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分身 東野圭吾 著

〈きっかけ〉
東野圭吾シリーズ読破計画の内の1冊
ブックオフで東野圭吾作品ばかり大量に購入

〈感想〉
近代から人間は科学と共に歩んできた。現代は科学技術が進むことによって便利になり、寿命も伸びた。その科学技術はどんどん進歩しているが、進歩した科学は倫理観の壁を前に歩みを止めている分野がある。
生化学はその分野の1つである。
病気になり移植が必要になったとする。(肝臓などは右葉と左葉に分かれており、生命機能を維持したまま個人間での移植が可能である。)
しかし血液型や体重差など、様々な適合条件があり、この条件をクリアする必要がある。
心臓や骨髄などは適合条件が厳しく、ドナーを探すこと自体が難しい。しかし自分のクローンがいればこの問題は一気に解消される。
同じ人間同士の異色であれば必ず適合するためである。
クローンの生成が可能であれば、医学的に大きな進歩だが、当然倫理的に問題があり、国際的に認められていない。

本作はヒトのクローンという倫理的に許されないものが題材であることに対し、本作では家族という集合間での愛情が深く描かれている。
高城晶子のクローンである小林双葉と氏家鞠子、育ちの違いによって全く性格の違う顔が同じ二人の視点を通して物語が進んでいく。
二人はひょんなことから自身の出生に関して興味を持つ。東京に住む双葉は自身の出生の鍵が北海道にあることを知り、北海道に住む鞠子はそれが東京にあると知る。互いを認知していない2人は物語終盤まですれ違い続けるが、レモンや赤毛のアンなどの共通点は彼女らのつながりを意識させる。
お互いのことを認知してからはそれぞれが自分の分身に対して興味を持ち、その手かがりを辿ろうとするが、彼女らは直接的にコンタクトを取ろうとしないところから何とも言えない不安を感じさせる。

2つのものが反対の立場にあることも、それはそれで関係性がある。
双葉の鞠子の関係を象徴するように様々なものの共通点と対比が描かれている。
双葉=鞠子(顔が同じ)
研究室の合成皮革のソファ⇔高城宅の本革ソファ
法⇔倫理観
最後にラベンダー畑で二人が出会うこととこれからを今後も彼女たちの人生が続いていきそうな終わり方
⇔『詩人のシェリーは、湖で自分の分身と出会った翌日に死んでしまった』
など、このような対比が文章の端々に散りばめられていることも作家の腕を感じさせた。

〈要約〉
函館生まれで札幌の大学に通う18歳の氏家鞠子は、大学医学部教授(氏家清)の一人っ子として裕福に育った。
しかし彼女は子供の頃から「母親に愛されていないのでは」という疑問を抱いていた。
中学からは全寮制の名門校に入れられたこともそれと関わる気がするし、また自分の美しい容姿がその母に似ていないばかりか、父の方にもまったく似ていないことも不思議だった。
5年前、年末に帰省した鞠子は久々の家族団らんの後、急に睡魔に襲われ、気がつくと家は火に包まれていた。
鞠子と父は助かったが、母は焼死する。
残された証拠から、火を付けたのは母で、無理心中を図ったとしか考えられなかった。

東京で看護婦をする志保と母一人子一人で育った小林双葉は大学2年の20歳。
父は幼い頃に死んだと聞かされている。
美貌と美声に恵まれ、高校時代からロックバンドで歌っていたが、そのバンドがテレビのオーディション番組で勝ち上がり、出演のオファーが来る。
母はなぜか出演を頑として許さなかったが、夢の叶うチャンスを捨てられず、言いつけを破ってテレビ出演を決行。
一週間後、知らない中年男が母に会いに来て、重大そうな話をしていく。
母曰く中年男は「大学で助手をしていた」ころ助手だった人で「今は教授」だと母は説明するが、話の内容にはふれない。
その翌日、母は盗難車による轢き逃げ事故に遭い、死んでしまう。

母の自殺が自分の出生の秘密に関わると感じる鞠子に、父はそれらについて一切語らず「すべてを忘れろ」と言うばかり。
思えば大学進学時に東京へ行きたいと言ったのを父が絶対にダメだと頑固に拒否したことも不思議だし、近ごろはさかんに海外留学を勧めるようになった。
叔父の家で、学生時代の父のサークルの写真を見つけたが、その中のある女性の顔がマジックで黒塗りされていた。
この写真と、父に関わるらしい昔の東京の地図を頼りに鞠子は上京し、父の母校である帝都大学医学部を訪れて調査を試みる。
女性助手の下条に親切に対応されるものの、謎は深まるばかり。
やがて、テレビで顔を知られたばかりの小林双葉と間違われるということがあり、双子として生まれながら引き離されたのではないかとも考え始める。

その双葉は、駆けつけた伯父の助けを借りて葬式も健気にすませ、伯父の話などから母の過去を少しずつ知っていくが、遺品の中に大物政治家、伊原駿策に関するスクラップのあることに驚く。
やがて、事故の前日に母と話していた男から電話で、藤村と名のり、「色々と説明したいことがあるので、北海道に来てもらえないか」という。
不審には思いながら、母の死の真相を知りたいと思う双葉は北海道へ飛ぶ。
北海道に着いた双葉の前には、彼女の動きを知っていたらしい若い雑誌記者の脇坂講介が現れ、こののち何かと彼女を助けながら、真相解明に協力する。
鞠子の側では下条が、脇坂に似たサポート役となって、徐々に父の過去に何があったかが見えてくる。

双葉と鞠子の出生の秘密が浮上してくるが、そこには氏家清と小林志保、そして顔を黒塗りされた女性の密接に絡む特異な経緯があった。

例の写真で黒塗りされていた女性は大手出版社、聡明社の跡取り息子と結婚して現在は美人社長として知られる高城(旧姓阿部)晶子。
その夫は確実に子に遺伝するといわれるハンチントン舞踏病に冒されていたため、夫以外の精子による受精を考えて大学時代のサークル仲間である医学部助教授、氏家に相談した。
氏家は、所属グループで進めている「クローン技術」を用い、夫婦には告げないまま、晶子の提供した卵子を使ってクローン生成に成功。
クローンはしばらくは冷凍保存されていたが、この研究グループの助手、独身の小林志保が着床実験の母体になることを志願。

着床が成功して月日がたつと、徐々に母性に目覚めた小林はわが子として産み育てたいという欲求を抑えられなくなり、研究施設を脱走して東京へ移住。

氏家もまた結婚後、子供ができないことに悩んでいたが、凍結状態にあるもう一方の受精卵に接するうち、ある誘惑に駆られる。
実は高城晶子は大学時代の氏家がどうしても結婚したいと思いつめていた女性だった。
受精卵は彼女のクローンなのだから、これをわが子にできれば…と。
晶子は結局、子はできなかったものと諦め、その後、高城家では養子を取る。

双葉の援助者として動いてきた脇坂講介は、やがて自分は6歳の時に高城家の養子に入った者で聡明社社員だと素性を明かす。
脇坂の導きで双葉は晶子に会うところまでこぎつけるが、晶子は、若く美しかった自分に生き写しであるはずの双葉との面会を激しく拒絶する。
実の”母子”の対面を期待した双葉だが、ここに自分の居場所はないと悟り、同じ思いを抱いているかもしれない“もう一人の自分”、鞠子に会おうと思う。

鞠子は、藤村ら例の研究グループの残党を抱え込んだ伊原駿策の手下らに拉致される。
富良野の研究施設へ連行され、そこで監禁されている父と再会。
実は伊原も治療困難な病に冒されているため、彼らはそのクローンを作ろうとしており、成功確率を高めるため、クローンの成功例である鞠子か双葉かの卵子を使おうとしているのだった。
仕方なく命令に従っていた鞠子だが、持っていた愛読の文庫本『赤毛のアン』のカバーの裏をふと見ると、いつの間にか父がそこに詳しい状況説明とこの場から逃げ出す方法をびっしりと書き込んでいた。
父の指示どおり窓から抜け出し、富良野のラベンダー畑を歩いて行く鞠子。

後方では施設が爆発・炎上し、目の前に現れたのは、講介の車を奪うようにしてここまで来た双葉…。
「こんにちは」と鞠子が言うと「こんにちは」と同じ声が帰ってくる。

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