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自分の一部を切り売りすることが差別ならば
先月まで開催されていた、大吉原展。
すべりこみで鑑賞してきました。
一度、企画が中止になったという背景に
非合法でありながら、ここまで文化の発展した場所の不思議
そんなコンセプトに開始当初より興味津々。
終了間近で人も多く、なかなかゆっくりじっくり全てを見られなかったものの、気になるキーワードをいくつか持ち帰ってきました。
案内書きを書いていたところから、メディア王と呼ばれるまでになり、写楽などの有名画家の才能を発掘した蔦屋重三郎のこと(来年、大河になるようで楽しみです)。
それから、女性差別のこと。
展示室に掲示されたパネルの文章には、この遊郭という場所は、決して現代では再現されてはならない女性差別という非合法性を持つ場所。
その理由は、性という自身の一部を切り取り、売り物としていたからだとありました。
人間の一部を切り売りするということが非合法ならば、自分の得意とする作業を、気乗りのしない企業に勤めながら行うといったことも、同様の状況ではないかと考えてしまいました。
教育学では、人間としての全体性を育むという意味での、全人教育という言葉が存在し、重要視されています。
医療には、ホリスティック(全体性を意味することば)医学などがあります。
そうした人間として全体性を保つことは、健全・健康な状態と関連しているように思います。
働き手という個人が、どのような仕事やワークスタイルを選択をするかという問題に限らず、仕事をする場を開いている企業が行う環境作り、働き手へのケアなど、この全体性という視点は、産業や、経済の世界にも大切な考え方なのかもしれません。
読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは自分と娘たちの拠点づくり、100%自分でいられる家をもつために活用させていただきます。