鬼の子太一

1999年7月23日公開。「童話習作1」


 太一は鬼の子です。まだ小さな角がおでこにはえかけたばかりで、人間でいうと五歳か六歳の小さな子どもです。
 いろんなことがおもしろくて、どんなことでもやってみたくて、太一はいつも村中をかけ回って遊んでいました。
 ある日のことです。太一は、一人で東の山にのぼることにしました。そこには、大人の鬼たちがお参りする小さなお社があるのです。決して子どもだけで行ってはいけませんと、いつもお母さんに言われているお社です。太一はそれを見たくてしかたがなかったのです。
 村からだと近く見えるのに、子どもの太一に東の山は遠すぎました。けれども、太一は涙をこらえて、棒のようになった足を引きずりながら、そのお社をめざしました。
 昼でもうす暗い森を歩いていると、お母さんの声を思い出しました。
「太一、東のお山へ行ってはいけませんよ。お母さんだつて、お正月と秋のころしかのぼらないんだから。東のお山の向こうには、おそろしいおばけがいるの。鬼だってかなわない、それはそれは大きな口をしたおばけなのよ。だから約束してちょうだい、東のお山には行きませんって」
 太一はこわくなってきました。どんなおばけだろう。大きな口で、牛だってひとのみにするにちがいない。するどいつめで、ぼくのおなかなんて、きっとひとさきなんだ。
 太一は、どんどんこわくなって、とうとう泣き出してしまいました。
 そのときです、森のとぎれるあたりにお日さまのあたる広場があり、小さなお社が見えました。太一は、なんだかほっとして、お社にむかって走り出しました。
 お社は小さくて、長い年月のせいか、とてもおんぼろに見えました。
「なあんだ、こんなのかあ」
 太一は、お社のうしろががけになっているのに気がついて、のぞいてみることにしました。でも、おばけにみつかってはたまりません。がけのふちから、そっと目だけを出して下をのぞきこみました。
「あれれ」
 なんということでしよう、がけの下はおばけのすみかどころか、畑が広がっていて、子どもたちが遊んでいるではありませんか。
 太一はがけの上に立ち上がりました。
「おおい」
 大声で叫んで手をふりました。
 すると、いままで遊んでいた子どもたちが、太一を見るなり、悲鳴を上げていちもくさんに逃げ出しました。それどころか畑仕事をしていた大人たちは、石を投げてきました。
 太一はその石をよけようとして、がけから足をふみはずしてしまいました。そして、まっさかさまに下の畑まで落ちてしまいました。
「鬼じゃ、鬼じゃ。こんな時分になんの用じゃ。ええいこうしてやる」
 男たちは、小さな太一を手や足や棒きれでさんざんに打ちすえました。太一はそのままだと死んでしまったかもしれません。
 そこへ、村のお医者さまが通りかかりました。そして、村人から太一を助け出し、自分の家へつれて帰ってくれました。
「おうおう、かわいそうに。まだ子どもだというのに、なんということをする」
 太一の手当てをしながら、お医者さまはいいました。そうしておかゆを食ベさせてくれました。お医者さまに角がないことに、太一はそのときはじめて気がつきました。
 そこへ村人がやってきました。
「お医者さま、鬼の子を助けてやるだなんてなんちゅうことだ。村のきまりを知らないわけじゃなかろうが。そんなやつほっとけばいいんだ」
 お医者さまはおこりだしました。
「鬼であろうと人であろうと、けが人はけが人じや。お前らは、わしに犬猫の病気まで見させるくせに、なんちゅうことをぬかす。おまけに、この子はまだ子どもじやないか。なんぞわるさでもしたのか」
 お医者さまのたいそうなけんまくに、村人たちは、ふくれっつらで帰っていきました。
 お医者さまは、太一のはれあがった手足をさすりながら、いろんな話をしてくれました。鬼と人間はなかが悪いこと。数の少ない鬼は、人間にきらわれ、いつもばかにされたりいじめられたりしていること。そして、でもそれはまちがったことで、同じ言葉を話し同じものを食ベるものは、助けあい、尊敬しあって生きなければならないことなどです。
 太一にはむつかしいところもありましたが、いっしょうけんめいうなずいて聞きました。
 そこへ小さな女の子が入ってきました。名をおゆうといい、お医者さまの孫ということです。年は太一と同じくらいです。
「よねばあが、今日はかえっちゃいけんていうたけどにげてきた」
 そう言って、太一に笑いかけました。
「あんたが鬼の子か」
「太一じや」
「あかんたれじやのう。鬼のくせに」
 なんだか太一はほっぺがあつくなりました。
 お医者さまは、それをにこにこして見ていましだが、太一に元気が出てきたのがわかったようです。
「今晩は、ここへとまっていけ。親ごさんは心配なさるだろうが、あした送って行ってあやまってやる」
 太一は、その晩、はじめてよその家にとまりました。けれども、おゆうが遊んでくれたので、さびしくありませんでした。
「おゆうはいい子だろう。村の連中のようにばかな考えはもっとらんし、じまんの孫なんじや」
 お医者さまは、そういって笑いました
 翌日お医者さまは、約束どおり太一を家まで送りとどけてくれました。
 前の晩から心配で心配で、少しもねむれなかったというお母さんは、太一を見るなりだきしめてくれました。
 そして、お医者さまにはお礼の言葉と、いっぱいのごちそうをふるまいました。あのおそろしい人間が、こんなに親切にしてくれるとは思わなかったのです。
 うわさはすぐに広まり、鬼の村人たちがつぎつぎとお礼を言いいにやってきました。
 お医考さまは、その日のうちに帰りました。
 そして、何日かたったある日、お医者さまが、村人をつれてやってきました。見ると、あの日太一をやっつけた男たちです。
 太一はびつくりしましたが、もっとびっくりしたのは、男たちが心のそこからあやまってくれたことです。
「おれたちが悪かった。鬼だからってなんも悪いことねえのに、いままでいじめてばかりして。あれから、このお医者さまに、どれほどしかられたか。はじめは腹も立ったけど、やっとわかったんだ。すまなかった」
手をついてあやまる男たちに、大人の鬼たちが言いました。
「いいんです。わたしたちも人間のことを知ろうとしませんでしたから」
 見ると、村人たちのうしろに小さな女の子がいます。おゆうではありませんか。
「太一、元気になってよかったね。また遊ぼうね」
 まっ赤になった太一を見て、その場にいたみんなが大笑いしました。
 それをきっかけに、鬼の村と人間の村につながりがうまれ、食ベ物や道具を交換しあいながら、どちらの村もいっそう豊かになったということです。
 そうそう、太一とおゆうは、大人になっていっしょになり、幸せにくらしているんですって。

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