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「愛知の障害者運動‐実践者たちが語る」(現代書館)の紹介

 まず本書を手に取ったとき、不思議とわくわくしたことを思い出す。愛知という地域が障害を持つ人たちにどのような歴史と進歩を用意してきたのか興味深く思えたからだと思う。筆者は愛知に隣接する静岡県浜松市に住みしばらく経過するが、隣り合わせであっても風通しは案外悪くて、特に点在している障害を持つ人の運動や活動の動向や、ましてや過去の出来事などは知る余地もない。本書は、愛知という地域性に焦点化し、その土地に生き、地域での暮らしの形態を創り出してきた障害を持つ人たちの様々な取り組みを1つの記録媒体としてまとめあげることを障害学研究会中部部会の皆さんが着眼したからこそ誕生した、貴重な一冊である。

 ここで、障害学研究会中部部会がなぜ障害者運動発展の土壌として、なぜ愛知という土地に着目したかを本書から紐解いていきたい。

 編者である障害学研究会中部部会は伊藤綾香氏(名古屋大学大学院)、伊藤葉子氏(中京大学教員)、河口尚子氏(立命館大学客員研究員)、後藤悠里氏(東京大学大学院)、土屋葉氏(愛知大学教員)、時岡新氏(金城学院大学教員)を運営委員(本書末尾記録を参照した)としている。それらの人たちが2007年に研究会を立ち上げ、活動をおこなうなかで、「(愛知という:筆者追記)地域」における障害者運動の全体像、団体間の関係、行政の動きとそれと運動との関連について「ほとんど知らない」ことに気づき「知りたい」と思ったことが本書の端緒となっている(p2)。

 そして序論では、渡辺克典氏(立命館大学教員)によって、愛知の障害者運動と切り離すことのできない背景として、革新自治体としての本山市政における福祉施策、そして愛知にある3つの大学、名古屋大学、南山大学、日本福祉大学での障害者運動との関わりが紹介されている。

 それに引き続いて、第Ⅰ部の「患者・障害者運動の系譜-個人史を通して」では児島美都子氏(日本福祉大学名誉教授)が、ご自身の生い立ちや患者、障害を持つ人への関心や関わりが生まれたいきさつ、日本福祉大学教員となり「愛知県重度障害者の生活をよくする会(よくする会)」と出会い、共に行ってきたことなどについて述べている。

 本書はⅣ部構成となっており、第Ⅱ部以降は、愛知を活動拠点とする障害者運動の担い手であるご本人たちによる活動の紹介や、活動の歴史、今後の課題などが言及された文章が続く。

 第Ⅱ部は、2011年10月に行われた障害学会第8回大会(於:愛知大学)でのシンポジウム「愛知における障害者運動―労働をめぐるとりくみと現代的意義」(『障害学研究』8.明石書店、所収)を再録したものである。愛知を活動拠点としながら全国的にみても先駆的な取り組みを行ってきた「ゆたか福祉会」「わっぱの会」「AJU(愛の実行運動)自立の家」について、それぞれ後藤強氏(ゆたか福祉会常務理事)、斎藤懸三氏(わっぱの会代表)、山田昭義氏(AJU自立の家専務理事)が説明を行い、それを受けて山下幸子氏(淑徳大学教員)、樫村愛子氏(愛知大学教員)がコメントを行い、最後に全体討論を行うという順番になっている。

 斎藤氏、山田氏、後藤氏の文章を読むと、それぞれの会の設立の趣旨や活動過程は時に拮抗しつつ独特の個性が見え、とは言っても最終ゴールは同じ地点を目指しているようにも見え、愛知という地域性に着目してこそ浮かび上がるコントラストと感じ、大変面白く読んだ。そもそも「ゆたか福祉会」という発達保障をベースとした「共同作業所づくり運動」を先駆的に担ってきた影響力を持つ障害者運動に対して、「障害者と健常者の共同の働く場づくり」を目指そうとつくられたのが「わっぱの会」であり、「AJU自立の家」は、重度の障害を持つ人がもっと容易に安全に外にでかけられる地域を作りたいという発想からつくられた会である。

 対照的な山下氏、樫村氏のコメントも面白い。山下氏は、3団体の取り組みにおける地域に回収されない障害にまつわる共通性のある論点を提示し、一方、樫村氏は、3団体の取り組みから愛知という地域の特性と障害者運動の主流の物語とは異なる側面を浮き彫っている。

 具体的には山下氏は、「障害者が働くことの意味の多様性」「現行の法制度をどう見るか」「『共同』の意味を再考する」という3点の論点を提示している。しかしそれぞれの論点は、3団体の差異を浮きぼろうとする論点であるとも言える。一方樫村氏は、愛知の障害者運動の特質を、「児島さんも斎藤さんもゆたか福祉会の後藤さんも、外から来て愛知で運動をつくったのですが、このように地域の保守性による問題解決の不全を埋める運動が新しくつくられやすいのかもしれない」(p70-71)、「愛知に初期からラディカルな当事者運動とそれを支える先鋭な支援者が存在したからこそ、愛知には全国的にも影響を与える大きな運動体(作業所づくりの発祥となったゆたか福祉会)や事業体が出現し、そしてそこから本山市政に見られるような革新行政が生まれてそれがさらに福祉制度や福祉のリソースを充実させた」(p67)、「三団体は従来の福祉行政制度の枠組みを超える発想を目指す視点をもっていました。市場、公共性、コモンズを支えるコミュナルな空間の三つをつなげていく発想が今、求められているのに対し、それに応える潜在性を持っている」(p73)と評価している。

 第Ⅲ部では、「運動と事業の四十年―三団体のとりくみから」であり、「ゆたか福祉会」「わっぱの会」「AJU自立の家」の発展史が中心的に関わった人たちの語りを基に文章化されている。第Ⅱ部が各団体の総論だとすれば、この第Ⅲ部には詳細な実践史が描かれている。第Ⅲ部を読むと、実践史は「実践をなさってきた人の人間関係の妙から形成されていく部分が結構あるな」と感じる。人が出会い、歴史が動くことのダイナミズムを、臨場感を持って知ることのできるこの第Ⅲ部によって、第Ⅱ部での総論的な各団体の活動の特性が、より色彩を持って伝わってくる感じがしてくる。

 例えば、秦安雄氏(日本福祉大学、中部学院大学名誉教授)によると、「ゆたか福祉会の設立に関して、本山市政との関連ですが、革新本山市政の発足は1973年で、ゆたかは前年の1972年に法人化しています。本山先生には、市長になる前から「不就学をなくす会」の会長をお願いしていました。名古屋大学の教育学部におられた時代から、私は、障害児教育の研究で共同研究を一緒にやっていた経験もありました。教育学会などでも一緒でした。その点で、ゆたか福祉会のことはよく理解していただいていました。」(p109)


 他にも、AJU自立の家の始まりが、先に紹介した山田氏が所属する、「愛の実行運動」を啓蒙活動しているカトリック押切教会の神父に、山田氏がある障害を持つ人の困りごとを相談したことがきっかけとなっていたことが書かれてあったりする(p192)。

 こうした詳細な実践史は、今後、各団体の活動の思想性を深く掘り下げる研究を行ううえでも貴重な資料となり得ると考える。

 最後の第Ⅳ部では、愛知での運動あるいは活動団体として、名古屋ライトハウス(視覚障害)、名古屋うつ病友の会・草の根ネット・雑草(精神障害)、愛知県聴覚障害者協会(聴覚障害)、さらに障害種別を超えて設立された愛知障害フォーラム(ADF)について、やはり中心的に関わった人たちの語りが文章化されている。そして巻末には、紹介された活動団体の活動年表も付されており、非常に丁寧な書籍として仕上がっている。


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