見出し画像

『法善厳一郎 拾うは生者の反響』   第四話 確証とは 二

 霧野の車は優希の指示通り迷路のような住宅街を右へ左へと進んで行った。屋根も外壁もガルバリウム鋼板で出来た家屋や、まだ補助輪が付いた三輪車が置いてある二階建て住宅、庭によく手入れされた花や樹木が並ぶ平屋などを次々と通り過ぎ、やがて住宅街の端へ差し掛かった時、突然白く高い塀が姿を現した。
「なんだ? この大きな塀は?」
「それは私の家の塀です。そこを右に曲がってください。あとは塀沿いに進んで行けば入り口が見えてきます」
 霧野は呆気に取られながらも、言われるがまま、Tの字で一旦停止し、左右の安全確認を行ったあと、右へと曲がった。
 百メートル程進むと、白い塀が一部へこんでいるのが見て取れた。その場所を指さして優希は言った。
「そこです。そのへこんでいる部分が入り口です」
 霧野は左の方向指示器を点け、速度を落とし、ゆっくりと車を進めた。とその時、
「おお! マジかあ!!」
 霧野は驚嘆きょうたんの声を上げ、ブレーキを踏み、ゆっくりと車を停止させた。目の前に現れたのは巨大な西洋門扉とその後ろに通された一本の銀杏いちょう並木、百坪はあろうかという広大な敷地に古城を想起させる洋館であった。
「レベルが違いすぎる!!」
 そんな霧野を尻目に、優希は前屈みになり門柱に取り付けられたカメラを覗き込んだ。すると、巨大な門扉がゆっくりと開いた。
「……お邪魔します」
「はい、どうぞ」
 平然と返す優希をよそに、霧野は口をあんぐりと開けたまま車を前進させた。
 
 両側を銀杏並木でこしらえたアスファルトの路面を進んで行くと、中央に円形のモニュメントが鎮座する玄関前広場へと辿たどり着いた。
「車は玄関の向かって左側に停めて下さい。そこが来客用の駐車場になってます」
 霧野は五台ある駐車枠の内、一番玄関に近い右端に車を停めた。シフトレバーをパーキングに入れ、エンジンを切りシートベルトを外したあと、霧野はまじまじと優希家を観察した。
 銀杏並木の外側は全て綺麗に刈り揃えられた芝生が敷き詰められ、その所々に背丈の高い立派な樹木が絶妙な配置で植えられている。
「さっきの銀杏並木もそうだったが、何もかもが桁違いだ。いま見える範囲だけでも庭が広過ぎる。それにこの駐車場も、丁寧に白い線で枠が引かれている。普通の家では考えられんぞ」
 既にシートベルトを外し車を降りようとしていた優希が、
「そうなんですよ。なので親戚が集まる時は大概ウチが選ばれるんですよね。ははははは……」
 と渋い顔を霧野に向けてきた。
「まあ、そうなるだろうな。駐車場もさることながら、家も大きいし庭も広いから一泊したいと言い出す大人や、帰りたくないと駄々をこねる子供も出てくるだろう。普通はどんなに頑張っても家は二階建て、駐車場は二台分、庭に関しては確保できれば御の字って感じだからな」
「あーなるほど。確かにそうですね。じゃあ、降りましょうか」
 そう言うと優希は左手でドアを開け、先に降りてしまった。あっさりとした返事だな。まあ、わからんでもない。事あるごとに親戚が訪ねて来たんじゃあ、嫌にもなるよな。霧野は一人になった車内で何度も頷いた。

 車を降りた霧野と優希は、長年優希家で執事をしている旗野次郎はたのじろうが回してくれた高級セダン車に乗り込み、来た道を辿たどり、巨大な西洋門扉が構える入り口まで送り届けてもらった。
「ありがとう旗野さん。事が済んだら連絡しますね」
 艶やかに黒光りする高級セダン車の窓越しに、優希は旗野にお礼を述べた。
「かしこまりました。では、後ほどお迎えに参ります」
「ええ、お願いします」
 優希と旗野は互いに軽く会釈えしゃくをした。そばで見ていた霧野は、やっぱり執事もいたか。まあ、これだけデカイ家に住んでりゃあ納得だけどな。と心の中で独り言を呟いていた。が、次の瞬間、
「それと、霧野さん」
 旗野は五十代相応の皺が刻まれた顔に微笑を浮かべながら、やや低い声で霧野に話しかけてきた。
「──はい!」
霧野は顔を引き締め背筋を伸ばし旗野と目を合わせた。
「優希さんをよろしくお願いしますね」
 きちんとセットされた白髪が、半分ほど空いた窓から入る風に吹かれ、なびいている。
「お任せください。決して危険な目には合わせません。お約束します」
「その言葉が聞けて安心しました。事が上手く運ぶことを祈っています」
 霧野にも軽く会釈をすると、旗野は窓を閉め、車の向きを変え、洋館とも屋敷とも言える立派な建物へと帰って行った。

「ふああ……」
 一安心した霧野の口から大きな欠伸が漏れた。
「疲れました?」
 優希はクスッと笑った。
「ああ、ちょっとね。ジョギングと運転のせいかな。いやはや、俺も若くはないな」
 霧野は大きく伸びをしたあと、門の辺りをフラフラと行ったり来たりした。歩く度に重い鈍感が身体の彼方此方あちこちから伝わってくる。
「そっか、霧野さんはジョギングもしてましたもんね。だからか」
「まあ、そういうことだ」
 霧野は眠そうな目で返した。だが、時間は有限だ。いくら陽が伸びてきたとはいえ、もう夕方を迎えようとしている。霧野は顔をパンパンと軽く叩いて気合いを入れ直し、
「それでは──本題に入ろう。例の家はどこかな?」
 引き締まった顔で優希にいた。
「それを説明する前に、まず門の外へ出ませんか?」
 優希は肩をすくめながら、巨大な西洋門扉を指さした。
「確かにな。それじゃあ、外に出るとしますか」
 優希が門柱に付いているボタンを押すと、巨大な西洋門扉は音も無くゆっくりと開いた。
日が傾き始めた空の下、二人は門の外へと歩いて行った。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?