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「ゴッドファーザー」解説【永遠の名作】

「ゴッドファーザー」は1972年公開のアメリカ映画。映画史上に残る傑作です。マフィア映画として有名ですが、実際には家族の愛と悲劇を描く物語です。

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ここでは最も完成度が高いパート1のみを取り上げます。

「運」によって成立した奇跡の名作

「ゴッドファーザー」は全ての要素がうまく行った映画です。演技、撮影、音楽、脚本、編集、全てがです。それはもちろん監督のF.F.コッポラの功績ですが、彼自身も二度とこのような完成度の作品は作れていません。たまたま映画の神様の気まぐれで成立したとしか思えない、奇跡のような映画です。

豪華なキャスト

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主演はマーロン・ブランド。
映画史上最大の俳優といわれる天才ですが、才能がありすぎて仕事に熱心になれず、一時期の名声は失われつつありました。追い詰められた彼がようやく本気で取り組んだのが、この映画の「ビトー・コルネオーネ」役です。
彼に比べればほとんどの俳優は、無理をして体を動かし、無理をしてセリフを語っています。ブランドは全てを自然に表現します。それでいてマフィアのドンにふさわしい威圧感があるのですから、本当の天才と思わずにはいれません。
しかし彼もこれ以降、「地獄の黙示録」で怪演をした以外はこれといった作品を残せていません。いわば天才の一世一代の名演技を鑑賞することができます。

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三男マイケルの役はアル・パチーノ。この映画で一躍スターに上り詰めた彼ですが、実は演技はあまり上手くありません。同世代のデニーロにくらべれば大きく落ちます。しかしこの映画では、脇を固める俳優が素晴らしいため、パチーノも素晴らしく見えます。特にブランドの影響力が感じられます。同じゴットファーザーでも、パートⅡ以降の演技は大きく落ちます。(パートⅡ以降はブランドは出演していません)

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次男フレッドの役は夭折した名優、ジョン・カザールが演じています(サングラスの男です)。気弱で、軽薄で、頼りない次男を見事に演じています。カザールはこの後数本の映画に出演しますが、6年後若くして病死してしまいます。この作品と「ディア・ハンター」が彼の代表作品になりました。惜しいですね。でもこの映画では絶妙の演技を見せてくれます。

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養子のトム・ヘイゲン役はロバート・デュパルです。登場人物の中では理知的なキャラクターを、見事に演じています。
「地獄の黙示録」ではギルゴア中佐という、全く対照的な暴力的な役を上手に演じていますので、本当に実力のある俳優です。

絵画を連想させる深みのある撮影

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撮影はゴードン・ウィリス。冒頭の暗く、印象的な撮影で一世を風靡しました。
昔テレビで彼がインタビューに答えるという番組がありました。
「われわれはたしかに暗く撮影しすぎたかもしれない・・しかしレンブラントだってときどきやりすぎたさ」。
レンブラント、あるいはカラバッジオの絵のような、影の深い照明が、この映画に重厚な奥行きをもたらしています。

巨匠による映画音楽の代表作

音楽はニーノ・ロータが担当しています。実績からは映画音楽史上最高の位置にいる作曲家です。
フェリーニのほぼ全ての映画、ほかにもビスコンティの「山猫」、クレマンの「太陽がいっぱい」と、名だたる監督の作品を手がけています。
その彼にして「最も記憶に残る作品はゴッドファーザー」と言わしめるだけの、とても良い出来になっています。
「愛のテーマ」が最も有名ですが、ワルツも素晴らしいですね。

ゴットファーザー「ワルツ」 冒頭の結婚式でも使われ、ラストの自宅での戴冠式でも使われます。

ゴットファーザー「愛のテーマ」 シチリア島でのラブシーンに使われます

音楽を守りきったコッポラの耳

ニーノ・ロータの音楽は、クラシック調のものでしたので、当初プロデューサーのロバート・エヴァンスの反対に遭いました。エヴァンスは「ある愛の歌」のプロデュースをした人物で、自分の音楽センスに絶対の自信を持っていたからです。音楽をもっと一般の人に親しみやすいものに変えなければヒットしないと反対したのです。しかしコッポラは敢然と抵抗しました。
「この音楽を降ろすなら、私も監督から降ろしてくれ」
結果的にこの選択はコッポラが正しく、ロータのクラシックな音楽が、暗いカメラ、重厚な演技、文学や映画の過去の名作を下敷きにしたストーリーに完璧に調和する美しい世界を作っています。
これが通常の映画音楽でしたら、マフィア映画のすぐれたもののひとつ、というレベルで終わっていたと思います。これほどの完成度にはならなかったでしょう。

コッポラの信念は、自分自身の耳への自信からくるものです。
実はコッポラの父は、クラシックのフルート奏者で、トスカニーニ率いるNBC交響楽団のメンバーだったのです。音楽的教養が豊かだったのもうなづけます。
彼は耳のよさを生かして「地獄の黙示録」のワルキューレの騎行、「ゴットファーザーパートⅢ」のカヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲など、映画史上に残る美しい音楽シーンを残しています。

文豪の小説をもとにした原作・脚本

この映画はマリオ・プーゾの原作を脚本家したものです。この原作の出来が大変良いのです。
父、長男、次男、三男、養子の、一人の父と四人の子供の物語です。この原案は、ドストエフスキーの長編小説「カラマーゾフの兄弟」にあります。
カラマーゾフも父、長男、次男、三男、養子の、一人の父と四人の子供の物語です。父は殺され、長男は殺人の罪を着せられて流刑になり、次男は発狂、結局三男が後を継ぎます。このロシアの地主の物語を、アメリカのマフィアの物語に翻案したのが、ゴッドファーザーです。
「カラマーゾフの兄弟」は世界文学史上最高傑作の一つですから、この映画の内容が重厚で、手ごたえのあるものになったのもうなづけます。

映画史を意識したクライマックス

この映画のもう一つの下敷きは、ソ連の映画監督エイゼンシュタインの「戦艦ポチョムキン」です。階段を落ちること、モンタージュを使うこと、二点を下敷きにしています。

ゴッドファーザーの終盤、敵のマフィアのドンを階段の下から打ち落とすシーンがあります。敵のドンは撃たれて階段を転げ落ちます。そして違う映画ですが、ゴットファーザーパートⅢでは、主人公と家族が階段から転げ落ち、覇権を失います。ここでは「階段から落ちる」ことが、権力の喪失を表現しているのです。

エイゼンシュタインのポチョムキンには、「オデッサの階段シーン」という有名な場面があります。オデッサの階段に居た一般市民が銃撃を浴びて転げ落ちます。その落ちるさまを当時としては大変劇的に描写して有名になりました。上映の日、「この日、映画は芸術になった」と言われたそうです。

「ゴッドファーザー」の階段落ちのシーンは、この「オデッサの階段シーン」を受け継いだものです。日本映画でも「鎌田行進曲」が階段落ちによる権力の移行を描いていましたね。もちろんポチョムキンとゴットファーザーを意識してもことです。
ゴッドファーザーの作中、映画プロデューサーが「どうだい、見事な馬だろう」というシーンがあります。「ロシアの皇帝でも買えない馬だ」と。コッポラはさりげなく、ロシア、ソ連に下敷きがあるということを示しています。

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階段を転げ落ちるバルジーニ

階段から落ちる=権力から転げ堕ちる

ゴットファーザー、洗礼と暗殺のシーン。
上の写真のシーンです。宗教性と血なまぐささが同居した名シーンです。
殺人シーンと洗礼シーンが交互に登場します。この編集方法もモンタージュと言って、エイゼンシュタインにならったものです。

『戦艦ポチョムキン」よりオデッサの階段シーン人間が転がり落ちてゆきます。カメラがめまぐるしく切り替わる編集は、モンタージュと呼ばれる映画の中心的な技法です。

「ゴッドファーザー」という映画が、演劇、絵画、音楽、文学、映画、あらゆる意味で超一流なのがお分かりいただけたと思います。

対句表現で組み立てられたストーリー

いくつもの「対句」表現で全体は組み立てられています。だから統一感があります。

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1-1:ボナセッラの娘は顔をぐちゃぐちゃにされた。ドンは報復をした。

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1-2:ドンの息子(ソニー)は全身をぐちゃぐちゃにされた。ボナセッラは修復した。

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2-1:ドンはパン屋の娘の恋人がイタリアに帰るのをストップさせた

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2-2:ドンの息子はイタリアに逃げた

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3-1:コニーの結婚式では神父がおらず、卑猥な歌が歌われていた

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3-2:アポローニャの結婚式では神父により敬虔な儀式が行われた

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4-1:コニーの結婚式では新婦は父と踊る

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4-2:アポローニャの結婚式では新婦は新郎と踊る

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5-1:ドンのお願いを拒絶した映画プロデューサーは、馬の首を切られた

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5-2:ソロッツォのお願いを拒絶したドンは、ルカの首を絞められた

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6-1:ドンは小さなバーの会議で麻薬取引を断った

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6-2:ドンは大きく豪華な会議室で麻薬取引を了承した

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7-1:ドンは車の外で撃たれた。外にはオレンジ

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7-2:ポーリーは車の中で撃たれた。中にはお菓子

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8-1:ドンはオレンジを買おうとして後ろから銃で撃たれて倒れる

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8-2:ドンはオレンジを口に含んで孫を驚かし、後ろから水鉄砲で撃たれて死ぬ

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9-1:マイケルは病院の玄関の階段の上で頑張った

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9-2:バルジーニは階段の上から転がり落ちた

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10-1:カルロがだましてソニーは車ごとぐちゃぐちゃになって殺された

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10-2:マイケルがだましてカルロは車のフロントガラスを割りながら殺された

他にもまだまだありそうですね。こういう内部構造は、一流の作品の多くは持っているものです。

内部構造を明快に言葉にするには何度も何度も鑑賞する必要がありますが、人間の潜在意識というものは実は凄いもので、一度みただけで多くの人が無意識に、こういった構造を直感的に感じてその作品を素晴らしいと評価するのです。
「ゴッドファーザー」を見て面白いと思った方は、実は無意識にこの構造を感じているのです。

章立て研究

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ゴッドファーザーの章立て整理してみました。画像ファイルです。クリックして拡大して御覧ください。

赤→オレンジ→黄色→青
これが結婚式でドンにお願いに来る人です。

逆の青→黄色→オレンジ→赤
これがコルレオーネ家に協力する人々です。

順序が逆になっています。
対称構造とも言えます。

全ては冒頭の結婚式のシーンから始まります。結婚式に頼み事に来る人に関係するイベントが、結婚式とは逆の順序でおこります。

葬儀屋ボナセッラ(ドンは頼みを聞いてあげる)=ドンを助ける
パン屋(ドンは頼みを聞いてあげる))=ドンを助ける
殺し屋ルカ(ドンへの頼みごとナシ)=殺される
歌手(ドンは頼みを聞いてあげる)=ドンの息子を助ける

そして結婚式の後、麻薬屋ソロッツォに会います。
麻薬屋ソロッツォ(ドンは頼みを拒否)=ドンを襲撃する

因果で成り立っているのです。

コルレオーネ家のトラブルは、歌手の頼みに応じてプロデューサーを脅すために、馬の首を切ったことから始まります。そこまでは順風満帆でした。馬の首を切ったことの因果応報として、ルカは首を絞められて殺されます。その後、パン屋、葬儀屋が次々と関連してゆき、最後に歌手の活躍しているハリウッドに移転する計画を成功させます。必然性のある構成です。

そして冒頭の結婚式シーンの最後に流れるのが「ワルツ」です。(途中でも数回流れますが)「ワルツ」は最後のマイケルのドンの位の就任シーンにも流れます。綺麗な対称構成です。

ただ、冒頭のシーンの父ビトーは、暗い部屋を出て、日の当たる場所で娘と踊るのですが、最後のシーンの息子マイケルは、奥さんを閉め出し、暗い部屋に閉じこもります。

暗い部屋の中で始まり、最後に暗い部屋の中に戻ってゆく物語なのです。


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