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SD Review2021

SD Review 2021

今年は京都展が中止になったこともありオンラインのオンラインシンポジウムを視聴。
立地とテーマが主な要因だと思うが、気になったのは下記の案。
大学の後輩が活躍していたし、他の案もとても興味深く勉強になった。

作品リンク

ROOF HOUSE

暮らし方の変化を象徴する施主要望と立地を鮮やかに解いた案だと感じた。建物と庭の中間領域の豊かさは敷地と地域の距離感も調整しているように感じた、屋根高さ5mが高すぎでは?と一瞬思うが、いいのかもしれない。見てみたい。
周囲の変化への問題意識(農地が売られHMの住宅が建つという状況)にもとても共感する。屋根架構の鉛直ブレースの解き方も作ろうとする環境と一体化している。
地方の風土に時間的強度のある建築をつくることが私の目標だが、そこにとても近い建築だと感じたとても勉強になった。


農家住宅の不時着

タイトルからして気になる作品、「農」の継承に対する課題にとても共感する。敷地状況の読み取りが素晴らしかった、特に印象に残ったのは2点で、市松状に周囲と庭を共有しあっている状況と、農、造園、園芸が整理されていない状況を編集するという態度であった。私の家もそうなのだが、時間を経てきた場所や地域はその時その時の判断を何となく積み重ねてしまっているところがある。そこに新たな生活を挿入しようとするときに分断をしてしまえばコントロールしやすいのかもしれないけれど、場所を丁寧に読み、継ぐべきところと変えるべきところを判断することができれば、完全な分断をすることなく、土地を継承していくことができるのではないかと思う。このときに変えるべきところとは、好もしくない時間の積み重ねと判断するのだと思う。


シンポジウムの終盤は建築家の役割、コトかモノか、といった議論になっていた。建築家は強いイメージを提示することもひとつの役割であると思う。私が共感するのは「コトを起こすことにアプローチしながら強いモノで響かせる」という態度である。それはある意味「しっかりコトが起こる状況であれば、モノの強さは目立ちすぎない」というしたたかな戦略かもしれない。「コトかモノ」かという議論はモノが引くという背景に議論されてきたように思うが、両方が前にでるような時代がこれからの時代かもしれない。あらゆる社会状況(あえてぼかします)によってコトが起こる状況は熟してきているのではないだろうか、それに対してモノを扱う職能が何をできるのか、現在的状況をしっかりと見据えながら考えていきたい。

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