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山田杏奈はツッコまれたい 【僕の心のヤバイやつ】

 山田は面白キャラを自認しています。しかし、あくまで自認であって、周囲からはあまり認められていません。

 コミックス3巻のスキットでは、「テレビの世界は厳しんだよ! この私ですら空気になることもしばしば…」と業界話でドヤったところを、「え…学校では面白キャラだと思ってるの…?」と関根にツッコまれています。

 Karte.13にさかのぼると、彼女の笑いの実力が端的に示されていました。
 男子が出した心理テストに、あしらい気味の回答を連発する女子たちを見て、これは大喜利だと受け止める山田。ここが勝負どころとネタ開発に必死になります。


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 しかし、もたもたしているうちに話題は別のステージに発展。完全に時機を逸してしまいます。


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 まさかの時間切れ。舞台にも立てず。これでは評価されません。

 そんな満たされぬ山田だから、「面白い」と言われれば喰いつきます。ナンパしてきた先輩相手でも、舞い上がってベラベラと喋り出します(Karte.6「僕は嫌だ」)。小林と練習したナンパ除けのガードを、思いきり下げてしまうんです。


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「可愛い」は無視できたのに、「面白い」で我慢できなくなったのが“らしさ”でしたね。

 ボケかツッコミかならボケタイプ。ツッコミするのは見たことなし。ツッコミ気質の市川に惹かれるのも必定なのかもしれません。

 その市川からは、ナチュラルな山田をツッコまれることが多い様子。“意図的なボケきっかけ”でツッコミがあったのは、自転車をパクって帰ろうとした事例(Karte.44)ほか僅かです。


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 純粋なボケではないですが、印象深かったのがこのツイヤバ。



 食べかすを盛大につけ、制服のスカートの代わりに短パンを履き、ツッコミを待っていた山田が描かれています。話しかけられたかったとはいえ、恥のコストが高すぎです。市川のダブルミーニングなツッコミがクールでした。

 そういえば口元の食べかすに関しては、番外編で関根が考察していました。
 山田がよく口元に食べかすをつけているのは、わざとだというのです。つまりは、ツッコまれるのを期待して構ってほしくてやっている、という説です。

 この説は、後に続くエビデンス付きの市川解説により否定されるわけですが、完全な間違いではないでしょう。
 さきほど引用したツイヤバで、まさにその意図でやってましたからね。そういう場合もあるということです。

 先述した自転車絡みも含め、第三者がいないところでのやり取りはコミュニケーションとしてのボケ・ツッコミになります。我々の生活でも、そういうやり取りが普通に交わされてますよね。それが生活に潤いを与えているわけです。

 まとめれば、アイデンティティとしてのボケもコミュニケーションとしてのボケも認められたい、うまくツッコんでもらいたい。そんな感じでしょうか。


 そして、この時の山田もツッコんでほしかったのではないか、と僕は思っています。


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 自分の弱さをさらけ出した市川を、山田が「よしよし」とあやすように受け止めたシーンです(Karte.57)。

 以前、僕は、このエピソードについて「感動的であると同時に謎も多い」とメモしました。



 当時、大きく三つ謎があると思っていたその一つが、このシーンだったんです。

 僕の中では、山田の母性のようなものの発露が唐突に見えました。
 それでは山田が完璧すぎるなあ、とも。14歳で物分かりが良すぎて痛々しいかも、とも。市川のことを思っているとはいえ、自由気ままが魅力の山田ですからね。

 でも、この「よしよし」が、市川のツッコミを誘っていたんだと思うと(僕の中では)しっくり来るんです。

 このシーンを含むシークエンスは、市川のウェットな真情吐露から始まって空気が重く、山田がそれを受けきれていない印象があります。直前のシーンでも、一度、市川の感謝の思いを遮りました。それを受けてのこのシーンなんです。

 空気を変えて、いつものようでいたい。
 市川を敢えてあやすようにして、「赤ちゃんじゃないんだよ」とツッコまれ、「そっか ウヘヘ」と笑いたい。
 そういう思いがあったとしても、おかしくないと思うんです。

 それが精一杯に告白している市川に対する正解なのかは、分かりません。でも、そうせざるを得なかったという話であれば、凄く腑に落ちるんです。僕の中では。
 好きな相手の親に完璧にあいさつできたとしても、渋谷で好きな相手をリードできたとしても、まだ中学二年生ですから。
 また、いつもの市川ならツッコんできておかしくないでしょうし。それで救われる市川もあると思えますし。

 しかし市川はツッコまず、山田の腰を抱き、再度感謝の言葉を述べるのです。

 このあとの山田の表情に複雑な色があって、それが二つ目の謎だったわけですが、ツッコミ待ちだったならば僕の中で答えが見つかります。


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 市川の抱えていた(得意のツッコミができなくなるほどの)感情の深さに、戸惑いのような感覚を持ったと解釈できるからです。
 自分には経験の無い感情を受け止めて、どうすればいいのか分からない。ネガティブなものではなく、純粋にそういう感覚の発露だったのではないか、と整理することができます。
 それが作者の意図するところと違っていても、です。

 三つ目の謎は、まだ(自分の中での)答えが見つかっていません。

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