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中学校に泊まろうとして警察に捕まった話

 僕は中学3年生のとき、卒業する数か月まえ、中学校の教室に泊まろうとしたところ、夜中に警察官に追いかけられて捕まったことがあります。どうして中学校の教室に泊まろうなんて考えたかと言うと、思い出をつくりたかったからです。僕はその中学では、どこの部活動にも所属していませんでした。いわゆる帰宅部です。だから僕には思い出らしい思い出がありませんでした。それである時ふと思い立ったわけです。「そうだ、学校に泊まろう。そうすれば遅刻もしないですむし」と。僕は当時やや不登校ぎみで、しょっちゅう休んだり遅刻したりしていたのです。

 いよいよ中学校宿泊の決行日が来ると、僕はまず普通に登校しました。そして授業を受け、放課後も教室などでだらだらしていました。部活動が終わる時間になると、先生が学校中の教室の戸締りをし始めます。僕はこっそり先生のあとをついて歩きました。1階のとある教室の、外に面したドアにクレセント錠が下ろされたのを見ました。僕は物かげに隠れて先生をやりすごし、その教室に入り(入口のドアに鍵はかかっていなかった)、外に面したドアのクレセント錠を上げました。そして何食わぬ顔でその教室を出て、下校しました。

実際に僕が通っていた中学校の夜の校舎

 自宅で晩ごはんを食べたあと、午後9時頃に厚着をしてこっそり家を出ました。そのときは冬だったため、夜の校舎の寒さにそなえる必要があって厚着をしたわけです。まだ校舎には先生が残っているらしく、中学校の裏門は開いていました。僕は夜陰にまぎれて学校の敷地内に入ります。そしてあらかじめ錠を上げておいた1階の教室のドアのところに向かいます。ドアはするりと開きました。作戦成功です。僕はニヤリと笑ってその教室に入り、忍び足で廊下に出ました。照明は落とされており、真っ暗です。でも少しも怖くありませんでした。むしろわくわくしていました。これからこの学校で楽しいことが起こりそうな予感がしました。まあ最終的には警察に捕まったわけですけど。

 僕はとりあえず2階にある自分の教室に向かうことにしました。3年生の教室は校舎の2階にあるのです。僕のクラスは2階の端っこにありました。教室に入った僕は、まずは好きな女の子の席に座りました。暗闇のなか、その席でしばらく女の子のことを想ったのち、ゆっくりと席を立ち、いちばん前の列の窓際の机のところに行きました。窓から校庭を眺めてみたけれど、真っ暗でよく見えません。居心地がよさそうだったので、僕はその窓際の席で一夜を過ごすことに決めました。

 しばらく窓際の席でぼんやりしていると、尿意を催しました。僕は2階の男子トイレに行って(さすがに女子トイレに入ってみることはしなかった)、電気をつけないで小便をしました。電気をつけたら、まだ校舎にいる先生に気づかれる可能性があったためです。僕は小便をしたあと、個室に入ってトイレットペーパーを1つ拝借しました。自慰をするためではありません。単純に、校舎のなかが寒くて鼻水がどんどん出てくるからです。トイレットペーパーを持って自分の教室に戻り、窓際の席に座ってトイレットペーパーを机の上に置きました。そしてぼんやりと暗闇を見つめます。暗くて何もできないから圧倒的に暇だったし、暖房もないから寒かったです。鼻水がどんどん出てきてトイレットペーパーで頻繁に鼻をかみました。

 と、廊下から足音が聞こえて、ライトの光がちらちらと見えました。どうやら、校舎に残っていた先生が最後の見回りに来たようです。僕は机と机のあいだにしゃがみ込んで隠れました。先生の足音がだんだん近づいてきて、僕の教室のドアがガラリと開かれました。懐中電灯の黄色い光が教室のなかを巡ります。机の間で小さくなった僕は、息を殺して身体の動きを止めていました。胸の鼓動はとても速くなっています。光が教室のなかから出ていくと、ドアが閉じられました。先生の足音はしだいに遠ざかっていきます。そして隣の教室のドアが開けられる音がしました。どうやらやり過ごすことができたようです。ホッと胸を撫で下ろした僕は、立ち上がって窓際の定位置に戻り、思いきり伸びをしました。そしてまたぼんやりと暗闇を見つめました。

 しばらくぼんやりしたあと、僕は階段で1階に降りて職員室のほうに向かい、物陰からおそるおそる顔を出しました。すると、職員室の照明は落とされていました。「どうやら先生はみんな帰ったみたいだぞ。やったー! これでもう僕は自由だ!」と思って、職員室の前の廊下で小躍りしました。そして僕は校舎のなかを意気揚々と歩き回りました。最上階の4階まで行って、3階と2階を歩き、1階の職員室の前に戻ってきました。すると何やら「ピー、ピー」という音がかすかに聞こえてきます。いったい何だろうこの音は。

 僕は耳をすませてその音の源に向かって歩きます。すると職員・来客用の出入口のところにあるオレンジ色の照明が点滅し、「ピー、ピー」という小さな音を発していました。どうやらセコムか何かのセキュリティ装置が作動しているようです。僕の心臓はドキンという大きな音を立てて、さっきとは比べものにならないスピードで脈打ち始めました。僕は「これは超やべえ!」と思い、職員室前の廊下を全力で走りました。靴下がリノリウムの床でつるつる滑ります。そしてクレセント錠を上げたままにしてある教室のドアにたどりつき、開けて外に出ました。靴はそのドアの近くに置いてあったので、あわてて履きました。

 ころげるように走って裏門のところに行くと、正門のほうから強烈な光が放たれています。パトカーです。パトカーが誰かを探すようにまばゆい光を発しています。パトカーにそんな機能があるなんて知りませんでした。僕はその光から逃れるようにして全力疾走をします。白い服を着ていたせいか、その光はすぐに僕をとらえました。力の限り走る僕のことを、強烈な光が追いかけてきます。まるでルパン三世みたいなことになっています。僕は細い抜け道を知っていたので、そこに入り込んで逃げました。さすがの警察もこの抜け道の存在は知らないだろう。しかし抜け道を出て住宅街の道路に出ると、複数の警察官が待ち構えていました。

当時、僕が実際に通った抜け道

 「なんでこの抜け道の出口が分かるんだよ?」と驚きました。僕はもう逃げ切れないと判断し、観念して捕まりました。手錠はかけられなかったけれど。僕は険しい顔をした警察官に囲まれ、「おまえ何をとった? ポケットのなかのものを出しなさい」と言われ、言うとおりにしました。ポケットからはゴミのようなものしか出てきませんでした。「僕はただ思い出をつくるために中学校に泊まろうとしただけなのに、どうして泥棒扱いされなきゃいけないんだ?」といきどおりを覚えました。何も盗んではいなかったけれど、おそらく不法侵入のために僕はパトカーに乗せられ、警察署に連れていかれました。当時の僕は、「自分の中学校の自分の教室に泊まるのにどうして不法侵入になるんだ?」と思っていました。でも、そりゃなりますよね。今はもちろん反省しています。大の大人なので、二度と不法侵入はしません。

 警察から中学校や親に連絡が行ったらしく、両親が警察署まで迎えにきました。当然のことながら、両親は血管が切れそうなくらい怒っていました。僕は両親と警察官のまえで反省文みたいなものを書かされました。こち亀の両さんが大好きだったので(こち亀は全巻そろえていた)、そこに両さんの似顔絵を添えました。父親に「お前は何を描いているんだ!」と怒られ、警察官は苦笑いしていました。僕は15歳だったし初犯だったのですぐに釈放され、父親の運転する車で自宅に帰りました。車を運転しながら父親はぶつぶつ文句を言っていましたが、僕はほぼ無言でうつむいていました。

 帰宅すると、僕は自分の部屋でテレビをつけてクイズ番組を見ました。夜の闇のなかで白い服を着て全力疾走するなんて馬鹿だったなあ。目立つに決まってるじゃないか、そんなの。黒い服を選んでいればよかった。黒い服を着てゆっくり歩いて逃げて、すぐに道を折れていれば捕まることはなかっただろう。そのように僕は、不法侵入したことの反省ではなく、逃げかたの反省をしていたのでした。

 翌日、学校に登校すると、僕が学校に侵入して捕まったことがクラスで話題になっていました。トイレットペーパーが机の上に置きっぱなしになっていた理由を、クラスのがさつな男子に訊かれました。僕は「夜の校舎のなかは寒くて、鼻水がいっぱい出てきたんだ。だから鼻水をかんでいたんだよ」と答えたけれど、その男子は「うそつけ、オナニーしてたんだろ!」と言いました。僕の好きな女の子はその話を聞いて、汚いものを見るような目で僕を見ました。

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