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「ニーベルングの指環」あらすじ解説【ワーグナー】

最大のオペラ作品と言えば、ワーグナー作曲「ニーベルングの指環」です。このオペラは、(宮﨑駿のいくつかのアニメのように)派生作品が豊富なので、簡単にでも攻略したほうが良いのです。めずらしく「貨幣」というものに正面から取り組んだ貴重な作品です。筋だけでも把握しておきましょう。

影響力大きな超大作

「ニーベルングの指環」はワーグナーの脚本、作曲によるオペラの超大作です。四部作です。全部見ると四日間かかります。
序夜「ラインの黄金」
第一夜「ワルキューレ」
第二夜「ジークフリート」
第三夜「神々の黄昏」
合計15時間くらいです。長いです。

ワーグナーという人、作曲家のくせに台本まで書きます。作曲は間違いなく天才です。そして台本のほうは、さほどの才能でもありません。才能ある人とない人の違いは、限界値をわきまえるかどうかです。ワーグナーは明らかにこの台本で、盛り込める材料の限界値を超えました。結果ストーリー的にはかなり崩壊しています。

ですから普通の人がいきなりオペラを見ても97%程度の確率で、途中放棄してしまいます。しかしこの作品は派生作品が膨大にありますから、とにかくアウトラインだけでも理解すると文芸、映画全般の理解のために大きな力になるのです。

主題についての解説

一応文学作品ですから、背景としていろんな内容持っています。社会全体を考えるものになっているのですが、その中身がかなり多いです。

1、ワーグナーの悲観的な生死観
2、キリスト教的内容
3、貨幣経済批判
4、北欧神話

これだけの内容を、ワーグナーはひとつのオペラに盛り込みました。盛り込み過ぎて飽和して、わかりにくく、感情移入がしにくくなっています。

1、ワーグナーの特異な生死観

普通のキリスト教文化圏の人々と、ワーグナーは生死観が逆転しています。
ワーグナーは死ぬことは良いことで、死なないことが苦しいことだ、と考えています。考えているというより、思い込んでいます。仏教では、苦しみの中で輪廻転生を繰り返すのが悪いことで、悟りに到達すると、輪廻が止む、つまり二度と生きなくて良い、と考えています。ワーグナーは、体質的にこの考えに近い人です。キリスト教文化圏では、珍しい人です。


たとえば「さまよえるオランダ人」では、永遠に死ねないオランダ人が、女性の犠牲によって救われます。要するに死にます。死ぬのにハッピーエンドなのです。

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「トリスタンとイゾルデ」では、死の薬を飲みそこなったカップルが、最後に自発的とも思える死によって救われます。これまた死んでハッピーエンドです。

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「パルジファル」では、傷を受けながら死にきれず苦しみ続けてる人物が、聖者によって最後に死を得ることができます。もうこうなれば、死ぬというより成仏すると言ったほうが良い感じです。

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「ニーベルングの指環」でも同じです。主人公ブリュンヒルデが、父ヴォータンの死の運命が決した時に「お父様、静かに休んで下さい」と歌います。神々は死ねないから不幸だ。死ぬことは安息だ、と考えているのです。

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ですから父ヴォータンも、生き残るための努力をえらくあっさり放棄しますし、ブリュンヒルデの配偶者ジークフリートも、「俺は命なんか簡単に投げ出す」と劇中で断言した上で、背中から刺されて簡単に死にます。誰も彼も生きようとする努力が足りません。逆に悪役のアルベリヒは死なない体になったようで、「俺は休息から見放されている」と嘆きます。まるで逆なのです。

勧善懲悪、つまり善人が生き残って、悪人が滅びる、という定番ストーリーから外れすぎています。このこのワーグナー特有の生死観が、つぎのキリスト教的内容に影響を与えます。

2、キリスト教的内容

キリスト教にはパウロ神学というものがありまして、教義の中心をなしています。

(旧約聖書)

楽園の中心に命の木と知恵の木があったアダムとイブははそれらを食べることを禁じられていたのだが、知恵の木の実を盗んで食べてしまった。彼らは知恵を身につけ、性に目覚めた。「命の木の実まで食べられたら、人間が永遠に生きることになる」そう考えた神は、人間を楽園から追放した。人間は罪を背負ったのである。

(新約聖書)

神はそれを哀れんで、人間界にイエスを使わされた。イエスは罪も無く死ぬことによって、アダムとイブの罪を肩代わりした。人類の罪を背負ってくれた。だからイエスを信じるものは救われる。

これがパウロ神学です。この話を元に、ニーベルングの指環は組み立てられています。

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ドラマの冒頭、アルベリヒが黄金を盗みます。これが知恵の木の実です。
対して命の木の実はフライアが栽培しているリンゴで、これを慢性的に食べて神々は永遠の生命を保っています。黄金の指環で、アルベリヒは知恵を得て、世界の支配や、隠れ頭巾の製造方法を考えます。そのことによって特にニーベルング族は、奴隷状態になり苦しみます。イエスのように犠牲になるのが、ジークフリートとブリュンヒルデです。これによって指環の害、キリスト教で云う「人類の原罪」は除去されます。

「ニーベルングの指環」は、薬の使用がストーリーを動かします。英雄のはずのジークフリートも、薬にやられて安易に死んでしまいます。

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飲食の場面8回ありますが、命の実と知恵の実は4回づつでバランスしています。大変チープな感じを受けて、違和感を感じてしまう薬の使用ですが、実はそれなりに考えて書いています。

「なんでこんなにわかりにくく書いたの?」

作者がここでしているのは、キリスト教教義の中核ストーリーの、分析と解体と再構築なのです。「死ぬことが浄化されること」という仏教的生死観を持っていれば、従来のキリスト教教義と折り合いがつかないのは当たり前です。中世だったら異端審問受けて火炙りは確実な内容です。19世紀半ばでも、流石に一般のお客様相手の上演は、やばいです。だからこういうわかりにくい表現を取ったのではないだろうかと想像します。悪く言えば腰が引けた、とも言います。

3、貨幣経済批判

主神ヴォータンは槍を持っています。槍には文字で契約が書かれています。その契約の拘束力で世界を支配しています。アルベリヒはライン河から黄金を盗み、指環を作ります。指環はニーベルング族を奴隷化し、無限の富を発生させます。アルベリヒはその富の力で、世界の支配権を得ようとします。

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槍は、要するに男性性器の象徴です。軍事力、政治力、そして文字が書かれているので法による拘束力ですね。

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指環は、要するに女性性器の象徴です。経済力、貨幣、そして貨幣を生み出すのだから、通貨発行権とも言えますね。

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つまりこのドラマは、

政治と経済の戦い、
法と貨幣の戦い、
文字と数字の戦い、

の側面を持っています。(だから実際にこんな舞台装置で上演されたりします。エロいような、哲学的なような舞台ですね)

ワーグナーは社会主義、共産主義的な思想を持っていた人です。革命に参加して追放処分とか受けたりしています。社会主義や共産主義と、資本主義との最大の違いは、貨幣観にあります。貨幣をどう考えるかが、両者では全く違うのです。

社会主義、共産主義では貨幣は不要なものです。だから党官僚が生産と分配をコントロールすれば、すべては上手くゆくと考えます。資本主義では、貨幣は富の増大には欠かせないものです。貨幣が流通と、流通の最適化を促すからです。

物語の最後で、人々を苦しめた指環は、火で清められた上で、もとのラインの川底に戻ります。貨幣は、あるいは通貨発行権は、この世から消えるのです。そして人々は桎梏から開放されます。共産主義そのものです。

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しかし、結局ソ連はつぶれ、中国は市場経済化しました。社会主義、共産主義は間違っていたということです。つまり、ワーグナーも間違っていたということです。しかし人間15時間も視聴すると、「間違った経済観かもしれないが、それでも現代社会に対する鋭い予言が含まれているのだ」と、自分自身に言い聞かせてしまうのです。ほとんどストックホルム症候群です。だまされてはいけません。オペラで経済、貨幣問題扱ったのは偉いです。でも結論は間違っています。偉くても間違っているのです。貨幣は必要なのです。

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とはいえ、貨幣に正面から取り組んだ文学作品は、そんなにありませんから、非常に貴重な作品です。ほかにはゲーテの「ファウスト(これは上手に扱っています)」、トルストイの「イワンの馬鹿」、ほかはこの「ニーベルングの指環」の派生作品「豊饒の海」「千と千尋の神隠し」くらいでしょうか。結論が間違っていても、貨幣に正面から挑んだという意味では記念碑的大作です。

4、北欧神話

ワーグナーは、ドイツ人至上主義のところがあります。純粋にそう考えているというより、エゴが大変強く、大天才である自分が属する人種だから、ドイツ人は最高に違いない、といった感じの身勝手なドイツ至上主義です。

ゲルマン族の古い物語をワーグナーは目にしました。その物語には「フンディング」という人物が登場します。つまりフン族です。ゲルマン人の天敵です。フン族に押し出されてゲルマン民族は大移動し、西ローマ帝国は滅びたのです。ワーグナーは、エゴの発露であるドイツ至上主義と、太古のロマンに引き寄せられて脚本を書きました。

だいたいこの四要素です。あきらかに盛り込みすぎです。

しかし良い点もあって、盛り込みすぎて完成度が低くなったものだから、やろうとすればどんな解釈でも成立します。そのおかげで、年々歳々奇抜な解釈が出てきて、その解釈のおもしろさで作品としての生命を保っています。完成度の低さがプラスに転じるのってのは、いかにもワーグナーらしいです。

作品の構成解説

構成解説1、家族の物語

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クリックして拡大して御覧ください。

4作全て
1、家族と侵入者
2、二人の道行
3、家族の崩壊、ヒロインの状態変化
という形式で作られています。
要するにこれは、神話的な装いを持ちながらも、徹頭徹尾家族の物語です。

ワーグナーは、「ヴィータンと妻の不和が全体の悲劇を生む物語だ」と言っていたそうですが、実際そういう構成になっています。最初のヴォータン家の不和が、連鎖的に全ての家庭を崩壊させてゆきます。

構成解説2、「2と3」

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ラインの乙女:3人
ノルン:3人
ワルキューレ:9人
神々の姉妹は3人か、9人です。ポジティブな存在です。
アルベリヒとミーメ兄弟:2人
ファフナーとファゾルト兄弟:2人
巨人、地底人は2人です。ネガティブな存在です。

ジークムンド・ジークリンデ兄妹は2人兄弟です。
ですが、近親相姦によってジークフリートという子どもが出来ます。
遺伝的にはジークムンド・ジークリンデ兄妹と同じはずですから、3人合わせて兄弟と言うこともできなくもない、中間的な存在です。
グンター・ブートルーネ兄妹は2人兄弟です。ですが父違いの弟ハーゲンがいますから、3人合わせて兄弟ということもできなくもない、中間的な存在です。

構成解説3、結婚の否定

レヴィ・ストロースが内婚、外婚について分析しているようです。しかしよく分析すると、それはあんまり関係ありません。

子どもができるのが成功と考えると、この物語は正式の結婚では子どもが出来ていません。子どもが出来るのは全て不倫です。つまり結婚を否定し、不倫を肯定しています。

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不倫すると子どもが出来ます。正式に結婚すると子どもができません。族内婚、族外婚は関係ありません。例えば「ワルキューレ」第一幕、ジークムンドは愛の無い結婚を阻止しようとして、死体の山を築いてしまったことを告白します。その上人妻を外に引っ張りだして子どもを作ります。
ジークムンドは主神ヴォータンの子どもです。

「ワルキューレ」第ニ幕、結婚の神フリッカが夫ヴォータンに難癖をつけます。フリッカのキャラクター、あきらかにあまり良くありません。

「神々の黄昏」では、グンターとブリュンヒルデの愛の無い結婚を、ハーゲンが讃えます。神様に犠牲を提供して讃えます。ハーゲンは、アルベリヒリの息子です。悪役なのです。

結婚賛成派=悪役
結婚反対派=善役という構図です。

ちなみにワーグナーさんも不倫して子どもを作りました。言行一致と云う意味では偉いです。

構成解説4、起こす、眠らせる

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「ラインの黄金」:黄金とヴォータンを起こす
「ワルキューレ」:フンディング、ジークリンデ、ブリュンヒルデを眠らせる
「ジークフリート」ファフナー、エルダ、ブリュンヒルデを起こす

そして最後の「神々の黄昏」は、
目覚めたり、
眠らせたり、
起こしたり、
又眠らせたり、
ごっちゃになっています。

最後は「ライン」の最初に起きた黄金とヴォータンが、共に眠ります。最初は黄金とヴォータンが起きて始まりますから、この15時間は、始めに両者が起きて、最後に両者が眠るまので物語と言えます。

ヴォータンは槍を持つ政治権力の象徴、黄金は経済の象徴です。政治と経済が同時に目覚めて始まる物語が、同時に眠って終わるのです。

とにかく作者が20年もかけた作品です。それなりに凝っているのです。
凝ってる割に空回りしているのは、作家としての才能の限界なのですが、
「構成的に作ろうとした台本である」と理解するだけで、随分見通しが良くなります。

三段階あらすじ理解

あらすじ3種類用意しました。段々長くなります。順に読んでゆけばマスターできるようになっています。

あらすじVer1

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全世界を支配できるお宝「ニーベルングの指環」をめぐって、多くの人々が殺し合います。最後には指環は黄金の地金になって、元あったラインの河底に戻ります。殺し合いもこれで終わりです。

めでたしめでたし

あらすじVer2

少し長めのヴァージョンです。ラインの河底の黄金からつくられた「ニーベルングの指環」。

それを持つ物は無限の財力を獲得できます。つまり全世界の支配者になれます。しかしそれを持つと呪いで死んでしまいます。死んだら支配者になれまへんがな。持ちたくもあり、持ちたくもなし、実に難儀なお宝です。このお宝をめぐって神も地底人も巨人族も人間の男も女も巻き込んで、どったんばったん大騒ぎ。

最初に指環を造ったのは地底人ですが、神様が強奪、それを巨人族に渡しますが、やがて神族がさらに強奪と所有者は二転三転します。その過程で犠牲者が多く出ます。

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最後は「全てこの指環が悪いのだ」と悟った女性によって、火で清められて地金になり、ラインの河底に戻ります。もう大騒ぎは終わりです。

めでたしめでたし。

あらすじVer3

さらに長めのヴァージョンです。
ラインの乙女たちに恋をした地底人アルベリヒでしたが、乙女たちに振られて怒ります。

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ふと耳にした「人生における愛を完全にあきらめて、ラインの川底の黄金から指環を作れば、世界の支配者になれる」という言葉を聞いて、地底人アルベリヒは女好きでしたが無茶苦茶怒っていましたので、愛を諦めて指輪作りを実行します。

指環を作ることに成功した地底人アルベリヒは、他の地底人をコキ使ってじゃんじゃんお金を集めます。しかし神様ヴォータンに指環を強奪されます。

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実は神様は巨人族にお城を作らせたのですが、建築代金の支払いに困っていたのです。神様もお金は持っていなかったのです。

強奪された地底人アルベリヒはくやしさから指環に「死の呪い」をかけます。神様ヴォータンは指環を建築代金として巨人に渡しますが、二人の巨人のうち一人は、いきなり指環の呪いで殺されます。恐いです。

神様ヴォータンは考えます。
「あのまま指環を世に出しておくと、おれの世界支配が終わってしまう恐れがある。子どもをたくさん作って、子どもに指環を強奪させよう」 

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計画は成功、色々ありましたが孫の男の子ジークフリートが巨人族からの指環の強奪に成功します。孫の男の子は神様の娘ブリュンヒルデと夫婦になります。もはや次世代の世界の支配者は決定したのです。神から神の孫に、権力は移譲します。

しかし地底人アルベリヒも、子どもをつくって指環を強奪させようとしていました。地底人アルベリヒの息子ハーゲンはあくどい計略を使って神の孫ジークフリートを殺すことに成功します。世界の支配権移譲したとおもったら後継者が頓死です。

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地底人の息子ハーゲンは指環も奪還しようとしますが、指環は神様の娘ブリュンヒルデが手に持って、いっしょに火の中に飛び込んでしまいます。

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「悲劇ばっかり起きるのは、全てはこの呪われた指環が悪いのだ。私が火で清めてしまおう」。偉い娘さんです。火で浄化された黄金は、ラインの洪水に飲まれて、元の河底に戻ります。こうしてトラブルの元はなくなりました。

めでたしめでたし。

ここまで読んだら下記リンクに飛んで、固有名詞つきのあらすじ読んで下さい。文章5回くらい読んでストーリー把握してください。

ブリュンヒルデという女性の成長物語

あらすじを読んでも、話のツボがどこなのかわかりにくかったと思います。この長い物語の魅力の95%は、ヒロインであるブリュンヒルデの魅力です。最初の「ラインの黄金」には登場しませんが、実質的にはブリュンヒルデの物語と言ってよいです。ブリュンヒルデを中心にあらすじを理解してみましょう。

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主神ヴォータンの娘ブリュンヒルデは父の命令に忠実な、さっぱりした性格の「戦乙女」です。

父の命令に従って勇者ジークムンドの魂を天上の城ヴァルハラに連れてゆこうとします。しかしジークムンドは納得しません。いっしょに逃避行をしている実の妹にして恋人のジークムンドと別れ別れになるのが嫌なのです。「愛するジークリンデといっしょじゃなきゃ嫌だ。別れるくらいなら彼女を殺して俺も死ぬ」。ブリュンヒルデも女ですから、愛に感動します。義侠心を発して、生まれて初めて父の命令に違反してでも、2人を助けようとします。

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しかし失敗し、ジークムンドは死にます。父ヴォータンは娘の裏切りに怒ります。ブリュンヒルデは命令違反の罰として神から人間の女に格下げされた上で、眠らされます。男性がくちづけしなければ覚めない眠りです。

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炎に囲まれ眠る彼女には、勇者でなければ近づけません。ブリュンヒルデは十数年間、一人で眠り続けます。しかし、ジークリンデの息子、ジークフリートは、恐れをしらない勇者でした。ブリュンヒルデは、炎を乗り越えて来た彼のくちづけによって目覚めます。

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彼女は天地に感謝し、ジークフリートに感謝し、そして彼と深い愛に落ちます。

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だがジークフリートは地底人の息子、ハーゲンの薬によって記憶喪失になります。記憶を失ったジークフリートは他の女性に心を奪われます。絶望したブリュンヒルデはジークフリートの死をのぞみます。

そして、ジークフリートは最悪のタイミングで記憶を回復し、誓約違反として地底人の息子ハーゲンに殺されます。

ブリュンヒルデは全てを悟り、ジークフリートの亡骸の周りに、薪を積み上げて火をつけます。そして自分は、愛馬および悲劇の発端となった指環といっしょに、火の中に飛び込みます。

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「ジークフリート!ジークフリート!ねえ、見て!こんなにも幸せに、妻が手を振っているのよ・・・あなたに! 」

自分の犠牲によって、全てを浄化しようとするのです。するとどうでしょう、神々の城も同じように燃え、滅びてゆきます。

滅びた後、新しい世界の息吹が芽生えようとすることを予感しながら、全編が終わります。

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父の庇護の元にあった少女が、

愛に目覚め、
父から離れ、
やがて男性と恋に落ち、
愛の喜びに満たされた後、
恋に破れ、
最終的に、
広く社会全体に考えが至るところまで成長します。

そして自身を犠牲にすることによって、次の時代の扉を開くのです。これはブリュンヒルデの成長物語なのです。まとまりが悪く、完成度の低い物語ですが、彼女がワーグナーの生んだ最も魅力的なキャラクターであるのは間違いありません。もしもブリュンヒルデが居なかったら、この作品は長いだけの駄作として歴史の中に埋もれてしまったでしょう。

名場面解説:ブリュンヒルデ限定

入門編として、ブリュンヒルデの名場面集めました。
いずれも古い録音で音質悪いので、軽く雰囲気のみ味わって下さい。

「ワルキューレ」第三幕は全編通じて最高の山場です。

ヴォータンがブリュンヒルデを追っかけてきます。
ブリュンヒルデは自分が盾になり、ジークリンデを逃します。
女はブリュンヒルデに感謝します。

追いついたヴォータンはブリュンヒルデを神から人間に地位を落とすと言います。ブリュンヒルデは「せめて勇者の妻になれるようにしてください」とお願いします。娘が可愛くて仕方がないヴォータンは了承し、くちづけをして娘を眠らせます。

3:50くらいからがクライマックスです。「ニーベルングの指環」全編を通じて、最高の場面です。大音量で鑑賞してください。
6:00くらいからは娘を嫁に出す小津安二郎映画のようなシーンです。しかし、ドイツと日本では表現が全く違います。違いますがこれはこれで良いものです。父ヴォータンの情感が伝わってきます。

同じシーン 55:00くらいから見てください。雰囲気味わってください。
59:00くらいがクライマックス。壮大です。西洋文明の巨大さを体感できる瞬間です。2人の演技は素晴らしいです。二人共完全にワーグナーに取り憑かれています。娘を眠らせ、兜をつけてあげる父の、優しい手つきにはほろりとします。大音量推薦です

最後のシーンです。すべてを飲み込んで、全てを背負って、ブリュンヒルデは炎に飛び込みます。漢(おとこ)です。女性ですけど。

最後に流れる柔らかいメロディーが、有名な「愛の救済の動機」です。
イメージとしては宮崎駿の「もののけ姫」ラストシーンを想像してください。あれの原型とも言えるのが「ブリュンヒルデの自己犠牲」です。カタストロフィーの後に一からの再出発があります。

鑑賞案内

以下鑑賞案内です。

長大ですので、「いきなりDVDで全部鑑賞」というのは無茶です。退屈すぎてわけがわからなくなります。重要な作品なのですが、ドラマとしては駄作なのです。あらすじ把握→台本読む→音楽に耳を馴らす→字幕で一部分でも鑑賞という順で、徐々に世界に入っていきましょう。ちなみにオペラは良い再生装置ないときっついです。今ならスマホ+ヘッドフォンが一番安く良い音で鑑賞できるのでお勧めです。スマホは(バッテリー駆動なので)ノイズが少なく、ヘッドフォンは(スピーカーに比べて振動版が小さいので)低音の応答性が高いです。

台本

少し世界に慣れたら、台本全部読みましょう。舞台上演はテンポ遅すぎてかえってストーリーわかりにくいのです。

台本の翻訳は全てここで読めます。凄い仕事です。ただし、先にあらすじを把握した上で読み始めましょう。あらすじを完全に押さえておければ、早く読めます。こちらは通して3回くらい読めると理想的です。

耳慣らし

台本読んだら次は耳ならしです。

オーケストラのみで演奏される名場面集です。名場面だけで70分あります。耳を馴らすには良いです。BGMとして5回くらいがノルマです。なんだか作品鑑賞というより労働みたいになってきましたが、ほんとうにそういう作品なのです。我慢してください。お願いします。

作曲家としてのワーグナーの最大の長所は、響きの安定です。オーケストラが多彩に、しかし常にゴージャスに鳴り響きます。メロディーメーカーとしては、超一流ではありませんが、まずまずです。聞くというより、響きに浸る感じで慣れるのがお勧めです。
冒頭の低音が聞き取れる音量でお聞きください(かなりの音量になると思います)

字幕鑑賞

こちらからかなり多く視聴できます。ただし多くはパブリックドメイン入の古い録音です。長時間はきついかもしれません。日本語字幕あるのは便利です。

CD音源

CDはカラヤンをお勧めします。

録音が大変良く、演奏もダイナミックです。古い演奏を勧める人も多いですが(そして実際良い所があるのですが)、まずは耳に馴らすために、良い録音の音源を聞くのが重要です。古い録音は3割雑音なので、長時間聞くとどうしても耳が疲れるからです。もっとも雑音ナシでも長大すぎて耳が疲れるのですが。この盤は録音が良い上に、スタジオセッションですので、声も安定しています。聞きやすいです。

舞台鑑賞

ネットで見れる動画で英語字幕のものです。ニーベルングの指環、通して鑑賞ができます。やはり人間が動いてくれたほうがわかりやすいです。しかし英語なのでわかりにくいです。ドイツ語原作は詩なので、翻訳しても古臭い英単語が頻発します。見たこともないような単語です。私はついてゆけませんが、英語に自信のあるかたはどうぞ。
演奏は良いです。指揮がクールです。ブリュンヒルデも、勇ましさはないですが良く歌っています。舞台の奥が狭いので、声が反響して、安定して聞こえる利点があります。
演出は主に経済問題を扱うものです。舞台装置が今の感覚ではややダサいです。画質は悪いです

DVD

私はこの演奏をDVDで鑑賞しました。音質、画質ともよくありません。しかし日本語字幕入っています。
現在ブルーレイで出ているようです。サンプル見る限り、音質、画質、大幅に向上しているようです。しかしブルーレイには日本語字幕入っていません。悩ましいですね。

上のDVD、バレンボイムの指揮はよくありません。アンサンブルという概念が、まるでありません。無茶なテンポ設定による崩壊が、肝心の最後のシーンでおきます。ヴァルハラ城が崩壊するのは筋書き通りですが、バイオリンパートの崩壊は作者想定外です。
歌手たちの歌は、とくにブリュンヒルデに不満が残ります。バレンボイムが金管で大きな音を出すせいもありますが。
舞台演出は良いです。歌手たちの演技は、とくにブリュンヒルデが絶賛に値します。というより全員演技は良いです。ヴォータン、ローゲ、ジームリンデ、グンターなどは、歌手が本業のくせに並の舞台俳優より上手いです。端役にいたるまで全員熱演しています。頭が下がります。9人のワルキューレ全員が、3人の乙女全員が、数十人の家来全員が、全力で仕事をしています。この熱意には、洗脳されてしまいます。

量的にむやみに肥大化した作品なので、解釈の余地が大きいです。これからもいろんな解釈出ると思います。

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2016年バイロイトでの演出です。マルクス・レーニン・スターリン・毛沢東の頭部が舞台に並びます。作品の意図は正しく理解していますが、こんな暑苦しい顔を何時間も見続けたいかどうかはまた別の問題です。

(ラインの黄金とジークフリートのみ高画質です)

個人的には
1、アンチバイブル、アンチ教会の危険な解釈。アルベリヒ、ハーゲンなどの悪役が、僧服を着て十字架を切る。
2、全てが四畳半の居間で進行する小規模な家庭ドラマ解釈。ヴォータン役は笠智衆のような風貌が望ましいですね。最後ブリュンヒルデはこたつに潜り込む。するとテレビの画面に自宅の炎上が映る。

なんてことをやってほしいものですが、いずれも実現しないでしょう



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