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「秋刀魚の味」あらすじ解説【小津安二郎】

「秋刀魚の味」は小津安二郎最後の映画です。カラー映画ですし、見慣れた女優も出ます。「東京物語」と「秋刀魚の味」さえみておけば、まず小津安二郎は攻略済みと思って大丈夫です。「東京物語」と同じく、裏が分厚いストーリーです。小津安二郎は「裏ストーリーの分厚さ」に全てを賭けた監督なのです。

まずは表のストーリー紹介です。

「妻を亡くした父が、娘を嫁にやります」

表のストーリー紹介終わりました。短いですね。小津映画のほとんどがこれです。ワンパターンです。逆に言えば、このストーリー自体は、ほとんど意味が無いです。

つぎに裏のストーリー

小津安映画の研究は、裏ストーリーの研究が全てです。
この映画ももちろん、神話的な内容を持っています。

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この人が神様です。主人公の同級生のような顔をしています。主人公も同級生と思っています。しかし神様なのです。

神のお告げは「私の紹介する男と、主人公の娘を結婚させるべきだ」です。そしてその通りになります。神のお告げには逆らえないのです。

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この人が悪魔です。これまた主人公の同級生のような顔をしています。
主人公も同級生と思っています。しかし悪魔なのです。

ただこの映画での悪魔の役割は小さいです。神様主体の映画です。

三つの時間。

三種類の時間があります。
過去時間
現在時間
未来時間

最終的に主人公は、主人公自身の過去を含む現在時間にとらわれている娘を、未来時間に解き放ちます。

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章立て表です。映画にしろ小説にしろ、分析するなら章立て表を作らないと話になりません。

過去時間
現在時間
未来時間が混在しています。

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整理しました。
主人公は過去時間を引きずりながら現在時間に生きています。
長男夫妻は未来時間に生きています。
神様の神通力は過去時間、現在時間、未来時間全てに及びます。
そのそれぞれで主人公は都合3回お賽銭を払って、神のお告げを聞くのです。順に見てゆきましょう。

過去時間

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中学校の同窓会を開きます。
ひょうたんという先生と楽しく飲み会します。先生は鱧(ハモ)という魚もしらないくらい、貧乏しています。高級魚が口に入らない生活です。

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酔った先生を自宅に送ってゆくと、貧しい中華料理屋に行遅れた娘が居ます。とても不幸そうです。

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同級生でお金を出し合って先生を援助します。お賽銭第一弾です。
するとさらに別の過去世界が開きます。軍隊時代の過去です。

駆逐艦の乗組員との、バーのシーンです。この場面、小津安二郎監督、一世一代の名シーンです。

小さなバーの中で、軍艦マーチかけて敬礼しているだけです。
でも画面の向こう側に、波を切って進む連合艦隊が見えるのです。見えるような気がするのです。三人の俳優も、あきらかにそれを感じながら演技しています。

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主人公は駆逐艦朝風の艦長だったという設定です。しかし史実では、朝風は終戦前に魚雷を受けて沈んでいるのです。もしかして主人公は実は死んでいるのかもしれませんね。

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バーのママは、銭湯帰りで頭にタオル巻いています。もしかして先程まで水に浸かっていた、水死した霊なのかもしれませんね。だから髪が濡れているんでしょう。

そして主人公は、バーのママに、死んだ奥さんの面影を見ます。

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再び中学時代です。ひょうたんは「娘を嫁に出さなかったのは失敗だった」と言います。ひょうたんの惨めさ、娘さんの気の毒さを思い出して、とうとう主人公は、自分の娘を嫁に出そうと思います。

お賽銭が発展して、娘の嫁入りに考えが至ったのです。

現在時間

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冒頭、会社の事務員に訪ねます。綺麗な事務員さんです。

「田口くん最近休んでいるね」
「お嫁に行くらしいですわ」
「君はどうなんだ」
「父一人子一人ですので、まだ結婚できません」

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物語の途中で、その田口くんが挨拶に来ます。
「長い間お世話になりました」
晴れやかな顔して偉そうです。

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冒頭の事務員も田口さんとニアミスします。危険な、緊張する瞬間です。

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物凄く不幸そうな顔になっています。まだまだお嫁に行けなさそうです。もう少しでひょうたんの娘になりそうな、ひどい雰囲気です。

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主人公は田口くんにご祝儀を包みます。これがお賽銭第二弾です。
嫁に行く者と行けないものの差をまじまじと感じる主人公です。

未来時間

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長男夫婦はハモではなくハムカツを食べるような、現代の夫婦です。

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主人公と長男夫婦とは別居しています。

冷蔵庫が欲しくて長男は父に金を借ります。
主人公のお賽銭第三弾です。
実は長男は会社の後輩からゴルフクラブを買いたくて、お金を余分に借りたのです。でも奥さんは恐い奥さんで(ちょっと性的欲求不満のようです)ゴルフクラブなんかダメと言います。

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主人公から借りたお金を妹が持ってきた時、たまたま会社の後輩も来ます。妹から受け取った父のお金で、後輩からクラブを買います。

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長男、長距離砲を入手して、男性として自信が出てきたようです。少々卑猥な動きをします。(その後主人公にも子作りを勧められるので、おっつけ長男夫妻は子供が出来るでしょう)

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いっしょになった帰り、主人公の娘と後輩は、結婚観について、お話します。娘が、私もそろそろ結婚してもよいかな、と思った瞬間です。

結局長男に出したお賽銭の余分で、娘が結婚しようという気になるのです。

しかし後輩の彼は売約済みでした。娘は神様のおすすめする相手と見合いします。とはいえこのゴルフクラブの件がなければ、娘はそもそも結婚しようとは思わなかったでしょう。神様は実はこの後輩を使っていたのです。
その証拠に、

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1:最終的に神様の勧める相手と見合いしたい、と神宅(河合宅)に向かう情景、そこだけ主人公が坂道を登るシーンになっています。

神様だから高いところに住んでいるのです。

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2:そして、神の宅には、ゴルフクラブが置いてあります。

会社の後輩は知人の中古のクラブだと言っていましたが、実は神のゴルフクラブだったのではないでしょうか。

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3:結婚式後、もう一度神宅に立ち寄ります。ミッション終了後なので、もうゴルフクラブはありません。
あるのは掃除機です。主人公の心を掃除しようというのです。神は先手を打ちたもうのです。

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ところで戦争時代の乗組員は、ポンコツ屋、つまり中古の自動車屋をやっています。

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このゴルフクラブも中古です。売りに来た後輩は、乗組員と同じくポンコツ屋なのです。

つまりこの二人は、お賽銭によって出現した、中古の魂を回収する天使さんなのですね。

物語の結論

神宅(河合宅)と、その後のバーでのシーンが、この物語の結論です。

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再婚した友人(にみせかけた悪魔)に向かって言います。

「おれはなんだかこのごろ、お前が不潔に見える」

俺は戦争に行った世代だ。戦争が良かったとは言わない。負けてよかったとさえ思っている。そして若い世代が新しい時代を作ってくれればいいい。
しかし新しい世代、新しい考えに方針転換はするつもりはない。節を守る。

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そして最後のバーのシーン、軍艦マーチをかけてもらいますが、
他の客が
「日本はマケマシタ」と言います。

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この時のバーのママは、娘と同じ配色の格好をしています。赤と黒です。つまり最後のバーのママは、亡妻でもあり、娘でもあるのです。すくなくともこの時の主人公には、娘によく似た姿に見えているのです。

妻が死に、娘が行き、終わったのです。
戦争が、古い時代が、彼の青春が。
この映画の主題をあえて設定するなら、「時代」になりますね。

小津は従軍経験があります。終戦はシンガポールで迎えています。そんな彼らしい映画ですね。

逆にこの映画が「東京物語」ほど海外で有名でないのは、よくわかります。
敗戦国の国民が言う、「負けてよかったじゃないか」なんて言葉の味わい、
日本を除く世界中の誰も、理解不能のはずです。

「秋刀魚の味」

これでようやく「秋刀魚の味」というタイトルの意味がわかります。

鱧(ハモ)のような高級魚ではありません。
ましてや今風のハムでもありません。
戦艦大和のような大きな船でもありません。
ただの駆逐艦です。

そんな駆逐艦でも、
波を切って進んだ輝かしい青春があったのです。
今は、腹に苦い記憶を持っています。


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