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人はいつから

「男の子は好きな女の子にわざと意地悪をするのよ」論には、真っ向反対。そんなことは信じないし、万が一それが真実だとしても、そんな捻くれた子は嫌いでした。

みなさん、こんにちは。ふぐ子です。

「男の子は好きな女の子にわざと意地悪をするのよ」論は、意地悪された女の子のための慰めの言葉だと、それこそ子供の頃から思っているので、私の方がよっぽど捻くれ、拗らせている可能性は否めませんが、確かに人は、感情のすり替えを行います。恥ずかしさや悲しさを、怒りにすり替えることは、本当に良くあることです。時には本人さえそれに気づかない。自分で自分を欺いているうちに、段々こんがらがって解けなくなっていく。そうなる前に、素直になる練習が必要です。なんだか年の差婚は全然関係なくなってますけど、『素直』って、あらゆる人間関係の基本だと思うのです。

なぜ今日はこんな話かと言うと、昔見た光景を突然思い出したからです。


会社帰り、最寄り駅から私はいつもバスに乗ります。
私が降りる終点までの約15分、混み合った車内はいつも暑かった。
その日は、途中にある学習塾前のバス停から、五人の小学生が乗って来ました。
彼等は、多分三年生くらいで、その体には、少し大きい揃いの青いリュックを背負っていました。
眼鏡をかけたちょっとおとなしそうな女の子、ハルちゃん(仮名)。タイプ的にはその対極にいる女の子、アキちゃん(仮名)。多分クラスで一番モテモテな美少年、山田君(仮名)。いつだって意見は中立であまり目立たず、時として存在を忘れられがちな男の子、田中君(仮名)。そして、真っ白な肌、分厚い眼鏡のいかにも秀才という鈴木君(仮名)の五人です。

ハルちゃんは、携帯のカメラ機能を使って、鈴木君の写真を撮り始めました。
さっきまで、ぬぼーっと無表情にしていた彼も、ハルちゃんに携帯を向けられると飛び切りの笑顔を見せます。
既にハルちゃんの携帯のデータは、鈴木君の写真でいっぱいになっていました。
アキちゃんが「山田君の写真も撮りなよ。」と言いました。
確かに山田君は被写体にはぴったりの美少年です。でもハルちゃんは、彼女に生返事を返して、鈴木君の写真を撮り続けました。空気を読んで「じゃぁ撮ろうかな」などという事はしないのです。
ハルちゃんと鈴木君は、写真を撮ってはそれを見て、この上なく楽しそうにしていました。
寄り添うことに躊躇はなく、思いつきを素直にそのまま実行する。
そんな彼らは、まるでそれを恋とは気付かずに、恋の仕草を重ね合わせているようにも見えます。
つい邪な下心を持ってしまう大人は、こんな風に振舞えません。

人はいつから好きになるとおかしな距離を置き、したいことより他人の視線や評価を気にするようになるのでしょう。

そんなことを私が考えていると、それまで存在を消していたかのように静かにしていた田中君が、アキちゃんと山田君に訪ねました。
「お前ら今日も走るの?」
アキちゃんはわからないと首を振りましたが、山田君が「これ頼む。」と田中君にリュックを預けたことで、アキちゃんと山田君の二人は、 暗黙の了解をしたようでした。
その証拠に、アキちゃんもリュックをハルちゃんに預け、終点の一つ手前のバス停で、バスが停車した瞬間に、山田君と一緒に歩道に飛び降りたのです。
「がんばれー!」田中君が声をかけます。
どうやら二人は、終点までバスと競争するのが日課のようでした。
バスより先に走り出した二人を、バスはどんどん追い上げます。
走る二人の様子を窓から見ていた田中君が、振り返ってハルちゃんと鈴木君に囁きました。
「あいつら、手つないで走ってた。」
「ふーん。」
ハルちゃんも、鈴木君も、その事にまったく興味を示しません。
というより、それが何か特別なコトなの?というような反応です。
肩透かしを食らった田中君は、そのまま所在なくバスの手すりにつかまりました。
この5人の中で、男女の触れ合う意味を一番知っているのは、もしかしたら田中君だったかもしれません。

バスが終点に着いたのに若干遅れて、走ってきた二人もゴールしました。
「きもちいいー!」と叫ぶアキちゃんの肩が上下に激しく動いて、新鮮な空気を肺にたくさん吸い込んでいいるのがわかります。

5人は短い挨拶を交わした後、山田君と田中君の2人と、ハルちゃん、アキちゃん、鈴木君の3人に分かれて歩き出しました。
アキちゃんは、道の反対側を歩く山田君をずっと目で追っています。
山田君は田中君とおしゃべにり夢中で、その視線に気付く気配はまったくありません。
そう、まったくなかったのに、アキちゃんが曲がり角を曲がり、姿が見えなくなる寸前に、山田君はアキちゃんの方を見たのです。
なんというすれ違い。
アキちゃんは、もう山田君に背を向けていて、その視線に気付くことはできません。
でも、私は、なんとなく明日は二人が同時に振り向く気がしました。
ただ、なんとなく、ですけれど。

それではまたお会いしましょう。



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