例の歌殺人事件(あらすじ)

1999年9月20日。くだらないことこの下なし。


 都内で女性ばかりをねらった連続殺人事件が起こった。
 一件目の被害者は、港区に住む一人暮らしの女性。死亡推定時刻の直前に、茨城県に住む両親に、男の声で殺害予告とも取れる電話がかけられていた。両親は家出した一人娘と非常に折り合いが悪く、殺してもよいかと訊ねる電話に「煮るなと焼くなと好きなようにしてくれ」と答えている。もちろん冗談のつもりであったらしいが。
 二件目の被害者は、世田谷区に住む二人暮らしの姉妹。二人で住むマンションで殺されていたが、死亡推定時刻に1時間内外の開きがあった。犯人は姉を先に殺し、妹を後から殺していたが、その1時間のタイムラグが何を意味するのかが謎として残された。
 三件目は、杉並区のアパートに住む小さな劇団の役者だった。女性ではあったが不器量なことを売り物にして、喜劇では重宝されていたという。絞殺された死体の頭部にはバケツがかぶせられていた。犯人の残した初めての遺留品とされた。
 四件目は墨田区に住む女性であったが、犯行は被害者と全く関係のない江東区の民家の二階で行われた。そのとき一階では本来の家族がテレビを見ていたが、まったく物音には気づかなかったという。
謎めいた犯行内容とは裏腹に、同一犯人であることを示す指紋や遺留物が多く残されていた。
 ここで警視庁は事を重大視し、警視総監直々に解明の檄を飛ばした。
 担当の警部は、これまで数々の難事件を解決してきた探偵に協力を要請した。
 しかし、すぐに五件目の犯行が行われた。今度は中央区のマンションに住むホステスで、首にロープ、胸に包丁、頭部は鈍器、そして直接の死因は毒殺という、非常に複雑怪奇な手口で殺されていた。
 探偵はこれらの連続殺人を“見立て殺人”と看破した。『そして誰もいなくなった』や、「マザーグース」を取り上げた数々の推理小説を例に引き、愉快犯の可能性とともに、被害者に共通点のないことは本来の目的である一件の殺人を隠すためのカモフラージュかもしれないとの視点を示した。
 したがって、探偵の指示によって公安が動き出したのも無理はなかった。
 六件目は大田区の老婆が殺された。死体の周りには古いアルバムが何冊か開かれたまま放置されていた。
 七件目の被害者は、探偵の予想通り渋谷区にある質屋の女将だった。女将は腹部を大きく切り開かれ、内蔵がバラバラに入れ直されてあった。これはあまりに猟奇的な手口であったので、便乗犯の疑いも取り沙汰されたが、探偵は即座に否定した。
 八件目の被害者も探偵の予想通りだった。練馬区の青果商の女主人が殺された。被害者の周囲には犯人と思しき人間の指紋のついた大根が散乱していた。
 探偵の指示で、五件目および六件目の被害者の周辺が徹底的に洗い直された。ホステスの情人の中に急進的左翼過激派に属する若者の姿があり、重要参考人として浮かび上がった。また、この男は殺された老婆の孫であることも判明した。
 男の住居から指紋が採取され、ついに連続殺人の犯人であると断定された。指名手配は即座に行われた。
 探偵が予測した、恐るべき九件目の犯行は未然に阻止された。
 犯人が千代田区の路上で捕まったのだ。そこはまさに二重橋と目の鼻の先で、逮捕したのも重点警戒に当たっていた皇宮警察の警官だった。
 動機はやはり過激派にふさわしいものだった。
 取調室で九件目に予定していた殺害方法を聞かれてこう答えたという。
「あの、やっぱり、直立不動で……」

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