの怯えが増す。肌で感じるそれが痛い。何に怯えているのか。
 A棟を視界に捕らえると同時に知った声が耳に刺さる。
「――――⁉」
 叫ぶ声が響いている。角を曲がると地面に膝をついた誠と頭から血を流して倒れている雛乃の姿があった。
「雛乃⁉」
「斎! 雛が――――!」
「救急車呼んで!」
「あ、ああ!」
 誠はスマホを取り出し電話をかける。
傷を見ようと雛乃に顔を近づけた瞬間、殺気にも似た悪寒を感じた斎は顔をあげた。
非常階段の二階、生霊がいる。
視線が交わった。斎はひゅっと息を吸いこんだ。瞬間生霊は消えてしまう。
よく知った顔だった。微笑んではいなかったが、あれは確かに清香だ。冷ややかな瞳が、感情のない唇が斎の脳裏にこびりつく。彼女が心の奥底にしまいこんでいる感情なのだろうか。
斎は震える手で雛乃の額に触れた。自分の隠力を流す。少しでも傷が癒えるように。

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