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ちっちゃな王子さま(超意訳版『星の王子さま』) vol.6

 あの子は、自分の星から逃げ出すのに、渡り鳥の「渡り」を利用したんだ。

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 出発すると決めた日の朝、王子さまは最後の「星の身支度」をした。まずは火山をきれいに掃除して、すすを払った。あの子の星にはふたつの火山があって、朝食を暖めるのにとても便利だったんだ。
 それからもうひとつ、死火山もあった。もうずっと噴火していない死火山だけど、それもちゃんときれいにした。「だって、いつどうなるかわからないからね」とあの子は言ってたよ。
 本当はさ、火山ってやつはちゃんとすす払いさえしてやれば、ドカーンと噴火したりはしないで、ずっと穏やかに規則正しく燃えてくれるものなんだ。暖炉の火と同じことだよ。でもまぁ、ぼくらの地球では、火山のすす払いをしたくても、ぼくらはあまりにもちっちゃすぎる。そのせいでぼくらは、火山の噴火なんかにいつもわずらわされるハメになるんだよね。

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  それはともかく、ちっちゃな王子さまはその後もていねいに星の身支度を続けた。次の大事な仕事は、バオバブの芽を引き抜くことだ。最後の芽を抜いたとき、王子さまはなんだかさびしい気分になっていた。もうこの星には二度と帰らない、と思っていたから。毎日の習慣ひとつひとつが、その朝にはとても愛おしく感じられたんだよ。
 最後に、あの花に水をあげて、ガラスのカバーをかけてあげようとして、王子さまは自分が泣きたい気持ちになってることに気がついた。
「さようなら」
 あの子は花に言った。
 またね、じゃなくて、さようなら。 お別れの言葉だ。
 花は何も言わなかった。
「……さようなら」
 もう一度言った。
 花は「コホン」と小さく咳をした。それは風邪のせいなんかじゃなかった。
「あたし、ばかだったわ」
 花はやっと、そうつぶやいた。
「どうか、ゆるしてほしいの。しあわせになってね」
 なにひとつ責められなかったことに、王子さまとてもおどろいた。ガラスのカバーを持ち上げたまんま、立ちつくしてしまったんだ。どうして花が、こんなにも穏やかで静かなのか、わからなかった。
「だけど……うん、そう。あたしはね、きみのこと、愛してるんだ」
 あの子のことを見つめて、花はそう言ったんだ。
「きみは少しも気づいてなかったよね……それはあたしのせいなんだけど。でも、ううん、そんなことはどうでもいい。きみだって、あたしとおんなじくらいばかだったのよ。……ねぇ、ちゃんと、しあわせになってよね」
 それから、王子さまが抱えているガラスのカバーに目をやった。
「それはもうほっといていいわ。そんなの、いらないから」
「だけど風が……」
「別にあたし、そんなに寒くないわ。冷たい夜風が心地いいくらいよ。だってあたしは花なんだから」
「でも、もし悪い動物が来たら……」
「チョウチョと仲良くなるためなら、二、三匹の毛虫くらいは我慢するわ。チョウチョって本当に美しいらしいから。そうでもしなくちゃ、いったいだれがあたしのところに来てくれるっていうの? ……きみでさえ遠くに行っちゃうのにさ。あのね、ケモノなんか少しも怖くなんてないの。あたしにはあたしの、爪があるんだから」
 そう言って彼女は、四本のトゲを無造作に揺らしてみせた。
「ねぇ、ほら、いつまでぐずぐずしてるのよ。もう行くって決めたんでしょ。さっさと行って!」
 そう怒鳴って、花はあの子を追い立てた。自分の泣き顔を、見られたくなかったんだ。

 ……本当に、なんて意地っ張りなんだろうね。




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