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松本本箱ー松本十帖

長野県で本好きには外せない場所
素晴らしい体験だった。宿泊と本屋が合体することで生まれる体験はもちろん初めてで、温泉に入りゆったりとした気持ちでしっかりと選ばれたたくさんの本が読めることがあんなに心地よいものであることを痛感した。

本に触れる時間と場所

本を読んだり選んだりする機会はどんなものがあるか、図書館で選び読む、本屋で選ぶ(最近は読むことができる本屋さんも増えている)、自宅で読む、他人の家などで読む、本が置いてあるお店(カフェなど)で読む、そんな感じだろうか。そんな機会の中で
①時間にあまり縛られずに読める
②本を読むために準備された場所
③誰かが意図をもって選んだ本が置いてある
という条件がそろう場所はなかなかないように思う。松本本箱はそんな場所であった。
ホテルの中にBookstoreがあるので、宿泊するというある意味で何もすべきことがない時間の中に本と過ごす時間が組み込まれる、それは個人的にとても贅沢な時間に思えた。
BookStore内は本を選ぶための場所、読むための場所が設られている。
本棚が並ぶ場所があり、(元浴場だった場所なので)洗面台に準備された椅子で読むことができる。本棚に組み込まれた個室空間もある。こども用につくられた絵本の空間は迷路のように本が並べられ、大人用に作られた元浴場の空間には写真集や画集だけが置かれて、お風呂だった場所にゆっくりと座ってずっと眺めていられる。
どの場所も素晴らしかった。温泉街と本屋という組み合わせはとても不思議な良さを感じた。ゆっくりと過ごす場所である温泉とは良い組み合わせだし、夕方までは宿泊客以外も入ることができるので、外湯にでる街に開かれた本屋があることはいい効果があるように思える。
さらに素晴らしいのが選書のセンスと並べ方だ。本の好みは個人差があると思うが、いわゆるカテゴリーではなく、テーマを設定して並べられた本は眺めているだけでもワクワクする。個人店主の好みで並べられた本を眺めているような気分だった。自分が持っている本が並んでいると「そうそう、これこれ」と勝手に納得していたりもして。

BookStore
オトナホンバコ
テーマのある本棚
自分の好きな本があると勝手にワクワクする

粗く洗練された宿泊空間

ホテルの空間は温泉街の雰囲気とはガラッと変わる。中に入ると違う世界に入ったような気分になる。
躯体や鉄骨が剥き出しで仕上げられたのではなく、あるものを整えたという印象で、空間のゆとりや赤絨毯の雰囲気、サービスがセットになって非日常や贅沢さをかんじさせる場所だった。
客室階のエレベーターホールにもテーマ設定された本棚が置かれ、客室内にもテーマ設定された本棚がある。本というテーマが徹底されている。
エントランスロビーは広くはなく、フロントと少しの家具があるのみのシンプルな場所で、ここにも本棚が設れている。客席階の廊下は赤絨毯が敷かれた照度を抑えた空間。
宿泊した客室はコンクリートに仕上げがなく改修なのでGLボンドや墨出しの跡が残っている、天井はデッキスラブのまま、設置されている壁はブラックのフレキシブルボードやタイルで、重心が低いインテリアの雰囲気だった。マニアックな意見だが仕上げがないからといって何もかもが表しというわけではなく、デッキスラブに相性よく配置された配線や巧みに隠蔽された設備はこの空間には必須のテクニックだ。
テラス状の場所に小さな露天風呂があり客室専用なので贅沢感がある。

客室廊下
客室


露天風呂

「風土・文化・歴史」を表現した料理

レストランにも周囲に本棚が設られ料理に関する本が並ぶ。ここもコンクリートや下地鉄骨が剥き出しの空間。「ローカルガストロノミー」をテーマに提供される料理も魅力的だった。素朴に工夫された味付けがその土地の食材を味わわせてくれる。料理に合わせた美味いワインが提供される。「今日の料理から信州の風土・文化・歴史を何かひとつでも感じていただければ幸いです。」というシェフからのメッセージに頷く。

リノベーションであるからこそ生まれる空間であった、レセプションは別建物で行い、そこからホテルへ自ら移動するというスタイルだっった。まちを体験するという意味もあると思うが、それだけの空間が取れなかったということなのかもしれない。個人的には特に嫌な気はしなかった。そこで得られる経験やスタッフの対応次第で建築計画のセオリーは不要であるとも言える。雨の日に別建物からホテルに移動することを経験したら意見も変わるのかもしれないが。おそらく既存建物を活用するためにそうした課題もあったのだと思う。しかし、古くからの温泉街に新しい体験を備えながらも昔ながらの雰囲気で存在することがとても素晴らしかった。

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