【3】隠された子どもの行方は

2.

 初めて自分が連れて来られた日のことを思い出した。見える景色が、世界が急に変わったのを鮮明に覚えている。不安と恐怖、好奇心。複雑な感情に喜ぶことも悲しむこともできなかった。今思えばただただ現状を受け入れるしかなかったのかもしれないと斎は思っている。
「ナギさん、その子もしかして――――」
「紹介するよ、いっちゃん。青輝くんだ」
 夕方に帰宅した同居人に驚きながらも、斎は一緒に連れてきた子を見て合点がいった。
「よろしく、青輝。斎だ」
 斎は膝を折って目線を合わせた。
「よ、よろしく、おねがいします」
 青輝はナギの後ろに隠れながら斎を窺う。斎の顔をじっと見つめて口を開いた。
「あ、あのときのおにいちゃん?」
「ああ。元気そうでよかった」
 斎は口元に笑みをのせた。
 緊張を解いた青輝の表情が柔らかくなる。
 一週間前、オカルト同好会主催のバーベキューで青輝を見つけた時に警察が来るまでの間、斎は青輝の傍にずっといた。何を話すわけでもなく残っていた食べ物やジュースを渡していたのだ。
その時に比べるとずいぶん顔色が良くなっている。
青輝の様子は、間違いなく神隠しに遭った子供だった。
 神隠しに遭った子供の中には七年以上行方不明だったのに、ある日突然帰ってくることがある。当時の姿のままで。なぜか法律で死亡したとみなされてから帰ってくる。
子供の行方不明者リストを保持しているのが、警察と神社庁神使部だ。
以前は親元へ帰していた。しかし、神隠しの子供の発現した隠力が暴走することがあり、親元への帰すのを辞めた。気味が悪いと言われることも多く、近隣住民の目を気にする親が少なくなかった。子供に良くない環境では隠力が安定しないことからも、神社庁神使部で引き取っている。
 その神社庁神使部の九州地区をまとめているのが、ナギだ。地区長であるが故に四六時中仕事をしている。ほとんど家に帰ってこない。一緒に住んでいる斎でも会えるのは月に一、二回だ。ましてや、夕飯時に帰宅するなんて珍しかった。
「今日から一緒に住むことになった」
「え? 一時的に預かるんじゃなくて?」
 神隠しの子供の後見人が決まるまで一時預かりをするのもナギの仕事だ。
「他の神使部メンバーには懐かなくてな。いっちゃんと雛ちゃんが最初に会ってるけど、雛ちゃんは一人暮らしだし、大学生だから任せられないだろう」
 ナギの言う雛ちゃんとは、雛乃のことだ。
「いっちゃんは一応、俺と一緒に住んでるし、青ちゃんと一緒に住んでもいいだろうと思って連れてきた。それに最初に会ったいっちゃんと一緒がいいだろう? 連絡くれてありがとな」
 斎は伏目がちで袖口で口元を隠した。ナギからお礼を言われるのは気恥ずかしい。
「部屋、用意しないと」
 斎は青輝の頭を撫でた。ほころんだ笑顔に斎もつられて笑顔になる。
 一時預かりのためにひとつ部屋は空けている。だが、あくまで一時的に過ごせるようにしているだけだ。一緒に住むのであれば机やベッドは新調したほうがいいだろう。
「あと小さい服は少ししかないから明日にでも買いに行こう」
「おお。助かる。俺は明日も仕事だから。よろしくな、いっちゃん」
「え? 一緒に来てくれないの? 一人じゃわかんない」
 ナギは斎を上から下まで見る。顔には出さないが不安でいっぱいになった。
「そうだな。雛ちゃんにでも連絡したらどうだ? そういのは女の子のほうがいいだろう」
「そうだね。連絡してみる」
 ナギはひと安心だと頬を緩める。常に大きめの服を着ている斎には任せられない。持ち物に無頓着な斎だけで行かせるとどんな服を買ってくるかわからない。
何度か斎と一緒に服を買いに行ったことがある。選ぶのはいつも大きめのサイズだった。本人が好きで着るならいいかと思っていたが、青輝の服となると話は別だ。斎のファッションセンスは見習わないで欲しい。
「それより、久しぶりに帰ってきたんだ。いっちゃんのご飯が食べたいな」
 部屋には食欲をそそる香りが充満している。
「ナポリタン。一人分しかないけど」
「あー連絡入れてなかったな、帰るって」
 ナギは後ろ頭をかいた。
「仕方ない。外に食べに行くか」
「じゃキッチン片付けてくる」
「おう」
 斎がキッチンへ向かうとナギと青輝の会話が聞こえてきた。
「いつきおにいちゃんとなぎおじちゃんはかぞくなの?」
「そ、そうだよ。あとおじちゃんはやめてくれ」
「いつきおにいちゃんがおにいちゃんなら、なぎおじちゃんはおじちゃんだよ」
「どういうことかな?」
 ナギの笑顔が引きつる。
「おにいちゃんといっしょにすんでるからおとうさんでしょう? だからおじちゃんだよね?」
「なるほど?」
 頬をひくつかせながらナギは首を傾けて少し思案する。
「斎が子供なら俺は父親ってことね。あのね、青ちゃん。いっちゃんもきみと同じなんだよ」
「おんなじ? どういうこと?」
 今度は青輝が首を傾ける。
「お待たせ」
 斎が玄関に顔を出した。
「続きはあとで話そう」
「うん」
 目を輝かせる青輝の手を引いてナギは歩き出した。
 斎はいつかの自分を思い出しながら彼らの後ろを歩いた。


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