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Play Stationの「画面表現/音楽」についての覚え書き -ポリゴンのゆらぎがアートになる時-

はじめに
子供の頃に触れてきたゲームは成長しても親しみが湧くもののようで、自分は特に初代の「Play Station」の画面や音楽の特有の雰囲気が好きだ。
現在20代中盤~後半の人の多くはいわゆる「プレステ世代」に当たると思うが、その世代にはやはり自分と似たような趣向を持つ者が多いようだ。
それに気づいたきっかけとなったのが今年配信されたインディーホラーゲームである『散歩 - Walk』の存在である。

上記は「散歩 - Walk」のティザームービーだが、見てもらうと分かる通り、PS1的なポリゴンの粗さがかえって陰鬱な雰囲気を産んでいる。

このゲームは『Demo Disc 2021』と言うインディーホラーゲームの詰め合わせに収録された作品だ。
近年、インディーゲーム開発者の間ではPS1のリバイバル的なゲームプロダクトが秘かな流行となっているようだ。


「Demo Disc 2021」の企画元である『The Haunted PS1』は、世界中にいる低解像度ホラーゲーム制作者の一大コミュニティーだ。上に挙げた動画は「Demo Disc 2021」のトレーラーだが、この映像自体もしっかり90年代風にしているのが面白い。
ここに収録されたゲーム作品数は「散歩 - Walk」も含め、何と25本。世界中にそれほどの数の低解像度ホラーゲーム好きが居ることがそもそも驚きなのだが、調べてみるとこれ以前にも2016年には『Back in 1995』というPS1ライクなホラーゲームがPlayStation Vita向けに開発され話題となっていた。

また、海外には「Demake」(デメイク)という最新のゲームを古い設定で作り直す文化が盛んだ。中でもPS1風デメイクは人気で、『Cyberpunk 2077』や『デス・ストランディング』を題材にした動画が次々と作成されている。

しかし、ここで単純な疑問が浮かぶ。PS1ライクな作品は何故これほどまでに制作されているのだろうか?
もちろん世代による影響もあるだろう。だが、それ以上にPS1の表現は「インディーでゲームを作る」という行為そのものと強く親和性があるようだ。先ほど紹介した「Back in 1995」の作者である一條 貴彰氏は、開発者の視点から以下のように述べている。

世の中にはピクセルアート愛があふれている。ドット絵は文化で、どんどん進化しているし、若いファンもどんどん増えている。またサウンド面でもチップチューンはジャンルとして確立している。私もそうしたイベントでグッズを買い、ピクセルアートのゲームをプレイすることが大好きだ。 しかし、私自身のゲームの趣味が爆発したのは初代PlayStationからだった。初期ポリゴンゲームがゲームの原体験である私にとっては、「なつかしい」とはちょっと違う感覚だったのだ。こうした時代のものから、「価値を見出せないか?」と思い立ったのである。つまり『Back in 1995』は実験なのだ。
https://madewithunity.jp/stories/back-in-1995/

ここで一條氏が「なつかしい」、ではなく「実験」という言葉を使用しているのが印象的だ。確かにPS1の画面表現は、粗さやチープさがかえって独特のリアリティをゲームに宿している。それはドット絵の温かみとはまた違う、旧式の監視カメラやビデオテープの映像を見ているような奇妙なリアリティだ。PS1ライクなゲーム制作者がホラーゲーム制作者が多いのもそうした独特の粗さやリアリティがホラーの演出に向いている故かもしれない。

PS1の画面表現
では、この「PS1独特の画面の粗さ」の正体とはいったい何なのだろう。
これはゲーム開発者の間で「ポリゴンのゆらぎ」と呼ばれる有名な現象であるらしい。
一條氏はゲーム制作のノウハウについて、下記のサイトにまとめてくれている。中でもPS1のハードウェアの特徴から「ポリゴンのゆらぎ」を説明してくれている箇所は非常に面白い。

PS1のハードウェア構成のうち、ビジュアルに最も特徴的な影響を与えるのが「GTE」と呼ばれるベクトル演算専用のLSIです。これはベクトルを固定小数点演算することが特徴で、計算精度が落ちる代わりに(当時としては)大量のポリゴンを処理できました。
これがPS1特有の「ポリゴンのゆらぎ」を生みます。
また、GTEにはテクスチャのパースペクティブコレクション機能がないことも重要なポイントです。パースペクティブコレクションは。ポリゴンにテクスチャーを貼る際に、視点からの距離を加味してテクスチャーを拡縮する機能です。PS1はこの機能が省かれていたため、テクスチャーに対して独特の「歪み」が出ていたわけです。

つまりPS1は、リッチなグラフィック表現のため当時のハードの限界まで処理できるポリゴン数を増やそうとした。その結果、やむなく生じてしまう演算誤差の影響で、ポリゴンの間に特有の「継ぎ目」ができているのだ。また視点距離を加味するパースペクティブの補正処理を省いているため、テクスチャマッピング(=材質感などを演出するために、3DCGの表面状に貼られる画像)にも独特の歪みが出る。

黎明期に生まれた苦肉の策ともいうべきハードの問題点が、かえってゲームファンの心を掴み、その後のゲーム表現のいちジャンルとなるまでに至ったという訳だ。

(PS1風の表現を可能にするシェーダーのUnityでの適応例。物体が動いた時にポリゴン同士のずれが生じ、形態がゆらいでいるのが分かる。)

PS1のサウンド
PS1はサウンド面においても大きな特色があるが、その説明に入る前に、当時のゲームがどのように音を鳴らしていたか確認してみよう。

スーパーファミコン(以下SFC)以降の音楽というと、ゲーム機自体が「プリセットシンセ化」し音を鳴らす手法が取り入れられていた。当時の技法について、「ゲーム音楽のしくみ」というサイトにわかりやすくまとめられている。

  そして、スーパーファミコンの登場で家庭用ゲーム機の音楽は一気に変革する。スーパーファミコンでは『デジタル化した波形データを音色として持ち、それを鳴らして楽音を奏でる』PCM音源を搭載、この時からゲーム音楽の音色にサンプリングが用いられるようになる。
例えば、ストリングス(弦楽器、たとえばバイオリン)の音色が必要であるとして、サウンドデザイナーがまず行うのは、シンセサイザーや音色CD-ROM(サンプリング素材)から使えそうなストリングスの音色を抜き出し、編集したり合成・加工することで、そのゲーム用のストリングスの音色を作成することである。そして、そのストリングスの音色はそのままではスーパーファミコンで鳴らすには容量が大きいので、メモリーなどを考慮して適度にダウンコンバートするのである。波形データは大きくなりがちなものの、ピアノは明らかにピアノ、ラッパは明らかにラッパの音がするようになった。ソフトの中に、専用のプリセット音源を内蔵する感覚に近い。あとはゲームの進行に合わせて適宜ロードし(もしくは音色データをRAMに常駐させ)、ともにローディングされた演奏データ(シーケンスデータと言っていい)からの指令によって発音し、楽曲を奏でるわけである。
http://gamerseden.kir.jp/gm_sikumi/gmsikumi.html

ちなみに、当時SFCは同時発音数8チャンネルであった。これは内蔵音源を最大で8音同時に鳴らせるようになっていたという訳だ。当時のMIDIが32音が主流であった為、かなりの制限があるように見えるが、ファミコンの同時発音数が4チャンネルだったこと、更にはSFCにはディレイやリヴァーヴの機能まで搭載していたを考えると飛躍的な進歩だと言える。
このSFCのサウンドシステムは、ソニーの元ハードウェアエンジニアであり、ほかでもないプレイステーション開発の主導者である久夛良木健氏が開発を手掛けていたのは有名な話だ。

さて、PS1に話を戻そう。PS1のサウンドLSIである「Sound Processing Unit」(通称SPU)の仕様を確認すると以下のようになっている。

・音源:16bit ADPCM
・メモリ:512KB
・サンプリング周波数:44.1kHz
・同時発音数:ステレオ、24チャンネル

ここで注目すべきなのはPS1のチャンネル数は24、これはつまりゲーム機から最大24個の内蔵音源を同時に鳴らすことができたことだ。SFCと比べてもその数は3倍にも及び、当時のDTMにも引けを取らない。
しかし、音声の最大チャンネル数が24と言えども、その最大音数全てがいつでも使えるわけでは無い。前提としてCD-ROMのデータ容量は700MBほどだが、グラフィックやキャラクターのセリフなど他の要素を踏まえた上で音楽の使用可能な容量は決められる。また、ゲーム進行中にCD-ROMからデータをロードする際、メモリのスペック上、処理できるデータ量にも限りがある。ゲーム音楽と言うとファミコンのようなレトロゲーサウンド、限られた音数や音色で作られた通称8bitサウンドが有名だが、PS1においてもこうした内蔵音源の制限が存在した、と言うわけだ。

またSPUによる内蔵音源のサウンドメイキングは作曲者自身がディレクションする場合もあるが、サウンドデザイナーに変換を一任される場合が多い。
ゲーム本編と同様、今なお高い評価をうける「サルゲッチュ」のサウンドトラックだが、このPS1のSPU音源変換についてコンポーザーの寺田創一氏は自身のブログで以下のように語っている。

当時PlayStation上では”SPU”と呼ばれる音源とMIDIソングファイルの組み合わせで音楽を鳴らす必要がありました。作った曲をSPU形式に変換する作業はサウンドデザイナーの手に委ねられていたので、作った時とは雰囲気が変わっていた曲もかなりあったんですね。http://www.fareastrecording.com/mt/new_release/_2011215.html

そうした経緯もあってか、実は現在発売されているサルゲッチュのサントラ、『サルゲッチュ・オリジサル・サウンドトラック』はPS1のSPU音源変換前の、寺田氏自身のオリジナルテイストに近い形で修正したものとなっている。

(上記は初代PS版)

(上記が寺田氏のオリジナルミックス版)

言うなれば「サルゲッチュ・オリジサル・サウンドトラック」は、当時PS1のプリセットシンセで鳴らした楽曲を、十数年を経て再レコーディングし直した作品と言える。
もちろん作者本人の意向が100パーセント反映されたバージョンの方が本来は良いに決まっているのだが、しかし同時に、(そこに確かにノスタルジーはあるものの)実際のゲーム機から鳴らされた変換済みの音源に味わいを感じるファンも多いことは確かだ。

さて、ここで実際に遊んでいた人間からすると「CD-ROMなんだから音源はソフトの限られた内蔵音源じゃなくてCDから再生すればいいじゃん」という疑問が浮かぶだろう。
実際、ソフトの内蔵音源に頼らないCDからの音楽再生を行ったゲームも存在したらしい。だが、これについてもCD-ROMから直接読み込みとなると内蔵音源の使用に比べてロード時間が膨大になることと、一曲が終わると次の曲が流れるまで長い無音の時間が生じることがネックになった。その為、本編プレイ時にストレスにならない程度のロード時間にしつつ、シームレスに音楽をつなげるとなると、ファミコンやスーファミなどと同様、依然内蔵音源を使用せざるを得なくなると言うわけだ。


しかし、PS1の音楽の特異性はその内蔵音源にあるのではなく、むしろゲームのOPやED、長尺のイベントシーンといった特定のパートでCD音源を引っ張ってくる演出が可能になった点にこそあると言える。家庭用ゲームが、ゲーム主題歌という形でミュージシャンの楽曲とのタイアップが可能になったのも、CD-ROMが導入されたこの頃からと考えていいだろう。
映像の時間や流れる曲があらかじめ決定しており、またロード時間が長くなってもストレスがかからない部分ではCD音源、それ以外のプレイアブルな部分ではソフトの内蔵音源、といった風に用途ごとに使用を使い分けることで作品の音楽世界を格段に広げることが可能になったのだ。

起動音
PS1で忘れてはならないのが、何よりもあの「起動音」では無いだろうか。

「バァーン!」というシンセの荘厳な音が鳴ったかと思うと、真っ白な背景にSONYのロゴが浮かび上がり、暗転後キラキラとしたウィンドチャイムとガムランを混ぜ合わせたような響きとともに、黒背景の中でPlay Stationのロゴがゆっくりと立ち上がる……独特の神秘性とどこか恐ろしい音の響き、白と黒の空間の無機質さなど、トラウマになっている人も多いのでは無いだろうか。
面白いことに、このSONYロゴとPSのロゴでそれぞれ流れる音楽は、一見別の曲のように聞こえるが、実は構成音が同じ作りになっている。下記の動画で起動音の「カラクリ」が解説されている。

動画によると、ここで使われている音声は「バーン、というシンセの音」、「ウィンドチャイム的な音」、「ノコギリを擦ったような音」のたったの3つしか無いと言う。予め録音された音源を流すのではなく、3つの単音声を再生スピードやピッチの変更を行いながら、起動するたびにリアルタイムでミックスして鳴らしている仕組みなのだ。

この仕組みは、データ容量削減の意図があるとともに、BIOS起動時に本体のプログラムが正常に作動しているか同時に確認するために行われているそうだ。多くの子供を震え上がらせたあの起動音は、スタートボタンを押す度にプログラムがせっせと作り上げていたアンサンブルだと思うと面白い。

おわりに
本来であれば「ハード」は「ソフト」を駆動させるための土台でしかない。にも関わらず、歪みを持つグラフィックやサウンド、そして不気味な起動音に至るまで、PS1は「ハードそれ自体が特有の世界観を持っていた」のが何よりもの魅力なのかもしれない。
3Dゲーム機の技術革新の黎明期、今までに無いゲーム表現を実現するために性能の限界スレスレを攻めたPS1。発売から25年以上が経った今、ハードの枠を超えて、一つのアートスタイルと化しているようだ。
一條氏曰くPS1的表現は「なつかしさ」ではなく「実験」であると言うが、新しい世代のゲームクリエイターが、このアートフォームを使ってどんな表現が産まれるのかとても楽しみだ。

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