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HipHopとオタクをめぐる覚え書き-其の1:黒人文化とアニメ編-

HipHopとアニメの関係は意外と深い。何かとラッパーはアニメのキャラを引用したり、アニオタ的な振る舞いを好んで行う傾向にある。Denzel CurryやJuice Wrldがドラゴンボールに影響を受けていたのは有名な話だし、Lil Peepは自身のブランドからONEPIECEをオマージュしたTシャツを販売していた。Lil Uzi VertはNARUTOの綱手からインスピレーションを受け、現在24億円もするピンクダイヤを自分の額に埋め込む手術を計画していると聞く。

それにしても、何故これほどまでにラッパーはアニメを好むのだろう。日本にいる自分からすると、彼らの文化圏においてどの様にアニメは受容されているのかイマイチピンとこない所がある。

その因果関係を考えるに当たって、ある面白い考察をRedditで発見した。
スレッドのタイトルは「HipHopとアニメとの関係性について議論しよう」というもの。


スレッド主はHipHopとアニメの関係性について、その歴史を振り返った文を書いている。めちゃくちゃ長いので全文紹介することはできないが、そこに連なる他コメントも含め興味深いものが多かったので、特に面白かった考察について紹介していく。

90年代のラップといえば、ギャングスタ・ラップのようなマフィアをテーマにしたものが一般的かもしれませんが、ヒップホップとアニメの関係はこの頃から始まっているようです。1996年2月、『The Boondocks』というコミックストリップがHitlist.comで公開されました。このコミックストリップは、作者のアーロン・マクグルーバーがマンガを愛していたことに大きく影響を受けたビジュアルスタイルを持っています。その後、コミックはヒップホップ雑誌「The Source」に連載されます。

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※「The Source」誌に掲載された「The Boondocks」の一ページ。

また同年末、Wu-Tang ClanのGhostface Killahは、1967年から1968年にかけて放送されたアニメ「Speed Racer」の映像を使用したシングル「Daytona 500」のビデオをリリースしました。


1998年には、漫画家の岡崎隆司氏が、ヒップホップとソウルミュージックへの愛に触発されて、漫画「アフロサムライ」を制作しました。さらに2007年には、ウータン・クランのRZAがアニメ化された「アフロサムライ」のサウンドトラックを録音しています。

ラップの歌詞にアニメが登場するようになったのは、2000年代初頭のこと。2001年、Wu-Tang ClanのRZAは、LP「Digital Bullet」から「Must Be Bobby」をリリースし、「Sit in the sun six hours then I charge up like Goku / Dragonball Z; imagine you're raggin me(太陽の下で6時間過ごした後、ドラゴンボールZの悟空のようにチャージする)」とラップしています。これは、ラップの中で最も早くアニメを直接参照したもののひとつかもしれません。
このようなアニメへの言及は、2000年代初期にはほとんどありませんでした。2005年、ルーペ・フィアスコはカニエの「Touch the Sky」に参加し、「Lupe steal like Lupin the 3rd(ルーペはルパン三世のように盗む)」というセリフを吐いて、漫画「ルパン三世」を参照しました。その後、ルーペは2007年にリリースしたLP「The Cool」内の「Gold Watch」という曲の中で「I like Goyard bags and green Now & Laters / Monocle magazine and Japanese manga(俺はゴヤールのバッグと緑のNow & Laters / Monocle誌と日本の漫画が好きだ)」というセリフで、マンガ好きであることを繰り返し強調しています。

Posted by pinkfloyd873

その後2000年代後期にKanye Westが「Stronger」のPVでAKIRAを引用したエピソードを紹介し、来たる2010年代以降の爆発的なアニメの引用の増加に至る流れを説明している。

また、他のユーザーからは今の20代のラッパーが多くアニメを引用する理由に、2000年代初頭に放送されていたケーブルテレビの影響があると指摘する声もあった。

アニメとヒップホップには強い関係があると思います。なぜなら、2000年代の多くの人々は、アニメをToonamiで見たり、オンラインで見たりして育ったからです。多くの有名ラッパーがアニメについて言及していますが、アニメを音楽の真面目なトピックとして使うことができるようになるには、まだ時間がかかるかもしれません。

Posted by Wesley_Rocco

ここで登場しているToonamiというのはカートゥーン ネットワークのアニメの放送枠の名称だ。放送される作品はカートゥーンだけではなく日本のアニメも多く、特にドラゴンボールやエヴァンゲリオン、NARUTOやガンダム、パトレイバーやフリクリ、鋼の錬金術師など幅広いアニメが取り上げられている。事実、Denzel CurryのインタビューではToonamiでアニメを観ていた、という言及が何度もなされている。

日本のアニメの中でも、特にドラゴンボールと黒人のアイデンティティとの親和性の高さを指摘する声もある。

Wu-Tang ClanのRZAは、著書「The Tao of Wu」でドラゴンボールと黒人文化の関係について言及している。「黒人の旅を表しており、物語が進むにつれ、それをよりはっきり感じることができるようになるんだ。孫悟空はスーパーパワーを持っているけど、最初はそれをちゃんと理解していない。頭のケガで記憶が失われているから。そしてある日、悟空は限界を超えてスーパーサイヤ人として目覚めるのさ。黒人がドレッドヘアにするみたいに」。

また、「黒人男性がドラゴンボールZを愛する理由」というコラムではコミック作家であるD.J. Kirklandはこう語っている。


「自分はどこから来たのか、自分の家族はどこから来たのかということが、巡り巡ってドラゴンボールにも当てはまるので、黒人は共感できるのだと思います。アメリカで生まれた黒人のうち、自分たちがどこから来たのかわからない人たちは、自分が何者かを自覚したいと考えているものです」

Redditのスレッド内でも似た様な話題が上がっている。個人的に特に面白いと思ったのは下記のコメントだ。アニメの主人公と黒人文化はマイノリティという共通項で結ばれているのではないか、という指摘。

アニメはヒップホップとの関係だけでなく、もっと深い関係があります。ブラック・ユースとの大きな関係です。私はたくさんのアニメを見ていましたし、今でも見ています。当時、私や他の多くの黒人の子供たちにとって、アニメは現実からの逃避であり、ほとんどのアニメの物語は追放されたヒーローの物語でした。父親がおらず、母親もいない黒人の子供として、私はある意味で早く成長しなければなりませんでした。アニメのおかげで、たとえ悪い手でも良い手でも、忍耐力が自分を際立たせることを学びました。DBZやNARUTOがファンの間で人気があるのは、彼らが心優しい亡命者でありながら、自分に陰口を叩いた人々を助けるために戻ってくるという、非常に親しみやすいキャラクターだからだと思います。

まぁ、ただのアニメオタクでしかないとは思いますが。
Posted by lordfeolindo

この意見には同意する声も多く、こんなコメントが続いていた。

黒人文化は一枚岩ではありませんが、白人に比べて趣味などがまとまっているのは確かだと思います。私たちは共通の趣味を深く共有しているので、アニメはいつもどこにでもあるものでした。私の学校では、アニメを見ないのはおかしいし、キャラクターの名前を間違えたりすると叱られます。
一方、白人の多い学校では、オタク(アニメに興味がある人)、体育会系、芸術系など、より多様な興味を持っているかもしれませんが、違いはあっても、全体としてはより局所化する傾向があります。

追記:もうひとつ思いついたことがありました。私は子供の頃、メディアに登場する黒人のヒーローは醜いものだと思っていました。しかし、アニメを見ていると、多くのキャラクターが特定の人種にきちんと当てはまるという訳ではありません。キャラクターはみなファンタジックなスタイルをしているので、彼らを尊敬したり一緒に喜んだりするのが「簡単」なのかもしれません。ピッコロは確かに私(みんなそうだと思いますが)には理由もなく黒人であると感じられました。

Posted by supah015


話をまとめよう。90年代中盤からWu Tang Clanをはじめとする「オタク的」なラッパーたちは早くからアニメの引用を行っていた。しかし、それはあくまで一部の好事家の為のものでしかなかった。
実際にアニメの影響力が強くなるのはケーブルテレビでアニメが普及し始めた2000年代初頭ごろからとなる。
多様な人種性をまだ今ほど自由に描きづらかった頃、ケーブルテレビからはドラゴンボールをはじめとする多くのアニメが放送された。それを通して黒人の子供達は、自分たちと同じマイノリティの感情に寄り添うヒーローを日本のアニメの中に見出していく。時が経ち、アニメに影響を受けた子供たちの中にはラッパーとなった者も現れた。彼らは自分の原体験を歌う中で、自然にアニメの引用を行う様になった、という流れでひとまず解釈できるだろう。

さて、確かに黒人文化におけるアニメの受容の歴史は理解できた。しかし、白人にはアニメを見る層がいることも忘れてはいけない。例えばハーフではあるが、Logicはアニメ好きのナードとして名を馳せている。MC Frontalotをはじめとする白人のいわゆるナードラッパーたちが産み出した「Nerdcore」という一大ジャンルがあることも忘れてはいけない。次回はこの白人サイドにおける「ナードとHip Hopの関係」に迫ってみたいと思う。

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